第018話 生成できない
悲鳴の出所は下駄箱だった。
出たところで堕ち星が男子生徒を襲っている。
そしてその手前に澱みがいる。
この位置関係だと、澱みを倒さないと堕ち星に辿り着けない。
俺は澱みをさっさと倒すためにギアを喚び出す。
そこに由衣が息を切らしながら追いついて来た。
「まー君!置いて行かないで……ってあれ!まー君を保健室に運んだときの!?」
「あぁ、はえ座の堕ち星だ」
男子生徒を襲っている堕ち星ははえ座だった。
……確かにあのときは星力の使いすぎで倒れてしまったため、倒せたかどうかまでは確認できなかった。
しかし「詠唱魔術をあの距離で当てたのに倒せていない」となると、堕ち星は不死身なのか?
あれでも無理ならどうやって倒せばいいんだ?
わからない。やはり情報不足だ。
だがそれはここで戦わないという理由にはならない。
俺はプレートを生成し、ギアに入れようとする。
しかし、それよりも早く由衣が俺からギアを取り外した。
「おい。何をする」
「だって1つしかないんでしょ?私が堕ち星と戦うから、まー君は澱みをお願い!」
そう言って由衣はプレートを生成し、自分のお腹に巻いたギアに入れた。
そして時計の12時の箇所に左手を掲げる。
そこから、時計回りに一回転したあと両手を握り、肩の高さで構える。
……好きに決めろとは言ったが、なぜファイティングポーズを選んだ?
「星鎧生装!」
そう唱え、ギア上部のボタンを押す。
すると、ギア中心部から牡羊座が出て……こない。
この前と同じくギアはうんともすんとも言わない。
由衣はもう一度「星鎧生装!」と唱え、ボタンを押し直す。
しかし、結果は変わらない。
由衣は「なんで!」と叫びながらボタンを連打している。
人が襲われている今、「星鎧が生成できない」と困ってる場合じゃない。
やはり今日も俺が使う方が良さそうだ。
由衣からギアを取り返そうとしたそのとき。
澱みが襲いかかってきた。
俺は向かってくる澱みを避けて、拳を叩き込んで吹っ飛ばす。
やはり生身だと星力の出力が落ちるのか、澱みは消えない。
だが確実にダメージは入ってる。
俺は先に襲ってくる澱みを殴って蹴って消滅させていく。
一方、由衣は「邪魔しないで!」と叫びながら攻撃を避けて逃げ回ってる。
逃げ回ってはいるが、上手く相手の動きを見ながら逃げている。
特訓の成果は出ているようだ。
しかし、助けてやらないといけない。
近くにいる澱みを片付けた俺は、由衣の方へ走り出す。
右手に星力を集中して、炎を纏わせる。
そして、由衣を襲っている澱みに拳を叩き込む。
澱みは燃えながら吹き飛び、消滅した。
由衣は……肩で息をしているが、怪我はなさそうだ。
「なんでできないの!?」
「今考えることじゃない。とりあえず返せ。
お前は他に逃げ遅れた生徒がいないか探せ。そして隠れてろ」
そう言いながら俺は由衣からギアを取り返す。
頬を膨らませて明らかに「不満です!」という態度だが構っている場合ではない。
俺はいつもの手順で左手を目の前に持ってきて「星鎧生装」と唱え、星鎧を生成する。
先に少し始末したから残っている澱みは3体。
この数なら先にはえ座を生徒から引き離した方がよさそうだ。
俺は地面を蹴ってはえ座との距離を詰め、飛び蹴りを叩き込む。
吹き飛ぶはえ座。
俺は着地して振り返り、左手から火の玉を撃ち出す。
火の玉は澱みに命中し、消滅する。
これで後ははえ座に集中できる。
はえ座が突っ込んできた。今回は一直線に。
俺は少し横に避けて、右足で蹴りを入れる。
蹴りが入り、もう一度吹き飛ぶはえ座。
……前はもう少し強かったはずなんだが。
変な違和感があるが、楽に倒せるに越したことはない。
とりあえず、前と同じく動きを封じて詠唱魔術で仕留めるか。
そう思ったが、はえ座は既に校舎の3階ほどの高さまで飛び上がっていた。
……逃げようとしているな。
あの高さには流石に草木魔術は届かない。
しかし、逃げられるのはまずい。
そろそろ本当に仕留めなければ。
だとすると…調整中だがあの魔術を使うしかない。
俺は左手を突き出し、言葉を紡ぎ始める。
「我が内の星力。集い集いて」
紡ぎ始めると同時に、全身に痛みが走る。
その痛みは左手から始まり、身体の中が焼けるように痛い。
当たり前だ。調整中の魔術を詠唱で出力を上げて撃とうとしているのだから。
魔力回路が焼けていくのを感じる。
しかし、逃げるはえ座を仕留める方法を今はこれしか思いつかない。
俺は痛みに負けずに言葉を紡ぎきる。
「弾と為りて。逃げゆく堕ちた星を逃さぬ光となれ」
紡ぎ終わると同時に、俺の左手から光が飛んで行く。
普段使っている魔弾の威力と追尾性能を上げたものだ。
その結果、弾と言うよりはビームみたいになってるが。
俺の場合は攻撃魔術を使うなら杖を介して使用した方が星力使用効率は良い。
しかし、調整中の不完全な魔術なため杖を介して使用すると逆に不必要に星力を消費してしまう可能性があった。
……そもそもの話、調整中の魔術を実戦で使うなと言う話だが。
俺は調整中の不完全な魔術を使った痛みと脱力感から、地面に膝をついてしまった。
星鎧は既に消えている。
そこに「まー君!?大丈夫!?」と、下駄箱から様子をうかがっていたらしい由衣が俺を心配して出てきた。
「俺は大丈夫だ。それより、はえ座に当たったか?」
「うん。当たってた」
「その後は?」
「あそこら辺に落ちていった」
由衣がそう言いながら指をさす。
この感じだと少し距離がありそうだ。
そして、その距離は今の俺には走れないだろう。
だが走っていかないと逃げられてしまう。
俺は苦渋の決断をする。
「落ちた場所に先に行ってくれ」
「うん。わかった」
「一応、これを持っていけ」
俺はギアを取り外し、由衣に渡す。
彼女は少し驚きながらも受け取って、走り出した。
だが、由衣1人に任せるわけにもいかない
俺も痛む身体に活を入れ、彼女を追いかけた。