第200話 限超魔術
「油断したね」
その声と同時に、わし座の力を借りて空中を飛ぶ俺の身体に衝撃が走った。
正確に言うと、背中に感じた衝撃を直後に表面を中心に全身に走った。
どうやら、俺は地面に叩きつけられたらしい。
本当に油断していた。
魔術にリードギアと星力を使いすぎてるからか、思考速度と注意力が落ちてきているかもしれない。
どうやら天秤座は落としてくる岩に紛れて俺に近づてきて、叩き落したようだ。
そして今はうつ伏せの俺の上に天秤座がいる。
「水魔術撃ちながら飛び回って……何をしようとしていたんだ?」
天秤座がそう聞いてきた。
だが、背中に乗られている今は逆にチャンスだ。
簡易詠唱だが、残っている星力すべて使うつもりで言葉を紡ぐ。
「こうするためだよ。
凍りつけ!!」
すると俺の身体からは冷気が漏れ出し、辺りへと広がっていく。
天秤座は危険を感じたようで俺から離れたらしい。
俺はその隙に急いで転がりながら体勢を立て直す。
杖が転がっていたので拾いながら。
「……氷魔術も使えるようになったんだ。氷上と同じの」
膝を付きながらも構えている俺に対して、天秤座がそう吐き捨てた。
俺は引き続き周りの魔力を吸収しながら言葉を返す。
「あぁ。氷上と同じ氷魔術だな。
使えるものは使う。ただ、俺は誰かを守るために使う」
「誰かを守る……ね。
弱い人たちを守ろうとする友人を傷つけてでも、他人を傷つける力を持つ者を守るんだ」
突き刺さすような天秤座の言葉。
だけど、俺はここで折れるわけにはいかない。
どんな人間だろうと、その人にも友人がいて、家族がいる。
命の価値に、優劣なんてない。
「…………どんな理由であれ人を故意的に傷つけるのは間違ってる」
「そうでもしないと……社会は変わらないだろ!」
その叫びと共に衝撃波がまた飛んでくる。
動く体力が惜しい俺は杖を天秤座に向けて言葉を紡ぐ。
「氷よ。澱みに塗れ堕ちた星座と成りし、天秤の座に永遠の眠りをもたらし給え!」
杖頭に水色の魔法陣が現れる。
迫りくる衝撃波を冷気のビームで正面から迎え撃つ。
そして衝撃波と冷気のビームが衝突する。
正面には向かってくる他のエネルギー。
後ろからは絶え間なく送られてくる同じ力。
押し合う神遺の力は行き場を求めて辺りに影響を及ぼし始める。
そしてついに。
神遺の力の押し合いは限界を迎えた。
爆発を生じさせて、衝撃波と共に周囲に広がっていく。
俺はその衝撃波に吹き飛ばされて、地面を転がる。
星鎧が、紺色の光と共に消滅した。
冷たい冬の広場の地面が、直接温度を伝えてくる。
先程の氷魔術の冷気もあって、その冷たさはいつも以上だ。
俺は何とか立ち上がるために、その冷たい地面に手を付く。
だけど、力が入らない。
さっきの衝撃波。
どうやら氷魔術に加え、天秤座のものと思われる精神攻撃の力も含んでいたらしい。
立とうにも力が入らない。
重力がおかしくなった錯覚するぐらい、身体が重い。
そして、頭の中に声が響く。
だが、なにをいっているかわからない。
もう、かんがえることが、できない。
でも、こえがきこえる。
「まー君!!」
「真聡!!」
だれかが、おれをよんでる。
俺は何とか顔を動かして、声の方向を見る。
そこには星鎧を着たままの由衣と智陽がいた。
俺のことを心配して名前を叫ぶも、命令を守っているのか律儀にこっちに来ない。
……そうだ。
俺は、こんなところで止まっていられない。
俺は人々を、仲間達を守るんだ。
俺が、天秤座の堕ち星を倒さないと、誰が倒すんだ。
何とか立ち上がった俺は、最後の力を振り絞るべく言葉を紡ぐ。
「我、神遺の力である星座の力を与えられし者也。そして、目の前の神遺の力を悪用し、人の世を乱す者を打ち倒す者也。
我、己が命を焔に代えて、その人を害する存在を焼き尽くす者也。
例え、我が命が燃え尽きようとも」
全身が燃えるように熱くなる。
限超魔術。
使用者の魔力回路が出せる力の限界までを強制的に引き出す魔術。
ただし、魔力回路どころか全身が限界を超えてしまうため、使用後に死亡してしまうリスクがある。
そのため、使用が禁止されている魔術。
ただ、今は好都合だった。
神遺保持者の限界を超えるなら、堕ち星ぐらい吹き飛ばせるだろう。
幸いに戦場も先程の爆発で、ブレザーを着ていても寒いぐらいには冷え切っている。
そして限超魔術の使用で天秤座の重圧に負けなくなった俺は、天秤座に向かって歩き出す。
足取りはふらふらとしているが、確実に距離を詰める。
一方天秤座は、ふらふらと立ち上がったところだった。
「何で動けるんだよ……真聡……」
俺の姿を見た天秤座がそう呟いた。
だけど、言葉を返すのすら億劫だ。
俺は力を振り絞り、地面を蹴って距離を詰める。
「まさか……限超魔術!?
真聡……本当に馬鹿だろ!」
天秤座がそう言ったときには。
俺はもう、間合いに入っていた。
拳を引く。
一方、天秤座は岩の鎧を生成しながら、両腕を胸の前に組んで受ける構えを取った。
でも、この一撃で決める。
「焔よ。爆ぜよ」
短く言葉を紡いだ後、俺は躊躇なく引いた右腕を天秤座に叩き込む。
すると俺の拳が天秤座にぶつかると同時に、爆風が生じた。
そして俺の身体は、また吹き飛ぶ。
その途中で、俺の意識も吹き飛んだ。