第190話 新しい友達
中等部寮での事件の翌日の夜。
俺は庇ってくれた眼鏡の男子生徒の部屋に部屋を移動することになった。
そのため、元の相部屋から新しい部屋に荷物を運ぶ。
……大した私物はないけれど。
そして。
「ようこそ。僕の部屋へ。これからよろしく」
男子生徒はそう言いながら、荷物を運び終えた俺に手を差し出した。
だが俺は昨日の一件で、完全にこの学校にいる全員を疑いの目で見るようになってしまった。
例え助けてくれたとはいえ、その疑いは拭い切れなかった。
俺は差し出された手は取らずに、疑問を投げる。
「……何で教師達から庇ってくれたんだ。お前達と俺は、生きる世界が違うんだろ」
その言葉に、男子生徒は目を逸らした。
口からは「あぁ~……」という言葉が漏れている。
「あいつの言葉、気にするよね……。
別に僕はそんなこと思ってないんだけど……」
「俺がずっと虐められているのを知っていたのに、何もしなかっただろ」
俺の冷たい追撃に、男子生徒は差し出した手を戻した。
気まずそうな声と共に。
そして訪れる、沈黙。
それが数秒ほど続いた後。
男子生徒はようやく、「それは……うん」と口を開いた。
「本当にごめん。助けたいとは思ってたんだけど……。
だからまず……お詫びになるかわからないけど、話を聞いて欲しい。少し長くなるかもだけど。
だって君は、魔術師やこの学校……この学年のことを、何も知らないだろ?」
それはそうだ。
誰も俺と会話してくれなかったから、俺は何も知らない。
中等部からの転入のため、基礎知識や常識がないという状態だ。
そのため、この学校で他の情報を得られるのは貴重だろう。
なら、聞くだけ無駄じゃない。
「……じゃあ聞かせてくれ。なんで俺はこんな目に合わないといけないんだ」
「それは……この学校。いや、魔師社会の悪いところなんだ。
魔師社会では『魔法師や魔術師の中でも、優秀な人が出世するべき。そうじゃない人は優秀な人の踏み台にでもなればいい』という考えがあるんだ。
特に酷い人だと『この世界は優秀な魔法師や魔術師が支配するべき』『使えないものは死に絶えればいい』と考えている人もいる。
もちろん、そうじゃない人だっている。
ただ……俺達の学年はあいつ、昨日君と喧嘩した相手。氷上 純一がかなりそういう考えのやつでさ。
そして氷上家は、優秀な氷魔術の家系で本人も学年トップの実力で誰も彼に逆らえない。
だから学年全体の空気が最悪なんだ。
そこに君が転校してきた。
そして魔術師とは無縁の生活をしていた君は、そういう考えのやつらには嫌われる対象となったんだ」
……つまり、俺は最悪の学年に入ることになったという訳か。
そもそも魔師社会とやらにそういう考えがあるようだが。
……それなら、何故魔術師や魔法師は一般人に隠れてるんだ?
そう思った俺は疑問をそのまま口にする。
「……何で魔術や魔法は秘密にされてるんだ。使えない奴なんて敵でもないだろ」
「…………そっか。歴史も習ってないから知らないよな。
それは今まで何回も神遺の力を得ようとしたり、恐れた人達。そういう一般社会と魔師社会の間で争いがあったからなんだ。
代表なものだと……近代では魔女狩りとか、ネッシー騒ぎとかさ。
それにもし、現代で魔師社会と一般社会の間で全面戦争が起きたら。
確実に人類……地球は滅亡すると言われている。
だから協会……世界神遺等保護管理協会は『不必要に一般人の前で魔法や魔術などの使用を禁止する』という国際法を作った。
すべては、この惑星をこれ以上破壊しないために」
……スケールが大きすぎて、着いて行けない。
それが最初に抱いた感想だった。
だが、驚いてる場合じゃない。
俺は次の疑問を口にする。
「……魔師社会の事情はわかった。じゃあ何で君は僕の味方をするんだ」
「それは……僕も同じ目にあったから。
僕の家も一応優秀な家系なんだけどさ。僕は一族に使える心に関する魔法が使えないんだ。だから、ずっと家での扱いが酷かったんだ。
だからこそ、同じようにひどい扱いを受ける君を助けたかったんだ。
あと、家族の中でただ1人僕に優しくしてくれた叔父さんが言ってたんだ。『力があるからこそ誰かを守るべき』って。
だから僕は、ずっと君を助けたかったんだ。
だいぶ……遅くなっちゃったけど」
……確かに昨日のあのとき、教師陣の間に入ってくれなければ俺はまた怒られていたと思う。
それをなかったことにしてくれたのも、部屋を交換してもらえたのもこいつの家が優秀な家系だったからか……。
……流石にこれで信じないのは無茶だし、酷い話だよな。
そう思ったとき。
俺はようやく目の前の男子生徒の名前を知らないことに気が付いた。
とりあえず、俺はまず「……ありがとう」とお礼の言葉を口にする。
「名前……聞いていい?」
「……あれ?言ってなかったっけ?
まぁいいか。僕は心斎 稀平、改めてこれからよろしく」
そう言って、彼はもう一度手を差し出してきた。
「俺は陰星 真聡。よろしく」
俺はそう言いながら、今度こそ手を取った。
グッと握った後、手を離す。
そのすぐ後、稀平は「……結局」と口を開いた。
「魔師社会について、どこまで知ってるの?」
「正直まったく。一応……魔力操作?は教えてもらったけれど、正直まったくわかってない。
何で昨日は火が出せたのに、今日の実技じゃ出せなかったんだ?」
俺のそんな説明と疑問に対し、稀平が「……どんな人に教わったの?」と呟いた。
「まぁ今はそこはいいか。
えっと、魔術を使うのには訓練とイメージ、それと感情が関係してるんだ。
訓練してた時間が長くて、強いイメージがあって、強い想いがある程、出力が上がるんだ」
「つまり……昨日は怒ってたから何とか使えたってことか?」
「そういうこと。
……魔術の特訓を始めてどれくらいなんだ?」
魔術の特訓。
あの事故の後、身体が動くようになってから始めた。
だから大体……。
「……1か月ぐらい」
「い、1か月!?
魔術の智識なしで!?」
俺の言葉を聞いた稀平が、今までで一番大きな声でそう言った。
その反応に驚いた俺は、恐る恐る「もしかして……凄い?」と聞き返す。
「凄いよ!普通は初等部入学から練習を始めて1年生から3年生までにできればいいのを、いくら中等部1年の年齢とはいえ、智識なしで1か月で火魔術を使うのは!
理由はわからないけど、真聡は才能あるよ!」
稀平が興奮気味にそう言った。
よくわからない俺は「そうなんだ……」としか言えない。
「とりあえず、基礎知識とか一般教養は俺が教えるから。
えっと確かこっちに初等部の教科書が……あ!真聡は座ってて待っててよ!」
そう言って、稀平は部屋にある自分の荷物をひっくり返し始めた。
とりあえず、俺は自分のベッドに腰を掛ける。
こうして。1か月経って、ようやく俺に新しい友達ができた。
そして俺の新しい学校生活が、ここから始まった。