第187話 紅葉を見に
彩光 風色美術館での事件から1週間が経った。
被害者の4人の学生は協会と協力関係にある病院に転院後、意識が戻ったらしい。
一色 綾乃の話によると、絵の中に吸い込まれてから長い人でも1か月も経ってないとのこと。
何にせよ、無事に目を覚ましたようで良かった。
一方、一色 綾乃は何かしらの罪には問われるだろう。
だが彼女もある意味では被害者だ。
重い罪にはならないはず。
一応、俺からも報告と共に酌量願いを出した。
……まぁ、Cランクの学生魔術師の言葉なんてどこまで聞いてもらえるかわからないが。
そちらよりも問題は、一色 綾乃を騙した魔術師は誰かということだ。
こういう話は秘匿守衛隊に振るべきなんだが……残念ながら知り合いがなんていない。
協会の窓口に連絡を入れてもいいが……誰が敵かわからない以上、あまり不特定多数に言いたくない。
どうしたものか……。
そのとき。
何かに、躓いた。
慌てて転ばないようにバランスを取る。
その結果、転びはしなかった。
だけど、凄くびっくりした。
そして振り返るとそこには石段があった。
同時に、すぐ前を歩いていた智陽が俺の方を向いて「……何してるの」と言ってきた。
その声を聞いたのか、さらに前にいる仲間たちが一斉に振り向いた。
先頭にいる由衣が「大丈夫!?」と石階段の上から叫んでいる。
……不注意すぎるな、俺。
反省しながらも「足元を見てなかっただけだ」と返す。
するとそれを聞いて安心したのか仲間たちは再び前を向いて階段を上り始めた。
今日はいつものメンバー7人で紅葉を見に来た。
……理由は、由衣が「行こう行こう」とうるさいから。
来た場所は星鎖神社。
なんでも彩光 風色の絵の中に秋の星鎖神社の絵があったとか。
それを見て自分の目でも見たくなったとか。
今度は躓かないように、夏祭りが行われていた広場からさらに石階段を上る。
……記憶の中では本殿はこっちじゃない気がするんだが。
そこに、智陽が「考え事?」と話しかけてきた。
「……ちょっとな」
「あまり1人で抱え込まない方が良いと思うけど」
「……別に。お前らを悩ませるほどのことではない」
……そうだ。
こいつらをこんなことで悩んでほしくない。
既に石階段を上り切って、楽しそうな声を響かせている由衣達5人の方に視線を向ける。
こいつらは、これでいいんだ。
むしろ、今がおかしいんだ。
だから1日でも早く、俺は蟹座の力を。
「……もしかして、秋だからセンチメンタルな気分なの?」
「違う」
急に飛んできた智陽の言葉を否定する。
それとほぼ同時に、俺たち2人も石階段を上り切った。
目に飛び込んできたのは色付いた木々に囲まれた社。
ここまでも周りの木々は色付いて綺麗ではあったが……その中に社がある。
その奥にはさらに色付いている山肌の森。
……確かにこれは絵になるな。
他に参拝客はいないらしい。
休日なのに。
そして由衣達は既に思い思いに写真を撮ったり紅葉を眺めたりしている。
その光景を眺めていると突然、肩を叩かれた。
「何でもいいけど、そんな暗い顔してて由衣にいろいろ言われても知らないから」
智陽はそう言い残して歩いて行った。
そしてスマホを構えて写真を撮り始めた。
……何なんだ、あいつは。
そう思っていると、交代のように由衣が「まー君、いつまでそこにいるの?」と言いながら戻って来た。
その後ろには日和と佑希もいる。
「写真撮らないの?」
「俺の勝手だろ。というか何で戻ってきた」
俺のその言葉に、佑希が「4人で写真撮りたいんだとさ」と返してきた。
「そう!せっかくみんなで来たんだからさ!」
「あと、お参りしようって」
由衣の言葉と、それに続く日和。
そんな会話の間に、佑希は俺の隣に日和がその前に並んでいた。
「ほら撮るよ~!まー君笑って~!!」
そう言いながら由衣が俺の前に来て、スマホを持った手を上に伸ばす。
そして俺が拒否する間もなく、スマホのシャッターが切られた。
そしてスマホを下ろして、「うん!いい感じ!」と嬉しそうに呟く由衣。
「後でグループに送っとくね!」
「いや……背景これでよかったのか」
何故か俺は、そんな言葉を口にしていた。
しかし、由衣は振り向きながら嬉しそうに「いいの!」と返してきた。
「だって足元には散った葉があるし!
それに、いきなり撮らないとまー君逃げるでしょ?」
もしかして……1学期の遠足の話をしてるか?
…………確かにあのときはすごく嫌がった覚えがある。
そんなことを思い出していると、由衣が「次行くよ~!」と言いながら俺の腕を掴んで引っ張る。
そして本堂の前まで連れてこられた。
俺は由衣と一緒に小さな社の階段を上り、賽銭箱の前まで進む。
幸運なことに、財布の中には5円玉が1枚だけあった。
俺と由衣はそれぞれ賽銭を投げ入れ、礼を2回してから手を2回叩く。
そうしてもう一度礼ををする。
お願いが終わった俺は、後ろにいた佑希に場所を譲って本堂の階段を下りる。
その後ろにはいつの間にか志郎達3人も並んでいた。
次に本堂近くの紅葉が目が入った。
……もう、紅葉の季節なんだな。
そう思っていると、シャッターが切られる音が聞こえた。
音がした方を向くと、由衣がスマホを構えていた。
俺は反射的に「何撮ってんだよ」と口にする。
「だって~~。凄い良い感じだったんだもん!」
その返事に、思わず俺はため息をつく。
どうせ消せと言っても消さないだろう。
言い返すのも体力の無駄だ。
そこに、由衣が「ところでさ」と呟いた。
「まー君は何をお願いしたの?」
「……何で言わないといけないんだ」
「えぇ~……。
あ、私はね『こういう楽しくて笑顔でいられる時間が、ずっと続きますように』って!」
何ともまぁ……由衣らしい。
そんな感想を抱いた。
「で、まー君は?」
「……こういうのって人に言うものじゃないだろ」
「でも私は言ったよ?」
「お前が勝手に言ったんだろ。俺は言えとも言ってない」
俺の言葉に、由衣の口からは再び「えぇ~……」と不満げな声が漏れた。
……これは俺が悪いのか?
そう思っていると「何話してるの?」と助け船が来た。
「あ、ひーちゃん!聞いてよ~!
まー君が何をお願いしたか教えてくれないの!私は言ったのに!」
「神社のお願いってあんまり人に言うもんじゃないでしょ」
「ちーちゃんまで!?」
由衣はそのまま、合流してきた他の5人と話し始める。
俺には楽しそうに話す6人が、何故かとても眩しく見えた。
俺のお願い事は「人々が、友人たちが普通に、平和に笑顔で過ごせますように」。
でもこれは、神に願うことじゃない。
俺の決意表明みたいなものだ。
そのために俺は、戦う。
人の手に余る力を、人から切り離すために。