第192話 居場所がないなら
「ごめん稀平。でも俺、ほっておけない。
……面倒なら友達をやめてくれたって良い。それでも俺は、助けたい」
俺はそう言い切って、稀平の手を振り払う。
そして、決闘をしている女子生徒と氷上の方へ走りだす。
ついこの前、稀平に教えてもらいながら組んだ言葉を紡ぎながら。
「火よ。人類の文明の象徴たる火よ。今、その大いなる力を我に分け与え給え。
吹雪をも払う、炎と成れ!」
そして俺は左手から氷上に向けて火を放つ。
それはこの前よりも熱く、周りを照らす炎だった。
氷上はその炎を避けた。
しかし、氷魔術は止まった。
その隙に、俺は氷上と女子生徒の間に割り込んだ。
「何しに来た。一般人」
明らかに機嫌が悪い声で、氷上は俺にそう吐き捨てた。
……ここで両親の教えを守ってたって仕方ない。
俺は覚悟を決めてから、口を開く。
「お前がどれだけ優秀で偉いか知らないけど、見苦しいんだよ」
「それ以上に君達、劣等者は目障りなんだけど」
「じゃあ逆に聞くけど、優秀であったら誰でも排除して良い訳?」
俺がそう聞くと、氷上は俺から視線を逸らすと同時に肩をすくめた。
そして、ため息と共に言葉を吐き出す。
「自分より下のものを排除して、何が悪い?」
……理解できない。
俺は、氷上が言ってることが全く理解できなかった。
しかし、周りからは「そうだ!」や「出て行け!」「目障りだ!」と言ったヤジが飛んでくる。
それでも、俺は負けずに反論をする。
「別に他人のことをどう思うがその人の勝手だ。
だけど、だからといって相手を傷つけていいわけじゃないだろ」
「だからさ。なんでわざわざ君達のような下の人間に、僕がわざわざ気を使わないといけないの」
……やっぱり駄目だ。
何言ってるかがわからない。
理解ができない。
同じ言語のはずなのに、意味が理解できなかった。
だけどさっきまでイライラしていたのが、急に収まっていくのを感じた。
思考や、心が、急に静かになっていく。
そんな気がした。
そして俺の口から「あぁ……そうかよ」と言葉が零れる。
「だったら。俺が、相手になる」
「いいよ。君たち2人、揃ってこの学校から出ていけ。
吹雪け、凍てつけ、凍りつけ」
再び練習場に冷風が吹き荒れる。
氷上の左手を中心に強い冷気が俺達の方へ向かってくる。
さっきよりも寒さを感じる。
直接当たっているのもあると思う。
だけどそれ以上に氷上の怒りで、魔術の出力も上がっているのだろう。
でも、俺だって無策で来たわけじゃない。
この学校で、学んでるんだ。
「土よ!壁と成り、我らが身を守れ!」
そう唱えながら、左足で地面を踏み込む。
すると俺の目の前の地面が盛り上がり、土壁が現れた。
その土壁が氷上の冷風の直撃を防いでくれる。
そして俺は壁に守られながらも、続いて言葉を紡ぐ。
「我が動き、人の目で追うこと能わず」
次の瞬間、俺は土壁から飛び出した。
身体能力強化魔術を使った俺は、氷上に捕捉されないようにしながら屋外練習場を動き回る。
すると氷上は「鬱陶しいな」という言葉と共に、俺を狙って氷魔術を撃ってくる。
だけど、動き続ける俺を完全にとらえることはできないらしい。
俺が離れた場所に氷の塊が生えていく。
それをなんとか避け続けながら、俺はまた言葉を紡ぐ。
「火よ。人類の文明の象徴たる火よ。今、その大いなる力を我に分け与え給え。
氷をも溶かす熱き炎と成り、我が腕に宿り給え!」
唱え終わると同時に、氷上の懐に潜り込んだ。
俺はそのまま拳を振りぬく。
炎を纏った拳が氷上に迫る。
「調子に乗るな!一般人!」
そんな叫びと共に、氷上も冷気を腕に纏わせ、迎え撃ってきた。
そして、炎と氷が激突する。
その瞬間、衝撃波が生まれて俺と氷上は吹き飛ばされる。
そして、俺の身体は地面を転がる。
だけど、負けられない。
俺は自分を奮い立たせて、立ち上がる。
次は、氷上はどう動いてくる?
そう考えたとき。
「お前達!何をしている!」
そんな声が、屋外練習場に響いた。
☆☆☆
戻ってきた戦闘訓練実習担当教員によって、決闘は無かったことになった。
代わりに俺と女子生徒と氷上はありえないぐらい怒られたが。
3人で怒られた後。
俺と女子生徒、氷上の2組に分けられて、俺達はさらに怒られた。
そしてそんな説教からようやく解放されたときには、学院をオレンジに染める光はとっくになくなっていた。
だけど、中等部教員部屋を出ると稀平が待っていてくれた。
俺と稀平は会話もないまま、とりあえず歩き出す。
だけどすぐに稀平が「……大丈夫か?」と聞いてきた。
「一応。
でもありえないぐらい怒られた。魔術たくさん使ってヘロヘロなのに」
「やっぱりか……。でも、決闘は無かったことになっただろ?」
「まぁな」
「……ごめんな。これぐらいしかできなくて」
「稀平が呼んできてくれたんだ」
俺がそう聞くと稀平は「あぁ」と肯定した。
……また稀平に、助けられたな。
そして、ちょうど食堂とかがある共用棟に続く渡り廊下に来た時。
「……なんでこんなことしたの」
後ろから着いてきている女子生徒がようやく口を開いた。
だけどそれは冷たく、刺すような一言だった。
俺と稀平は振り返って女子生徒の顔を見る。
下を向いていて表情が見えない。
でも俺は、思ったことをそのまま伝える。
「だって……あのままだと君、最低でも保健室行きになると思って」
「……私は、助けてなんて言ってない」
「でもあのままだと……」
「私は!あのまま死にたかった!」
女子生徒は俺の言葉にかぶせてそう叫んだ。
同時に彼女は顔を上げた。
そんな彼女の目は真っ赤に染まり、頬には涙が伝っていた。
そして、その目には光を感じなかった。
生きたいという意思を、ないように感じた。
だけど俺は「死にたかった」という言葉に怒りを覚え、反論してしまった。
「でも君が死んだら……君の親や周りの人が悲しむ」
「私には、居場所がない。
魔術も魔法も使えない私には、この学校に友達がいない。両親には『そんなあなたに産んでごめなさい』って謝られる。
そんな人生、終わった方がマシなの!」
そう叫んだあと、彼女は後ろを向いて来た道を走り出す。
でも俺は、彼女をほっておけなかった。
生きたくない、苦しいと叫んでる彼女を、ほっておけなかった。
そんな名前も知らない彼女にも、笑顔になってほしかった。
俺は力を振り絞って走りだす。
そして、彼女に追いついて腕を掴む。
だけど、彼女は「放してよ!」と叫びながら暴れる。
でも、俺も負けずに離さなかった。
「……居場所がないなら、友達がいないなら、俺がなる。
君が魔術を使えるようになるまで付き合う。
だから……そんなこと言うなよ」
「……ほっておいて。私なんか」
彼女はそう言って俺の手を振りほどいた。
そこに稀平が追いついてきた。
「そうは言っても真聡。君は魔術魔法について詳しくないだろ。
だから俺も手伝うよ。
……俺も、一族の魔法が使えなくて酷い扱い受けてきたから。少しは君の気持ちはわかるし」
「うるさい!!!!
あんたたちに私の何がわかるのよ!!!!」
そう吐き捨てて、女子生徒は走り去ってしまった。
そしてその背中はすぐに、階段へと姿を消した。
中等部の夜の廊下には俺達2人だけが残された。
……何て言えば、良かったんだろうか。
そう思っていると、稀平が「それにしても」と口を開いた。
「真聡はお人よしだよな」
「……父さんと母さんにいろいろ言われて来たから」
「……そっか。いい両親だったんだな」
「あぁ」
少し気まずい空気が流れる。
だけどこれは、俺のせいだ。
わかってる俺は、話題を変えるために「とりあえずお腹空いた。早く食堂行こう」と口を開く。
「あの子については……また考えよう」
「だな。
お腹が空いてると、考えれることもわからなくなるしね」
そして俺と稀平は改めて、食堂に向かって歩き出した。