第185話 どうすればいいんだ
地上に夕闇が迫る。
戦闘の跡が目立つ日本庭園にも夜の闇が満ちていく。
大抵の人は仕事を終え、家に帰る時間が迫っている。
しかし、警察は慌ただしく美術館の中を動いている。
俺はそれを美術館1階にあるベンチに座って眺めていた。
片手に持った、チョコレートの子袋に手を突っ込みながら。
……正直色んな意味で疲れた。
だがそんなことは言ってられない。
由衣、佑希、鈴保、そして女性……一色 綾乃。絵から飛び出してきて意識があった4人から聞いた話。あの部屋をもう一度調べて分かったこと。
そして現状の3つを合わせて、頭の中で整理を始める。
まず由衣達3人は一色 綾乃によって、絵の中に吸い込まれた。
目を覚ました場所は星雲市駅前にそっくりな空間。
そして吸い込まれた4人が合流した後、絵の中でも画架座の堕ち星が現れた。
由衣と一色 綾乃はその画架座の絵に飛び込んでその空間から脱出した。
絵の中に現れた画架座は幻想空間内の端末みたいなものだろう。
恐らく、吸い込んだものにとどめを刺すのが役割。
そもそも画架座には、外敵を排除するという指令が与えられていたのだろう。
だから現実でも、絵の中でも逃げ回るような戦い方だった。
一色 綾乃の動機は「先生であり、憧れの存在である彩光 風色に絵を描き続けて欲しい」。
しかし、彩光 風色は年を理由に引退を宣言し、引き止める一色 綾乃に後を託そうとしていた。
だが、一色 綾乃は思うような絵が描けずに悩んでいた。
それをこの美術館にやってきた客に「悩みはないか」と聞かれて打ち明けた。
すると客はあの空き部屋の中心に画架を置いて、一色 綾乃の絵を飾り「この絵に人、できれば若者を吸い込め。人数が集まれば若返ることができる」と言った。
そして彼女は、4人の学生を吸い込んだ。
結果として、俺達が堕ち星を倒したことで吸い込まれていた6人はこちらに戻ってこれた。
先に吸い込まれていた4人は仮死状態だが、ぎりぎり間に合ったはずだ。
既に救急車に乗せられ、病院に搬送されている。
しかし、今回は神遺関連の事件での被害。
1番近い協会の地方拠点に連絡を取ったので、準備ができ次第協会との協力関係の病院に転院になるはずだ。
一方、今日吸い込まれた由衣達4人は何ともないらしい。
ただ、3人は絵の中で戦闘したことが影響しているのか、普段より疲れてはいそうだが。
だが今は警察からの事情聴取を受けている。
……本題はここからだ。
一色 綾乃を唆し、あの画架座を産み出したのは誰か。
一色 綾乃本人は顔も、性別すらも覚えていないと言っていた。
服装や身長と言った、外見的特徴すらも。
この発言を聞いた時点で期待してなかった。
だが一応、美術館の監視カメラも確認させてもらった。
結果としては、何かは映っているが何者かがわからない。
一色 綾乃と話す何者かは映ってはいるが、モザイクがかけられたように映っていた。
つまり、何もわからなかった。
だが、そこからわかったこともある。
今回の黒幕は、やはり魔師だ。
この「覚えていない、映らない」という現象は認識阻害魔術の効果だ。
いや、問題はそこじゃない。
「契約を破棄するまでその姿を保ち、加えて自立して外敵を排除する」
そんな規格外の魔術を使えるということは、相手はかなり強敵だろう。
A……下手したらSランクの可能性だって十分ある。
……まだ何も、解決していない。
だが、魔師と戦うとなると。
一般人である由衣達を巻き込んでいいのだろうか。
魔師は非魔師と生きてる世界が違う。
それなのに、俺は一緒に居てしまっている状態だ。
これ以上、仲間達を危険な目にあわせたくはない。
だが堕ち星が出る以上、仲間達は止めても戦うだろう。
…………どうすればいいんだ、俺は。
そう思ったとき、チョコレートの袋に入れた手が空を掴んだ。
「もしや……」と思いながら袋の中を覗く。
袋は、空になっていた。
……マズい。
そう思ったとき。
「もしかして……食べきったの?」
隣に座っていた日和がそう聞いてきた。
事実であるので、俺は「……そうだな」と返す。
「え、由衣に貰ったやつでしょ?しかも開いてなかったよね?
流石に怒られない?」
そこに突然、智陽がそう言って会話に入って来た。
その言葉に「いやぁ……由衣なら怒らないんじゃね?」と返す志郎。
確かにこのチョコレートは戦闘終了後に由衣が渡してくれたものだ。
そして、実際食べてしまったものはどうにもならない。
「戻ってきたら謝る。必要なら買いなおす」
それ以上でもそれ以下でもない。
戻すことはできない。
そこに「なになに?何の話?」と言いながら、由衣が戻ってきた。
……タイミングが悪すぎる。
……いや、むしろある意味良いかもしれない。
俺はすぐに「貰ったチョコを食べきってしまった。悪い」と謝る。
すると由衣は「いやいや!大丈夫だから!」と言葉を返してきた。
「ちょっとびっくりはしたけど……また買うから!」
由衣はそう明るく返してくれた。
……同じものを買いなおして月曜に返そう。
そう思ったとき。
「由衣。一色さんが移送されるらしいけど」
同じく事情聴取が終わったらしい鈴保がそう言った。
するとそれを聞いた由衣は「えっ!?ちょ、ちょっと行ってくるね!」と言い残して、美術館の入口へ走っていった。
俺は心配半分で追いかける。
足音的に他のメンバーも来ているようだ。
そして美術館を出ると、ちょうど一色 綾乃がパトカーに乗せられるところだった。
先に行った由衣は警察官に阻まれている。
……何してるんだ、あいつ?
気になったのでさらに近付いて、何を言ってるか耳を傾ける。
「一色さん!私!彩光さんの絵も好きですけど!一色さんの絵も好きです!
だから!またいつか、絶っ対に絵を描いてください!私!絶っっ対に見に行きますから!」
由衣らしいが……そう簡単に絶対とか言うものではないだろ。
そんなことを考えていると、後ろから「綾乃ちゃん!」と叫ぶ声が響いた。
振り返ると、美術館の入り口に彩光 風色がいた。