第189話 世界が違う
それからの日々は大変だった。
まずはリハビリ。
命も手足も無事だったとはいえ、車両事故に巻き込まれての重傷。
完全に元のように動くには時間がかかった。
そして、ある程度動けるようになってから始まった、魔術の特訓。
……魔術とか魔法とか、本当に実在するんだ。
最初に聞いたときは揶揄われているかと思った。
あと、焔さんは教えるのが下手だ。
お陰で俺は魔術が使えないまま学院に通うことになった。
「中等部の授業は魔術を使うのが普通」と自分で言っていたのに。
まぁ焔さんはそもそも普通の人間じゃないらしいから……無理もない。
そうして、完全復活を果たして国立魔師学院中等部に入学できたのは、もう春も終わりかけの時期だった。
入学してから俺は、同学年の人にひたすら話しかけた。
魔術はまだ使えない。
だけど。
いや、だからこそ人との繋がりは大事だ。
そう思っていた。
しかし、まったく相手にされなかった。
話しかけると無視。
時々帰ってくる冷たい視線と舌打ち。
この学校は、普通じゃない。
流石の俺もそう感じていた。
だけど、それだけでは終わらなかった。
次第に俺の私物が隠されるようになった。
国立魔師学院は日本で唯一の魔術師や魔法師のための学校だ。
場所はとある地方の山の中にある。
そのため、学生は全員寮生活をすることになっている。
その気になれば私物などは盗み、隠し放題だった。
逃げ出したいとは思った。
だが、俺は覚悟を決めてここに来た。
途中で投げ出したくなんて、なかった。
そして、入学してからだいたい1か月後。
夏の初め。
ついに、事件は起きた。
☆☆☆
相変わらず魔術の使えない俺は、夜遅くまで1人で練習していた。
ただ、屋外練習場でしていると冷たい目で見られる。
そのため、俺は学院敷地内で誰も来ない場所を探してそこで練習していた。
屋外練習場以外で魔術を無断で使うと教師陣に怒られる。
ただ俺は練習しようとも使えない。
だから、そもそもバレなかった。
だけど、最終就寝時間を過ぎて部屋の外にいると怒られる。
なので俺は、その時間が来る前に引き上げる。
そんな毎日だった。
自分の部屋を目指して中等部寮棟を歩く。
この学院は基本相部屋。
部屋は普通の鍵と部屋主以外は入れない魔術が使われている。
相部屋相手も無視はしてくるが、俺に何も干渉してこなかった。
そんな相手だから、俺も気にしないことにしていた。
いや、気にするだけ無駄だと悟っていた。
自分の部屋の前まで来た俺は鍵を差し込み、ドアを引く。
しかし、扉は開かなかった。
鍵は開いている。
魔術も作動している。
なのに開かない。
……中から開かないようにされている。
流石に夜に自室入れないのはマズい。
寝ることもできなければ、教師陣にバレたら怒られる。
ここの教師陣は役に立たないことは既に知っていた。
何を相談しても「自分で頑張れ」ばかりだった。
だから何としても部屋に入らないといけない。
俺は名前を知らない同室相手に向かって「ドアを開けて欲しい」と呼びかける。
しかし、返事がない。
仕方なく俺はドアを叩きながら何度か呼びかける。
だが、やはり返事がない。
代わりに、2つ隣のドアが開いた。
「うるさいぞ。一般人」
そう言って出てきた高身長細身の男子生徒の名前は知らない。
ただいつも周りに他の生徒がいる、言わば学年の中心人物的な奴だった。
それだけはクラスの空気から推測していた。
そいつが出てきたのと同時に、いくつかの部屋も扉が開いた。
そいつらは、笑っていた。
我慢の限界だった俺は、疑問を叫ぶ。
「……なんで笑ってんだよ。俺は君達に何もしてないだろ。
なのに何で、俺は君達にこんな扱いをされるんだよ」
その瞬間、笑い声が止まった。
深夜の廊下に相応しい、静寂が訪れた。
次に口を開いたのは、高身長細身の男子だった。
「同じ空気を吸ってるのを許してるだけで『ありがたい』と思ってくれないと困るんだけど。一般人」
「……どういう意味だよ」
「そのままの意味だよ。それとも、言わないとわからないのか?」
その言葉を合図に、また廊下に笑い声が響き始める。
イライラする。
だけど、ここで怒っても仕方ない。
勝ち目もない。
俺はそう自分に言い聞かせて、必死に感情を抑える。
すると、高身長細身の男子が両手を上げた。
それを合図に、野次馬達が静かになった。
そして細身の男子は「本当に知らないのなら仕方ない」と口を開いた。
「特別に教えてあげるよ。
ここは魔術や魔法が使える選ばれしものだけが通える、秘密の学校なんだ。
何でこの学校を知って、どんなコネで入学したかは知らないけど、魔術が使えない一般人が来るところじゃないんだよ。
魔師《俺達》と一般人《お前》は、生きている世界が違うんだよ。
わかったならとっととこの学校から出ていけ」
その言葉の直後、廊下に「そうだ!」「出ていけ!」「一般人が!」というヤジが響き始めた。
そして始まる「出て行け」コールの大合唱。
両親を亡くし、大好きな幼馴染と離れてこの学校に来た。
俺だって、普通の暮らしを送りたかった。
「人に手を上げてはいけない」
お父さんとお母さんにそうも言われていた。
だけど俺は怒りと悔しさで我を忘れていた。
「お前に……お前らに何がわかるんだよ!!!」
そう叫びながら、俺は高身長の男子生徒に殴りかかる。
しかし、俺の拳は空を裂く。
そして俺の体はあっけなく返しの蹴りを受けて、廊下を転がった。
「わからないよ。君のような魔術が使えない人間が考えることなんて」
俺の口から、「何でだよ……同じだろ……?」という言葉が漏れる。
「俺も君も同じ、人間だろ……?」
「いや、僕達は魔師。君は一般人。生きてる世界が違うんだよ。
何度言えばわかるんだ?」
高身長は俺を見下ろしながらそう言った。
笑い声が響いている。
高身長はさらに俺を足で転がして、仰向けにさせた。
そして俺のお腹を右足で踏みつける。
廊下には相変わらず、笑い声とヤジが響いている。
……そっか。
こいつらは言葉が通じない。
己のが価値観だけで他人を選別し、気に食わない他者を平気で傷つける。
自分の悦楽のためだけに他人を傷つける。
人の皮を被った、怪物だ。
「……あぁ、身体に教え込んだらわかるか。
仕方ないから特別に、直接教えてあげるよ。格の違いをね。
吹雪け、凍てつけ、凍りつけ」
高身長細身が左手を俺に向けながら言葉を紡いだ。
踏みつけられた俺の体は逃げることが出来ず、冷気を襲われる。
どんどん、体が冷たくなっていく。
……こんなことなら。お祖父ちゃんとお祖母ちゃんと暮らして、普通に中学に通えばよかった。
由衣、日和、佑希、佐希。
大好きな、4人の幼馴染に会いたい。
あの楽しかった毎日に戻りたい。
……違う。
俺は4人に、他の人に。
俺のように大事な人をいきなり失うような目にあってほしくない。
だから、こっちの道を選んだんだ。
だったら、こんなところで折れるわけにはいかない。
俺は、弱いままでいられないんだ。
力を振り絞って、自由な左手を上げて高身長細身に向ける。
「俺は……こんなところで止まってられないんだよ!!!」
そんな叫びと共に。
すると、そのとき。
左手から火が溢れだした。
その火はまだ弱く、冷気にすぐ消された。
だけど、高身長細身を怯ませるには十分だったらしい。
高身長細身はよろよろと後ろに下がった。
そして高身長細身の足から解放された俺は、左側に転がって立ち上がる。
もう一度、俺の方から高身長細身との距離を詰める。
そして今度こそ高身長細身を殴り飛ばす。
この学校の人間は、魔力を扱える。
そんな奴ら相手に・魔力が使えない俺の拳はきっと、痛くもかゆくもないと思う。
でも、その拳は。
火を纏っていた。
だけど、残念ながら冷気で威力は下げられたらしい。
高身長細身の頬にはやけどの後すらなかった。
それでも、高身長細身は舌打ちをしてから「一般人のくせに……覚えてろ」と吐き捨てた後、自分の部屋に姿を消した。
それに合わせて、ヤジ馬たちも部屋に引っ込んでいった。
一方俺は、いきなり魔術が使えた驚きで立ち尽くしていた。
そこに、今度は大勢の足音が聞こえてきた。
……しまった。
屋内で魔術を使ったから教師陣にバレたんだ。
そしてこの1カ月ほどの経験からすると、ここの教師陣は俺が悪いという可能性が高い。
そう考えているうちに、教師陣が階段から上がってきてこっちに来た。
「陰星君……だったかな。何が起きたか説明してもらおうか」
先頭に立つ中年の男性教師がそんな言葉を投げてきた。
事実を言ったって相手にされない。
だけど、濡れ衣で怒られたくはない。
……どうしたものか。
そこに。
「待ってください。陰星君は被害者です」
問い詰められて困っている俺の前に、1人の男子生徒が飛び出してきた。