第230話 獣のよう
星雲市のとある公園内の道を土煙と振動が襲う。
周りに人が少なかったのが本当に幸いだ。
とりあえず、狙われていたであろう由衣は俺が庇ったから無事だ。
だが、由衣の少し後ろにいた日和と智陽は庇えず、突き飛ばしてしまった。
俺は心配しながら、2人がいるであろう方向に視線を向ける。
すると倒れてはいるが、手を口に当ててせき込んでいる2人が見えた。
突き飛ばしたが、派手に転びはしなかったようだ。
安心しながら、俺は視線を敵の方へ戻す。
土煙の中に見えるのは、2足歩行の黒い狼のようなもの。
……やはり堕ち星だったか。
星座は……おおかみ座だろうか。
いや、イヌ科の星座は他にもある。断定はしない方が良いだろう。
俺が推測をしていると、堕ち星がこちらを向いた。
そして「あ~あ。避けられたか」と呟きながら少し右手を動かしている。
「お、堕ち星!?和希さんは!?」
由衣はそう叫びながら立ち上がろうとする。
俺はそれを立ち上がりながら手首を掴んで「行く必要は無い」と引き留める。
「なんで!?」
「児島 和希は、目の前にいる」
「それって……和希さんが堕ち星……ってこと?」
俺の言葉に、日和がそう呟いた。
まるで、信じられないと言いたいような声で。
「バレてたんだ。
しっかり隠してもらってたんだけどなぁ……」
「隠しすぎなんだ。だからお前には、違和感しかなかった」
俺は和希さんと会ったときから違和感を感じていた。
それは、気配がなさ過ぎたことだ。
普通の人間は魔力が使えないとしても気配はする。
だけど、和希さんは目の前にいるのに気配を感じなかった。
だから俺はこの人間は認識阻害魔術を使用していると考えていた。
そして念のために家には帰らず、もしもの戦闘が出来そうな場所を探していた。
結果として、予想通りの展開となった。
そして堕ち星は「つまり」と呟いた。
「最初からバレる前に仕留めるのは無理だったってわけね」
「あぁ。
……それで、佑希と佐希はどうした」
「殺したよ?
まぁ、佐希は死んでないらしいけど」
そんなと堕ち星の言葉の後、後ろから悲鳴のような声が聞こえた。
由衣と日和のだろう。
きっと怒りや悲しみ、ショックといった感情が渦巻いているのだろう。
同時に、俺の中でも激しい怒りが湧いてくるのを感じる。
……だけど、これに吞み込まれてはいけない。
俺は静かに、深呼吸をする。
すると由衣の「え……え?」という声が聞こえた。
「さっちゃんとゆー君は、和希さんの家族……ですよね?」
「そうだよ。
でもあいつらは、俺から奪った。だから俺は、取り戻すんだ」
由衣の絞りだしたかのような質問に、堕ち星はサラッと答えた。
そして、由衣からの反論の言葉がない。
視線を由衣に移すと、下を向きながら両手を強く握りしめていた。
やはり、堕ち星は普通の人間じゃない。
だから俺達にできることは、これ以上の被害を増やさないことだ。
俺は深く息を吐いてから、背負っている鞄を道の端へ投げ捨てる。
そして、口を開く。
「智陽は隠れてろ。
由衣、日和。まずは切り抜けるぞ」
「……うん」
由衣が返事をしながら俺の隣に並んだ。
その向こうには無言の日和が。
「まぁ、バレてもすることは変わらないけど!」
堕ち星がそう叫びながら突っ込んでくる。
俺達はギアを喚び出しながらも、それぞれその場から離れてその強襲を避ける。
そしていつもとは少し状況が違うが、プレートをギアに差し込んでいつもの手順を取る。
「「「星鎧生装」」!」
その言葉の後。
3人の高校生のお腹に巻かれたギアから、それぞれ星座が飛び出す。
そして高校生達は身体は、その紺色の光に包まれる。
光の中で、俺の身体は紺色のアンダースーツと紺色と黒色の鎧に包まれる。
そして、光は晴れる。
俺はすぐに地面を蹴って堕ち星との距離を詰める。
そしてまずはただの右ストレートを叩き込む。
しかし、その一撃はするりと避けられてしまった。
その代わりに足蹴りが俺の鳩尾に飛んできた。
防げなかった俺は後ろに吹き飛ぶ。
吹き飛ばされながらも、何とか体勢を整えて足から着地をする。
受ける直前に耐衝撃魔術は使用した。
だけど、うっすらと鳩尾に痛みを感じる。
……佑希が負けただけはある。
右手で鳩尾をさすりながら顔を上げる。
現状は由衣が杖を手に堕ち星と戦っている。
堕ち星の拳と蹴りによる猛攻撃を避けて、杖で凌いでいる。
だがどう見ても押されている。
日和の水弾による援護があるとはいえだ。
……やはり、2人だけには荷が重い相手だ。
俺が前に出ないといけない。
焦りと共に再び地面を蹴る。
今度は、言葉を紡ぎながら。
「火よ。我が右腕に宿りて、堕ちた星の座と成りし者を焼き払え!」
火を纏った拳を、側面から堕ち星に叩き込む。
しかし、堕ち星は少し身を引いて避けた。
視界外からの一撃だったはずなのに避けられた。
だが、俺だってそれぐらい想定していた。
俺は振りぬいた右手を、右側にいる堕ち星に向かって払う。
右腕に、さらに星力をまわして。
すると右手を中心に炎の波が起きた。
その波は堕ち星を飲み込む。
俺はその隙に由衣を連れて日和の元まで下がる。
「2人は前に出るな。距離を開けて援護に徹してくれ」
「で、でも。まー君だって」
「2人よりはまだ行ける」
そこまで言葉を交わしたとき、辺りに遠吠えが響いた。
聞こえた方向に視線を向けると、堕ち星がちょうどこちらを向いたところだった。
俺は「任せるぞ」と2人に言い残して、堕ち星との距離を三度詰める。
今度は違う言葉を紡ぎながら。
「水よ、我が右腕に宿りて」
「同じ手はさせない!」
その声と共に、堕ち星の一撃が飛んできた。
普通の人間にはない鋭利な爪がある手を、俺はなんとか後ろに下がって避ける。
そして俺は詠唱を中断したため、少ししか水を纏っていない拳で反撃をする。
しかし、堕ち星も後ろに下がって間合いを空けて避けてきた。
「水よ、押し流せ!」
その短い言葉で、俺の右手を中心に水が堕ち星に向かって勢いよく発射される。
だが堕ち星は地面を蹴って跳躍し、水を避けた。
同時に横から現れた羊の体当たりも虚しく空を切る。
そして、堕ち星はそのまま俺に向けて突っ込んでくる。
大きな口を開きながら。
反撃をしたいところだが、先に打った手が悉く外れた以上は避けるべきだ。
現に日和の水弾を物ともせず突っ込んでくるぐらいだ。
俺はまた後ろに下がり、堕ち星の強襲を避ける。
しかし、堕ち星は着地するとそのまま俺に突っ込んできた。
今度は鋭い爪のある手を振りかざしながら。
俺はそれを半身で避ける。
そしてそのまま地面に向かっていく堕ち星の側面に周り、蹴りを入れる体勢に入る。
しかし、この一撃も避けられた。
そのうえ手を軸に身体を回転させて、俺に蹴りを叩き込んできた。
予想外の一撃を顔に貰った俺は、呆気なく吹き飛ぶ。
そんな俺の耳に「まー君!」と叫ぶ声が聞こえた。
それに続いて、何かがぶつかるような音。
凄く嫌な予感を抱きながら、俺の身体は地面を転がる。
耐衝撃魔術を使用できなかったため、蹴られた頬が痛む。
しかし、そうは言ってられない。
俺はすぐに起き上がる。
すると視界に入ってきたのは、由衣が堕ち星に投げ飛ばされる光景だった。
日和の「由衣!!」と叫ぶ声が聞こえる。
そんな叫びも虚しく。
由衣は公園の遊歩道の脇にある木に、痛そうな音と共に激突して地面に落ちた。
……本当にマズい。
そして堕ち星は既に由衣と距離を詰めている。
俺は無詠唱で身体能力向上魔術を発動させながら地面を蹴る。
しかし、それよりも早く日和が由衣と堕ち星の間に入った。
そして日和は堕ち星に向けて銃で水弾を撃ちまくる。
だが堕ち星は水弾を物ともせず、日和との距離を詰める。
堕ち星の爪が、今度は日和を襲う。
日和は銃で爪の直撃を防ぐも、銃は吹き飛ばされた。
それに続くように、日和自身も吹き飛ばされる。
堕ち星は追撃を加えるためか、地面を踏み切ろうとする。
そんな堕ち星の頭を目掛けて、俺は両手を組んだ拳を振り下ろす。
……イヌ科のような頭なので、頭と言うか鼻筋かもしれないが。
流石に油断していたらしく、堕ち星の頭は勢いよく地面に叩きつけられた。
このまま押し切る。
そう思い、俺は左手を堕ち星に向けて突き出し、言葉を紡ごうとする。
しかし堕ち星はバク転で起き上がり、足が俺に向かって振り上げられる。
その反撃は予想していたので、俺は後ろに下がって避ける。
そして堕ち星と向かい合う。
堕ち星は少し唸り声を上げた後、突っ込んできた。
鋭い爪が飛んでくる。
俺は半身で一撃を避けた後、その腕を右手で叩いて弾く。
そのまま、左手の拳を堕ち星の腹に叩き込む。
しかし堕ち星は大きな口を開いた後、その左手に噛みついてきた。
星鎧が堕ち星の牙とぶつかり、不快な音を立てる。
堕ち星はにやりと笑いながら俺を見上げている。
恐らく、星鎧が消滅するまでこのままでいるつもりなんだろう。
だが、俺だってこのままやられるつもりはない。
むしろ、こういう状態になるのを待っていた。
……噛みつかれるのは予想外だったが。
この堕ち星の戦い方は荒く、本当に獣のようだ。
そして、俺に詠唱をさせる暇を与えてこない。
だが俺の腕に噛みつき、勝ちを確信しているであろう今なら。
俺は右手を堕ち星の口の側面に移動させ、左腕と右手に星力を集中させる。
「炎よ。我が両腕を種火として燃え上がり、堕ちた星の座と成りし者を焼き尽くせ」
右手から堕ち星の口に向けて炎が発射される。
同時に、堕ち星の口からも炎が溢れだす。
すると堕ち星は慌てて俺の左腕を離して、後ろに下がった。
そして口を開けたまま「口の中を、焼いてくるとはね」と呟いた。
だが、喋りづらそうで聞き取りづらい。
どうやら、多少は痛手を与えられたようだ。
そう思いながらも、俺は返しの言葉を口にする。
「それぐらいしないと、お前に痛手は与えられないと思ったからな」
「そう。
……まぁ、今日のところは引いてあげるよ」
そう言った後、堕ち星は跳びあがった。
そのまま枝を飛び移っていき、その姿は見えなくなる。
気配も遠のいていく。
……どうやら、何とかなったようだ。
そして、今は追撃をするほどの余裕はない。
なので俺は右手でギアからプレートを抜いて、星鎧を消滅させる。
噛まれた左腕と蹴られた鳩尾、そして頬がうっすら痛む。
あの堕ち星、どうやって倒せばいいのか。
そう考えていると、「まー君!」という声が聞こえた。
振り返ると、制服姿に戻った由衣がこちらに向かって歩いてきている。
だが、その足取りは少しふらふらしている。
「まー君、大丈夫?
腕……噛まれてたよね?」
「大丈夫だ。
それより、お前こそ投げられて木に打ち付けられてただろ」
「あ~……うん。大丈夫」
そう答えた由衣の目は泳いでいた。
まったく。自分のことを優先して欲しいものだ。
「……それで、どうするの?これから」
そう言葉を投げてきたのは、木にもたれている日和の横にいる智陽だった。
どうやら日和の怪我の有無を確認してくれているようだ。
そして、重傷を負ったやつはいないようだ。
「とりあえず、警察に連絡する。
その後は志郎と鈴保も呼んで作戦会議だ
2人とも、怪我は大丈夫か?」
するとその言葉に由衣が「私は大丈夫」
そしてそのまま「ひーちゃんは?」と質問をまわす。
「うん。私も大丈夫」
「それならいい。
だが少し休んでろ。俺は警察に連絡を入れる」
そう言った後、俺は丸岡刑事に連絡を取るためにスマホを取り出した。




