第186話 気も知らないで
飛び出していった由衣の後を追って、美術館を出る。
すると、ちょうど一色 綾乃がパトカーに乗せられるところだった。
そして先に行った由衣は警察官に何やら阻まれている。
……何してるんだ、あいつ?
気になったのでさらに近付いて、由衣が何を言ってるか耳を傾ける。
「一色さん!私!彩光さんの絵も好きですけど!一色さんの絵も好きです!
だから!またいつか、絶対に絵を描いてください!私!絶対に見に行きますから!」
由衣らしいが……そう簡単に絶対とか言うものではないだろ。
そんなことを考えていると、後ろから「綾乃ちゃん!」と叫ぶ声が響いた。
振り向くと、美術館の入り口に彩光 風色がいた。
そのまま彩光 風色は杖をつきながらも、すたすたと一色 綾乃に向かっていく。
……「歳だから絵描きを引退する」という発言の割には元気じゃないか?
このおばあちゃん。
そんな感想を抱いている間に、彩光 風色は一色 綾乃のすぐ傍まで移動していた。
もちろん、流石に警察官に阻まれているが。
しかし、彩光 風色は気にしてないかのように頭を下げた。
「綾乃ちゃん。本当にごめんなさい。私の言葉が、あなたをずっと苦しめていたのね。
ごめんなさい……本当に、駄目な先生でごめんなさい……」
そう言いながら彩光 風色は泣き崩れてしまった。
止めていた警察官が慌てて支える。
そんな彩光 風色に一色 綾乃が「先生は悪くありません。私が……不出来なだけで……」と呟いた。
しかし、彩光 風色は「綾乃ちゃんは不出来なんかじゃないわ」と言葉を返した。
「私が『意思を継いでほしい』なんて言ったから。綾乃ちゃんは、私のような絵を描こうとして苦しんだのよね。
でも、もうその言葉は忘れて?
そして戻ってきたら、綾乃ちゃんの絵を描いて欲しいの。
私も、絵を描いて待ってるから」
「先生……」
彩光 風色のその言葉に、一色 綾乃の頬にも涙が伝い始めた。
すると彩光 風色は立ち上がり、一色 綾乃を抱きしめた。
警察官も流石に手を出さないらしい。
一色 綾乃は確かに加害者だが、被害者でもある。
だけど彼女には戻ってくる場所がちゃんとある。待っていてくれる人がいる。
それは、とても良いことだ。
一方俺は、そんな2人の手前にいる由衣に視線を移す。
すると由衣は、鞄からハンカチを取り出していた。
……泣いているのか?
気になったので、俺は由衣の隣まで移動する。
そして、つい本音を口に出してしまっていた。
「……別に、無理にお前まで辛いことを背負う必要ないぞ」
「……え?」
「力には、責任が伴う。嫌ならそれを放棄する権利だってある」
「えっと……心配してくれてるの?」
由衣が俺の方を向きながらそう聞いてきた。
やはり少し目が赤い。
そして、ここまで言ってしまっては誤魔化せない。
俺は仕方なく、「……あぁ」と返す
「も~!それなら普通に『大丈夫か?』とかにしてよ!」
由衣はそう言いながら左手で軽く俺を押した。
「あと……これ……悲しくてとかじゃなくて、嬉しくてなの。
一色さんと彩光さん、仲直りできてよかったなぁって」
柔らかな笑顔を浮かべる由衣。
……心配して損した気がした。
だがまぁ……由衣はこういうやつだったな。
しかし、心配ではあるので俺は由衣に質問を投げる。
「……絵に吸い込まれて、怖くなかったのか」
「ちょっとは怖かったけど……でも、何とかしなきゃって気持ちの方が強かったかなぁ……。あとギアもちゃんとあったし!
それにそれに、私達が吸い込まれたから吸い込まれた人たちも、一色さんも助けれたし!」
神遺保持者だったから人を助けれた、か……。
……俺の気も知らないで。
だが、神遺保持者だから助かったのは間違いではないだろう。
そう考えると、星座の力を切り離さない方が良いのか?
だが、そうなると仲間達をずっと危険に……。
しかし、これ以上は口を滑らさない方が良い。
そう思ったとき、後ろから「陰星」という丸岡刑事の声が聞こえた。
「後ろのやつらには言ったが、警察はこれで引き上げる。帰ってから体調が悪くなったら必ずこっちにも連絡を入れろ。
こっちもまた何かあったら連絡する」
「わかりました」
「はい!ありがとうございました!」
すると丸岡刑事は「おう。気を付けて帰れよ」と言った後、彩光 風色の方へ向かって行く。
その数分後。
一色 綾乃を乗せたパトカーも含めた警察車両が、静かに美術館から去っていった。
それを見届けた後、彩色 風光が「皆さんにもたくさん迷惑をかけたわね」と話しかけてきた。
「いえ!全然!怪物が出たら倒すのが私達の役目なので!」
由衣が元気いっぱいと言わんばかりの勢いでそう答えた。
そして俺に「ね~!」と振ってくる。
だが嘘ではない。
なので俺は仕方なく「はい」と返す。
「若いのに偉いわねぇ。
こんな大変なことに巻き込まれた場所だけど、また絵を見に来てくれると嬉しいわ」
「もちろんまた来ます!彩光さんの絵も、一色さんの絵も好きなんで!」
「そう言われると嬉しいわ。では今日はこれで失礼するわね」
そして彩光 風色はいつの間にか出てきていた、学芸員と一緒に美術館の中に戻っていく。
すると、後ろに佑希や日和を始めとした他のメンバーが居るのが目に入った。
……さっきの会話、聞かれただろうか。
そんなことを考えていると、由衣は「じゃあ……帰ろっか!」と口を開いた。
それに対して志郎が「だな!腹も減ったし!」と返す。
そして俺達は彩光風色美術館に別れを告げ、歩き出す。
しかし、住宅地を歩きながらも話は続く。
「じゃあさ、みんなでどこか寄っていかない?」
「いいな!どこ行く!?」
「私はパス。流石に変なことが多すぎて疲れた」
由衣と志郎の盛り上がりに対して、そう言い返す鈴保。
だが気持ちはわかる。
なので俺も「俺もパスだ。行きたいやつで勝手に行け」と続く。
すると由衣は「すずちゃんもまー君も冷たい~!」と文句を投げてきた。
しかし、由衣はめげない。
引き続き、元気で2度目の「じゃあさ!」という声が飛ぶ。
「今度、みんなの予定が合うときに紅葉を見に行かない?」
「え……人ごみ嫌だからパス」
「大丈夫だって!きっと人少ないから!」
智陽のそんな言葉に、自信満々に返す由衣。
そこに日和が「……どこに行く気?」という疑問を投げた。
「みんな絶対知ってる場所!
でも今は秘密!」
「いや、教えてくれないと困るし」
智陽の言葉に「行く前には教えるから!」と返す由衣。
話が盛り上がってきた。
聞いてるのが疲れた俺は、少し後ろに下がる。
するとそこに、「……悪かった」と佑希が話しかけてきた。
「俺がいるのにこんなことになって」
「……別に。
お前だってしっかり魔師として学んだわけじゃないだろ」
「……あぁ」
「なら気にするな。不測の事態は誰にも想定できないものだ」
そこまで言ったとき。
「まー君!ゆー君!すずちゃんこっちだからここで別れるって~!」
そんな由衣の声が聞こえた。
前を見ると、他のメンバーとは家数軒分ほどの距離が出来ていた。
そして由衣は「いちいち叫ばなくていいから」と鈴保に言い返されている。
「……追いつくか」
「……だな」
その会話の後、俺達は駆け足で邸宅街を進む。
こうして、とある秋の長い1日は幕を下ろした。