第199話 命令だ
「何で……お前がここにいる……稀平」
あまりにも突然すぎる出来事に、俺の口からそんな言葉が零れた。
市役所近くの広場に現れた澱みを倒した直後。
今までよりも強い寒気を感じた。
そして中等部時代の友人、心斎 稀平が現れた。
でも、おかしい。
だって稀平は、俺が殺したんだから。
ここに、いるはずがない。
だけど稀平は「理由?」と聞き返してきた。
「同士であり友達の真聡に会いに来た。それ以外にあると思う?」
サラッと、そう返された。
中等部時代《あの頃》と、同じようなノリで。
……違う。
「……違うだろ。
なんで生きてるかを聞いてるんだよ!!答えろよ!!」
「……生きてたことに喜んでくれないんだ」
俺の言葉に、稀平の残念そうにそう呟いた。
確かに、口ぶりは俺が知ってる稀平だ。
……だけど。
「……喜べるかよ。
お前からは、今も澱みの気配がする。1年前と同じ、天秤座の堕ち星のままだろ。お前」
俺がそう返すと稀平は左手で頭をかいた。
同時に、隣にいる由衣が「て、天秤座の堕ち星!?というか誰なの!?」と聞いてくる。
俺はそれを「黙ってろ」と返す。
そのやり取りを見た稀平が「というか」と口を開いた。
「仲間、作ったんだ」
「……望んで作ったわけじゃねぇよ」
「それでも、僕は殺したくせに」
「お前は力に溺れ、人々を害そうとした。
こいつは……違う」
俺は苦し紛れにそんな言葉を吐いた。
俺だって、あんなことはしたくなかった。
だけど、誰かを傷つけていい理由にはならない。
それが身勝手な理由で、不特定多数を狙うなら、余計に。
それが恩人であり、大事な友人であったとしても。
そして、稀平は「そう」と呟きながら顔をそむけた。
「会いに来たのは、もう1回真聡の気持ちを聞きに来たからなんだけど……その調子では、無理そうだね」
「あぁ。1年前と同じ考えのお前なら、俺はもう一度おまえを倒す」
「残念だよ」
そう言いながら、稀平の姿は黒い靄に包まれた。
黒い靄が晴れると、そこに立っていたのは異形の姿の怪物だった。
1年前と同じ、黒い体色に金属のような身体。肩が天秤の皿ようなものが付いている、天秤座の堕ち星の姿。
その姿が現れたのと同時に、「ほ、ほんとに堕ち星!?」という由衣の言葉が響く。
俺はその言葉に「お前は下がってろ」と返す。
稀平は俺よりも歴が長く、土魔術に関しては俺よりも優れている。
そして星座は黄道十二宮星座。
それに加えてこの1年、ずっと澱みに塗れた堕ち星でいたならば。
その強さは、想像できない。
俺だって1年前よりは強くなっているはずだ。
それでも。
由衣を守りながら戦える自信が、俺にはなかった。
しかし、俺の考えなんて知らない由衣は「でも堕ち星だよ!?私がいないと」と食い下がってくる。
俺はその言葉を遮るように「いいから下がってろ!」と叫ぶ。
「これは……命令だ。絶対、戦闘に参加するな。
俺があいつの動きを止めるまでは、絶対に出てくるな」
すぐに由衣からの言葉は返ってこない。
そして数秒後。
由衣は下を向いて「わかった」とだけ言って下がって行った。
「……なに喧嘩してるの」
「喧嘩ではない。
……お前を倒すのは俺の役目だ」
呆れたような稀平の言葉に、そんな言葉を返す。
そうだ。
これは、俺が稀平に星座神遺について話したから起きたこと。
俺が背負うべき、罪なのだから。
そして稀平は「そう」という言葉と同時に、岩が飛ばしてきた。
1年前よりも岩のサイズが大きい。
これを正面から砕くのは骨が折れる。
俺は突破するために言葉を紡ぐ。
「我が動き、人の目で追うこと能わず。その速さ、風の如く」
身体能力強化魔術に定義魔術を組み込んだ魔術で身体能力を上げる。
上げた身体能力から生まれる加速力で、岩が飛んでくる前にその下を通り抜けて間合いに入る。
「火よ、弾けよ!」
簡易詠唱で拳に火を纏わせて天秤座に叩き込む。
天秤座は衝撃で後ろに吹き飛ぶが、両足で着地した。
「やっぱり、強くなってるね」
「……喋るな」
この天秤座が本当に稀平なのか、偽物なのかはわからない。
でもそれは、牡羊座の力で元に戻せばわかること。
だからこそ。今、絶対に天秤座を倒さないといけない。
この命に、代えても。
「でも、僕だって何もしてなかったわけじゃないから」
そう言って、今度は天秤座の方から距離を詰めてきた。
そして、土を纏った拳が飛んでくる。
俺はその拳を逸らす。
逸らせはできた。
だが逸らしたのに手に衝撃が響いた。
……避けた方が良い奴だなこれ。
「まだまだ!」
そんな言葉と共に、天秤座からの怒涛の勢いで拳が飛んでくる。
俺はそれを避けながら拳を返す。
火を纏った拳と土を纏った拳の打ち合い。
打っては避け。
避けては打って。
そして受けられ。
そんな打ち合いの中。
俺の一発の拳が、少しだけいい感じに入った。
その証拠のように、天秤座は少し体勢を崩した。
俺はその隙に、首にめがけて炎を纏わせた右足で蹴りを叩き込む。
しかし、受けられた。
右足が右手で握られて下ろせない。
「いい一撃……だけどさ!」
その瞬間。
足元の地面が盛り上がるのを感じた。
その直後、俺の身体は上空へ打ちあげられる。
吹き飛ばされながらも俺は天秤座の様子を確認する。
既に岩が生成されていて、俺を狙っている。
……このままだとマズい。
そう思った俺は空中で杖を生成して、無詠唱の魔弾を放つ。
天秤座は魔弾に岩をぶつけに来た。
神遺の力がぶつかり、衝撃波と煙が発生する。
俺はその隙に地面に着地する。
同時に杖先を地面に付けて、短く言葉を紡ぐ。
「草木よ。澱みに塗れ、堕ちた星の座と成りし天秤の座を縛り給え!」
唱え終わると同時に煙が晴れた。
そして天秤座は四肢を蔓に縛られている。
俺は蔓を引き千切られる前に杖を消滅させて、言葉を紡ぎながら距離を詰める。
「電流よ。我が身に宿れ。そして澱みに塗れ、堕ちた星の座と成りし天秤の座に天の裁きを与え給え!」
バチバチと音が響く電流を纏う拳を、天秤座に向けて振るう。
天秤座の身体は金属質に見える。
火よりも電流の方が通るかもしれない。
そんな考えで、使う魔術を変えた。
そして、拳は天秤座に顔らしき部分に当たった。
しかし。
「躊躇なく顔を狙ってくるね」
俺の拳ほどサイズで薄い岩の鎧が、天秤座の顔に生成されていた。
どうやら、ギリギリのところで受けられたようだ。
……こんな芸当ありかよ。
だが、これで終わりじゃない。
俺だって考えながら戦ってる。
「電流よ。迸れ!」
短く紡いだ言葉によって星力がさらに電流を発生させる。
その電流は周囲に広がる。
そして俺のすぐ近くにいて、拳が目前で止まっている天秤座を襲う。
電流が天秤座の動きを鈍らせ、岩の鎧が消滅した。
俺は一度拳を引いて、全力で天秤座を殴り飛ばす。
その一撃を受けた天秤座は吹き飛んで、地面を転がる。
だが、まだ終わってない。
堕ち星の姿のままだ。
そして天秤座は立ち上がり、「電流魔術、使えるようになったんだ」と言葉を投げてきた。
「あぁ。あの時のままだと誰も救えないからな」
「その力を友達を殺すために使うんだ」
「……今のお前は、友なんかじゃない。
倒すべき敵だ」
俺がそう吐き捨てると、天秤座は「そう」とだけ言って何かを放った。
少しだけ景色が歪んで見える、無色透明な衝撃波のようなもの。
恐らく精神攻撃の波だ。
当たってはいけない。
そして避けるだけではキリがない。
だったら、戦い方を変えるしかない。
俺はそう思って、星鎧の胸部を一瞬だけ消滅させる。
制服のブレザー内ポケットからわし座のプレートを取り出して、星鎧を元に戻す。
そして右脇腹にあるリードギアに挿し込み、ボタンを押してリードギアを起動する。
俺は背中に生えた星力の翼で空へとはばたく。
その結果、衝撃波は無事に避けれた。
「飛べるのか……」
そんな天秤座の呟きが聞こえる。
破壊力のある火と電流が受けられた。
いや、少しは通った。
だが1回見せた方法は通らないだろう。
1年前の地面を沼にする方法は使えない。
あの魔術は準備が必要なうえ、その間は動きが制限される。
それに今は街中だ。
あんな魔術を使ったら周囲の建物にまで被害が出る。
そもそもあれは、学院の地脈から魔力を借りれたからできた技だ。
この街の地脈は学院の地脈ほど活発じゃない。魔力が足りない。
だったら、あの技を使うしかない。
同じく手間はかかるが、まだ動きは制限されない。
それに、今は冬だから幾分かマシだろう。
俺がそう考えている間に、天秤座が再び岩を展開しているのが見える。
凍らせる前に温度を下げなければいけない。
つまり水がいる。
だが不幸なことに、今日はわし座しか手元にない。
……エリダヌス座も持ち歩くべきだったか。
心の中で悔やみながら、俺は飛んでくる岩を避ける。
そして再び杖を生成して言葉を紡ぐ。
「水よ。生命の源たる水よ。今、その大いなる力を我に分け与え給え。
今、澱みに塗れ、堕ちた星の座と成りし天秤の座を押し流し給え」
岩を避けながら、俺は天秤座に向けて水を放つ。
そして辺りの魔力を吸収するのと同時に熱も吸収するのをイメージする。
天秤座は避けながらも岩を飛ばしてくる。
そして天秤座に避けられた水は辺りを濡らす。
お互いがお互いの攻撃を避け、状況が膠着している。
地味な戦い方だ。
だが、勝たないと意味がない。
……そろそろ、氷魔術に切り替えてもいいだろうか。
そう思ったとき。
天秤座の姿が突然、俺の前を横切った。
どうやら土魔術で足元を盛り上げるのと同時に飛んだらしい。
そして、上を取られた。
上から岩が落ちてくる。
だが、挙動は見える。
俺は難なくそれを避ける。
流石に当たらない。
そう思った瞬間。
「油断したね」
その声と同時に、全身に衝撃が走った。