第226話 初詣
吐いた息が白くなる。
昼前だが、外は寒いということをひしひしと感じる。
いや、部屋を出た時点で感じてはいた。
だが建物の外に出ると寒さがより一層身に染みる。
俺の口から思わず「寒っ」と言葉が零れるぐらいには。
すると。
「でも行かなかったら泣かれるよ」
俺の少し前に居る智陽がそんな言葉を投げてきた。
俺は「わかってる」と返す。
今からどこに行くのか。
それは今日が元日だと言えば、目的地は明らかだろう。
行くのは初詣、行先は星鎖神社だ。
提案者はもちろん由衣。
俺は由衣と日和と待ち合わせということになっている。
では智陽はなぜ既に一緒にいるのか。
それは俺にもわからない。
俺が部屋を出る数分前にいきなり来て、理由を聞いても「別にいいでしょ」の一点張り。
……まぁ、別にいいが。
という訳で、俺と智陽と共に待ち合わせ場所に向かう。
場所は由衣の家。慣れた道のりをときどき智陽と雑談をしながら進む。
そして由衣の家がある路地に入ると、1軒の家の前に2人分の人影が見えた。
俺がその人影に気が付いたのと同時に、1人が「まー君~!!」と元気良く手を振り始めた。
叫び続けられても困るので、俺は軽く右手を使って返事をする。
元気なのはいいが、せっかくの着物姿でいつも通りはしゃぐなよ。
普段よりも綺麗に着飾っているのに、これでは普段と変わらない。
……いや、振袖と言う方が正しいのだろうか。
そんなことを考えているうちに、由衣の家の前に辿り着いていた。
「ちーちゃんも一緒だったんだね!
2人とも、あけましておめでとう!」
「あけましておめでとう」
由衣と日和の新年の挨拶に、俺と智陽も「あけましておめでとう」と新年の挨拶を返す。
しかし、由衣の表情は徐々に曇り始めた。
そして遂に「……というか」という言葉が由衣の口から零れた。
「まー君もちーちゃんもいつも通りの服じゃん……」
「いや、私持ってないし」
口を尖らせてる由衣にきっぱりと言い返す智陽。
俺も続いて「俺も持っていない」と返す。
「というか、服装は変じゃなければいいでしょ。
それに由衣は楽しむのが一番でしょ」
智陽の追撃に「それは……そうだけど……」と呟く由衣。
恐らく「せっかくだからみんなで着物を着た写真が撮りたいの!」とか言いたいんだろう。
だが、俺と智陽の家庭の事情を分かってるから言うに言えない……というところだろうか。
新年早々、少し空気が悪い。
そのとき。
日和が「ねぇ、4人揃ったし行かないの?」と呟いた。
「そ、そうだね!
しろ君もすずちゃんも先に行ってるはずだから、私達も行こ!」
由衣はそう言いながら、家の敷地から出てきた。
そのまま星鎖神社の方向に向けて歩いていく。
そんな由衣を日和、智陽、そして俺の順で追いかける。
そして由衣は、追いついてきた日和と話し始めた。
すると、智陽が俺の隣に並んできた。
「由衣って、本当にイベント系好きだよね」
由衣がイベント系を好きなのは小学生の頃から変わっていない。
……俺もあの頃は一緒にはしゃいでたっけな。
少し昔のことを思い出しながら、俺は「昔からだ」と返事をする。
「まぁそうだろうね。
……振袖着て、動きずらくないのかな」
呟くようにそう言った智陽。
……多分、智陽はもし振袖などを持っていても「動きずらい」と言って着ない。
何故かそんな気がした。
☆☆☆
星鎖神社への階段を4人で登る。
星雲市《この街》に戻ってきてから3度目だろうか。
……そう考えると、かなりの頻度で来ているよな。
そんなことを考えていると、前を行く由衣の「着いた~~!!」と言う声が聞こえてきた。
そして俺も前の2人に少し遅れて階段を上り切る。
目に飛び込んできたのは並ぶ露店とたくさんの人々。
ただ、星鎖祭りの時よりも「めでたい」という雰囲気を感じる。
「さて、じゃあ志郎を探すよ」
「だね!その後は初参り!」
智陽と由衣がそんなことを言いながら人ごみに飛び込んでいった。
「はぐれたら困るし、行こ」
日和のその言葉に「そうだな」と返しながら、先に行った2人を2人で追う。
志郎は星鎖祭りの時と同じく、家の空手道場に通う人の露店の手伝いをしているらしい。
……今回もベビーカステラなんだろうか。
そして鈴保も星鎖祭りの時と同じく、友人である好井 梨奈と小坂 颯馬と一緒に行くらしい。
別行動にはなるが、由衣が鈴保に「星鎖神社で会おうね!」とメッセージアプリのグループで言っていたから会うだろう。
最後の佑希だが、あいつは来ない。
年末年始は父親と一緒に、別で暮らしている佐希や母親に会いに行くと言っていた。
だから今は星雲市《この街》にすらいない。
3学期が始まるまでには帰ってくると言っていた。
そして志郎を探して人波に飛び込んで5分ほど。
俺達は話の通り、露店の手伝いをしている志郎を発見した。
声をかけると、露店の店主らしき男性や志郎の兄弟子の深谷 勝二さんから「行って来て良い」と言われていた。
そうして俺達5人は初参りをするために、露店がある広場から本殿に繋がる階段を上っている。
11月に紅葉を見に来たときとは違い、今回はちゃんと本殿に行く。
……そう考えると、あのとき行った社には何が祀られているんだろうか。
そんなことを考えている間に、俺達は階段を上り切って本殿があるエリアに到着していた。
そして、本殿には凄い列ができていた。
2人ずつ並んでこの長さだから……50人ほど並んでるんじゃないだろうか。
隣の智陽が「だるい……」と呟いているのが聞こえる。
「み、みんなで並んで、話してたらすぐだって!」
「だな!並ぶか!」
由衣と志郎がそんな会話の後、行列の最後尾に並んだ。
日和は由衣に連れて行かれた。
それを見た智陽はため息をついた。
そして何も言わずに最後尾に加わった。
俺は階段を上り切った場所に取り残された。
並ぶのはだるい。
だが、行かないのは行かないのでだるい。
そして周りはお参りが終わり階段を下りていく人と、今来た人が行きかっている。
足を止めてる間に、間に人が入った方がだるい。
……早く追いつこう。
決心をした俺は智陽の後を追いかける。
すぐに追いかけた為、なんとか友人たちと離れずに行列に並べた。
追いついてすぐに由衣が「何してたの?」と会話を中断して聞いてきた。
俺はそれに「何でもないから気にするな」と返す。
すると由衣は「そう?」という返事の後、友人達の会話が再開された。
話題は「大晦日の昨日、何をしていたか」のようだ。
俺はそれをぼんやりと聞きながら、列が前に進むのを待つ。
その途中、突然「まー君は?」という声が飛んできた。
「真聡はいつもと同じでしょ」
そして由衣の言葉に何故かそう返す智陽。
何でお前が答えるんだよ。
……間違ってはないが。
昨日も冬休みの課題を少しやって、外に出て堕ち星や澱みが湧いていないかの見回りをした。
そして、その後は研究所跡地に行って身体を動かした。
いつもと同じ、休みの過ごし方だ。
思い返しても何もなかったため「特別なことはしていない」と言葉を返す。
「も~~。季節感とかイベントごとをちゃんと楽しんでたまー君はどこ行ったの?」
由衣が口を尖らせながらそう呟いた。
そんな由衣に日和と志郎が何か言っている。
……別に大晦日だろうが元旦だろうが、何も変わらないだろ。
「本当に何もしてないの?」
何故かもう一度聞いてきた由衣。
相変わらず口を尖らせている。
何でお前が不機嫌になるんだ。
もう一度思い返すが、特に何も……。
いや、あったかもしれない。
「……晩御飯に蕎麦を買って食べた」
「ちゃんと年越し蕎麦食べてるじゃん!」
由衣が嬉しそうにそう言った。
表情も明るくなっている。
……別に何をして何を食べたかなんて俺の勝手だろ。
そんな言葉を心の中で呟く。
ちなみに、蕎麦を買ったのは安売りされていたからだ。
そんな会話をしていると、いつの間にか俺達の番はすぐに回ってきた。
今回は由衣と日和、志郎と智陽、最後に俺と言う組み合わせと順番になりそうだ。
順番が来た由衣と日和が本殿に上がる。
そして鈴に付けられている縄を持って、鈴を鳴らす。
2人の後ろ姿を見ていると、小学生の頃も幼馴染5人で来たのが懐かしく思えた。
小学生の頃を懐かしんでいると、目の前に居る志郎と智陽が上がっていった。
周囲の人の話し声に交じって、鈴の音が響く。
俺の番はもう次だ。
お願い事は決まっている。
志郎と智陽が鈴の下から離れ、階段を下りていく。
入れ替わるように俺は階段を上り切り、賽銭箱に5円玉を投げ入れる。
そして、縄を持って鈴を鳴らす。
俺のお願い事は「今年こそ、堕ち星の発生を終われらせられますように」だ。
お願いが終わった俺は賽銭箱に背を向けて、階段を下りる。
……お願いしてから気が付いたが、お願いすることじゃないかもしれない。
俺の。いや、俺達の努力次第で変わる事だ。
……まぁ、決意表明ということにしてもらおう。
そして、友人たちは本殿から少し離れたところに居た。
「待たせたな」と声をかけると、何人からは「別に」と言う返事が返ってきた。
しかし、由衣は真剣そうな顔をしている。
……何を考えているんだ。
そんな疑問を口にする前に、由衣は「ねぇ~」と口を開いた。
「まー君は何かで店に買いに行くか、おみくじを引くのどっちが先がいい?」
やっぱり、そこまで深刻な内容ではなかった。
本当にどっちでもいいので、俺は「好きにしろ」と返す。
「おみくじはすぐそこなんだし、おみくじからでいいでしょ」
「……確かにそうだね!」
日和の言葉で決意したのか、そう言って早足で歩きだす由衣。
相変わらずの由衣にもはや安心感すら覚える。
とりあえず、慣れない和服で走るな。
そんなことを思いながら、友人達を追いかける。
そして案の定、おみくじが引ける臨時の社務所は混雑していた。
智陽から「また並ぶの……」という声が聞こえる。
臨時の社務所の中では、巫女服を着た女性が忙しそうに来た人におみくじを引かせている。
その瞬間。
突然、頭の奥底から何かが浮かび上がって来た。




