第027話 発熱
はえ座との戦いが終わった次の日の昼休み。
俺は久々に屋上で静かな時間を過ごしていた。
日差しはこの季節にしては少し暑いかもしれないが、これこれで悪くない。
しかし、その時間も突然開く扉と同時に飛んでくる言葉によって終わりを迎える。
「ねぇ真聡。あのメッセージは本当なの?」
「たぶんな。だが昨日は夜まで一緒だったが普通だったぞ」
現れたのは幼馴染の1人の水崎 日和。教室から急いで来たのか、少し肩で息をしている。
いつもは感情があまり表に出さない日和でもとても驚いているのがわかる。
そんな日和は俺の言葉を聞いて「そう……」と呟きながら、俺が座っているベンチに座った。
「あのメッセージ」とは今朝、由衣から送られてきたやつだろう。
その内容は幼馴染3人のメッセージグループに送られてきた「ちょっと熱があるから今日は学校休む……」というものだ。
ごく普通のものだが「年中元気の体調不良知らず」の由衣が発熱で休むと言ったら……まぁ驚きもする。
実際俺も少し目を疑ったが、本当に欠席しているから嘘ではないのだろう。
「で、今日放課後どうするの?」
「どうするとは」
「まさか、ほっておくつもり?」
「俺が悪いみたいな言い方するのやめてくれないか?
……確かにあいつ、無理していたようだが俺はしっかりと無理はするなとは言ってたぞ」
日和は俺の返事を聞いた後。少し黙ってから「……それもそうね」と呟いた。
「で、どうするの」
「授業の配布物を渡す必要があるから様子は見に行くつもりだ。お前はどうする」
「じゃあ、一緒に行く。やっぱり気になるし」
「そうか」
その言葉を最後に沈黙が訪れる。
由衣がいないとこんなもんだ。
俺は持ってきた昼ご飯用の栄養バーの袋を開けて、齧る。
久々の静かな昼休み。
ここ数日は忙しかったから休息に丁度いい。
しかし、何故か視線を感じる。
そう思い、日和の方を見るとお弁当をひざの上に置いたまま、何故かこちらを見ていた。
そんな日和と視線が合う。
すると、意味ありげな言葉を呟いた。
「真聡って……変わったと思ったけど、何も変わってないね」
「どういう意味だ」
「自覚がないならいい」
そう言った後。
彼女はまた自分のお弁当に目線を戻した。
そして蓋を開け、箸を手に取り食べ始めた。
……本当にどういう意味だ。
☆☆☆
放課後。
昼休みの話の通りに、俺は日和と一緒に由衣の家に様子を見に来た。
俺は白上家の玄関のドアノブに手をかける。
メッセージで「鍵開けておくね!」と来ていたので、ドアを引いてみる。
やはりメッセージの通りで鍵は開いていたようだ。
玄関は普通に開いた。
一応「お邪魔します」と2人とも言いながら靴を脱ぎ、中に入る。
すると、2階から足音が降りてくるのが聞こえた。
続いて聞きなれた「待ってたよ〜!いらっしゃい!」という明るい元気な声が飛んできた。
「……思ったより元気そうだな」
「ね。心配して損した」
俺と日和の言葉に、由衣は「2人とも酷くない!?」と少し不満げに言葉を返してくる。
服装は寝巻きではある。だけど結構元気そうに見えるのだから仕方ないだろう。
「今何度あるの」
「さっき測ったら〜…37.2℃だったかな?」
「まだ少しあるじゃねぇか。寝てろ」
「いや、私もう元気だよ!?」
「今週テスト週間なんだから、さっさと休んでさっさと元気になる。ほら部屋まで行くから」
「2人とも冷たい〜!!」
日和は文句を言う由衣を無視して、由衣を回れ右させる。
そして背中を押して2階にある由衣の部屋へ向かって行く。
この街に戻ってきてから、既に何回かお邪魔させてはもらってる。だけど由衣の部屋に入るのは小学生以来だ。
そんなことを考えながら2人の後ろをついて行く。
2人に少し遅れて由衣の部屋に入ると、由衣は日和によってベッドの上に座らされていた。
「で、風邪ひいたの?」
「う~ん……?多分頑張りすぎた……んだと思う。
お母さんもそう言ってたし……」
「だろうな」
「でも午前中ずっと寝てたから、今はもう元気だよ!」
少し自慢げに言う由衣。
そうは言っているが、やっぱり無理させないようにもっと休ませるべきだったな。
元気そうに見えたからとはいえ由衣の体力を過信しすぎた。
俺は少し反省しながら、鞄を下ろす。
そして、中から今日配られたプリントを取り出す。
「今日配られた分だ。ノートは後で写真を送っておく」
「ありがと〜!!」
「で、こっちがご注文の品物。
……まさかとは思うけど、由衣3つも食べるの?」
日和がそんな疑問を投げながら、手に持ってたビニール袋を机に置いて中身を出す。
その中身はコンビニのプリン。
さっきここに来る前に由衣の頼みで買ってきた。
「いやいやまさか!せっかくお見舞いに来てもらったんだからお礼にと思ってさ。これシンプルだけど美味しいんだよねぇ〜。
特に誰かさんは食べたことないんじゃない?」
そう言いながら俺の方を見る由衣。
俺はその視線を無視する。
それにだいたい予想通りの考えだ。
……まぁ、確かに俺は食べたことはないが。
由衣は少し呆れている俺を気にせず喋り続ける。
「あ、もちろんお金は私が払うから!え〜っとお財布は……」
「そんなことだろうと思った。ほら、病人は寝て。
お金なら真聡と半分にしたから気にしなくていいから」
由衣はベッドから立ち上がろうとするが、日和に阻止される。
彼女は不満そうにしているが、慣れたやり取りなのでこちらも俺は気にしない。
「じゃあ俺達は帰るぞ」
「もう帰るの!?」
「お見舞いに来たんだから渡すもの渡したから帰るよ」
「そんな〜……。せっかく3人で食べようと思って3つお願いしたのに……」
相変わらず由衣らしい言葉にため息が出そうになる。
そのため息をぐっと飲みこんで、俺は代わりに説得の言葉を口にする。
「やっぱりか。まだ少し熱あるんだから寝てろ」
「ねぇ、お願い!夜まで家族は誰も帰ってこないから……ちょっと寂しくて……」
「退屈の間違いじゃないの?」
「そんなことないもん。」
「お前、俺達がいると寝ないだろ」
「そ、そんなことないもん。」
「明日学校に来たら会えるんだから、ほら寝る」
そう言って日和は無理やり由衣を寝かせようとする。
しかし、抵抗する由衣。
……頼むから寝てくれ。
「でも2人帰っちゃうなら玄関閉めないと」
「……それもそうね」
それもそうだ。
俺たちは寝かしつけるのを諦め、部屋を出ようとする。
しかし「ちゃんと寝るから、代わりにプリン持って帰ってね!」と引き留められた。
完全に忘れてた。
俺達はプリンを鞄に入れ、今度こそ部屋を出る。
そして階段を降りて玄関に向かう。
「しっかり寝るんだよ」
「わかったってばぁ……」
「じゃあな」
「うん!2人ともありがと!」
その言葉を背に受けながら、俺達は玄関の扉を開けて白上家を後にする。
そして、日和とも別れ俺は家路についた。