第206話 大事な大事な友達
「……私は嫌だよ。せっかくまた会えたのに……。
私は、みんなに笑っててほしいだけなのに……!」
由衣は顔を両手で覆い、泣き出してしまった。
そして力が抜けたようにまたベンチに座る。
……私は、真聡が嫌いなわけじゃない。
でも本人がああ言っている以上、私はどうしたらいいかわからない。
だからせめて、由衣が傷ついて欲しくない。
そう思ってた。
でも今度は。
私が由衣のために言った言葉で、由衣を傷つけてしまった。
真聡は私達を突き放す。
でも由衣は無理にでも真聡に手を伸ばす。
……もう、本当にどうしたらいいかわからない。
そう思ったとき。
「2人とも、とりあえず落ち着いて」という、佑希の声が聞こえた。
「……真聡は確かに変わったかもしれない。中学の間に、辛いことがあったんだと思う。
でも、根はきっと変わってない。
きっと、小学校の頃と同じで、他人思いの真聡のままだと思う」
「……だけど、本当にそうなら私達を傷つけるようなこと言わないでしょ」
「……俺達のことを思って、傷つけてでも自分から遠ざけたいんだろう。
……もっと、傷つくことから」
その言葉に、私は言葉を失ってしまった。
由衣が「そんなの……私……」と呟くのが聞こえる。
「私、やっぱりまー君に謝りたい。
そして、何で私達を遠ざける理由……ううん、隠してること全部聞きたい。
……これ以上待ってたら、まー君が壊れちゃうよ」
そう言った由衣の目は真剣な目だった。
何度も見た目。
止めても聞かないときの目。
そしてもうその目には、涙はなかった。
……それなら。
「……わかった。私も付き合う」
「でもひーちゃん……」
「私はただ、由衣を傷つけた真聡が許せないだけ。
由衣がそれでも、真聡と友達でいたいって言うなら……私は何も言わない」
「俺も付き合う。
……真聡と由衣、日和が絶交したなんて佐希が聞いたら悲しむだろうからな」
座った由衣を私と佑希で囲む。
そして顔を見合わせ、頷く。
すると由衣は「……じゃあ、戻ろ!」と言いながら立ち上がった。
「……え、今から行くの?」
「うん。だって『善は急げ』でしょ?
……それに『大っ嫌い』なんて言っちゃったから、早く謝りたいから」
……もう行く気しかないやつだ。
やっぱり、止めても無駄かな。
「わかった。戻ろ」
「うん!行こ!鞄置いてきちゃったし」
そう言ったとき。由衣は既に動き始めていた。
既に早足で公園を出ようとしている。
でも鞄は……。
「鞄なら俺が持ってるぞ」
「あ、そうなの!?」
すると由衣は戻ってきて「ありがと~!」と言いながら、佑希から鞄を受け取った。
そして由衣は「じゃあ今度こそ戻ろ!」と言って、早足で公園を出ていく。
私と佑希は急いで追いかける。
……元気になったのは良いけれど、元気すぎるのも困る。
もはや走ってるし。
でももう辺りは暗くなり始めてる。
そう思ったときには、佑希が「由衣!そんなに走るな!」と叫んでいた。
「もう暗いんだから!誰かにぶつかったらどうするの!」
佑希に続いて私も叫ぶ。
そんな私達の叫びはちゃんと聞こえたみたいで、由衣はようやく止まった。
そのお陰でようやく追いつけた。
だけど、由衣は頬を膨らませていた。
「何でそんな小さい子を扱うみたいな言い方なの!?」
「お前が1人で先行くからだ」
「だって……早く行かないと」
「……1人で先に行って真聡と話せるの?」
私の指摘に由衣の口から呻き声が漏れ出す。
多分、由衣は焦ってる。
真聡が、また居なくなってしまう気がしてるんだと思う。
そして由衣が焦っているのは、佑希も感じてるんだと思う。
その証拠のように「ほら行くぞ」と佑希が由衣に声をかけてる。
「でも、もう走るなよ」
「はぁ~……い」
そんな由衣の少し拗ねてるような返事を合図に、私達はまた歩き出す。
そんなやり取りから数分後。
私達は次の曲がり角を曲がれば、真聡の部屋があるビル近くの大通りに出れるところまで戻って来た。
そのとき。
「あれ、由衣に日和……に佑希まで」
智陽ちゃん、鈴保ちゃん、志郎君が大通りの方からやってきた。
先頭を歩いていた由衣が「ちーちゃん……にしろ君にすずちゃん……何で?」と呟いている。
「連絡ないから探しに行こうとしてたの」
「由衣……大丈夫か?」
そんな鈴保ちゃんと志郎君の言葉に、由衣は「心配かけてごめん」と頭を下げた。
「でも私はもう大丈夫。
それより……まー君は?」
由衣のその言葉に3人は顔を見合わせる。
そして、首を振りながら鈴保ちゃんが「駄目。話にならない」呟いた。
「一応『明日全員でまた来る』とは言って来たけど……なぁ……」
志郎君がやれやれという感じでそう言った。
どうやら真聡の様子は変わってないらしい。
すると由衣は「そっ……か。謝りたいんだけどな……」と呟いた。
そして、そのままふらふらと大通りの方へ歩いていく。
私達はそんな由衣を追いかける。
「私は。ただ、一緒にいたいだけなのに……」
大通りの歩道で立ち止まった由衣は、真聡のビルの方を向きながらそう呟いた。
そのとき。
ビルから誰かが出てきた。
あれは……さっきの色が白い女の子かな。
次の瞬間。
由衣は走り出していた。
その予想外の行動に、私達はまた由衣を追いかける。
「あの!」
「……何」
「確かに私は、私達は何も知りません。
まー君に何があったのか、あなたや天秤座の堕ち星の人との関係も。
それでも、私はまー君と一緒にいたいんです!私達にとってまー君は、大事な大事な友達なんです!
だから……教えてください。さっき言おうとしたことを」
その言葉の後、由衣が頭を下げたところで私達は追いついた。
そして「俺からも頼む」と言って志郎君も頭を下げた。
……私もお願いした方が良いかな。
そう考えていると女の子が口を開いた。
「……無理」
「そんな……」
由衣のショックを受けた声が聞こえる。
だけど女の子はそんな2人を気にせず言葉を続ける。
「本人が嫌がってるから、本人から聞いて。
……その代わり、これを貸してあげるから」
腰のポーチから取り出した小瓶を見せながら、女の子はそう言った。




