第183話 一撃で
彩光 風色美術館の中庭である日本庭園で始まった、画架座の堕ち星との戦闘。
しかし、画架座が逃げるばかりで俺、日和、志郎の3人は苦戦を強いられていた。
その戦闘の途中。
突然の画架座の動きが止まり、苦しみだした。
そして画架座の黒い身体の中心部にある色鮮やかな街並みの絵から。
由衣と女性が飛び出してきた。
2人の身体は庭園の空中を舞い、驚きと悲鳴が混じった声が辺りに響く。
何故堕ち星の中から出てきたのかはわからない。
ただ、このままだと地面に激突する。
「日和!由衣を頼む!志郎は画架座を抑えてくれ!」
俺はそう叫びながら美術館の屋根を走りだす。
途中、手に持っている杖を消滅させながら。
そして、角度や勢いを考えながら屋根を蹴る。
飛び出した俺の身体は予想通り、落ちてくる女性の下に滑り込んだ。
女性を空中で抱きかかえ、重力に身を任せる。
その後、俺の身体は無事に庭園の芝生の上に着地した。
真っ先に「大丈夫ですか。立てますか」と尋ねる。
とんでもない状況だが、戦闘は終わっていない。
そのためできるなら早く降ろしたい。
「は……はい。立てます」
女性はそう答えてくれたので、「では、足から降ろしますよ」と言ってから地面へと降ろす。
すると、女性は「あの……」と呟いた。
「ここは……現実ですか?元の世界ですか?」
女性から飛んできた予想外の質問で、俺は思わず固まってしまった。
だが実際に、由衣とこの女性は堕ち星の身体にあるあの絵から飛び出してきた。
ならばあの絵の中は一種の幻想空間となっていても不思議じゃない。
それにそうなら、由衣と佑希と鈴保が行方不明になっているのにも説明が付く。
そもそも、星座の力は神遺の力だ。
幻想空間を生成できてもおかしくはない。
俺はそんな推測をしながらも、女性の質問に「はい。ここは現実世界です」と返す。
「ですが、あなたはここから離れてください。
美術館入口に警察が待機しているのでそっちへ」
すると女性は「わ、わかりました」と言った後、中庭に出れる美術館の出入り口に向かって走っていった。
一方、俺はすぐに日和の方へと視線を向ける。
日和は由衣と喋っている。
だが、その会話が終わるのを待っている場合ではない。
俺は割り込むのを覚悟で「佑希と鈴保は!」と言葉を投げる。
「まだあの絵の中!私と一色さんだけ先に脱出したの!
あと他にも吸い込まれた人がいて。でも動けなくて!
それと一色さんが」
由衣の説明が止まらない。
どうやら、あの絵の中で色々あったようだ。
しかし、今聞いてる暇はない。
なので、遮るように俺は「細かい話は今は後にしろ」と言葉を投げる。
「要は、あの絵の中に2人と他にも人いるんだな」
「そういうこと!」
「わかった。由衣は戦えそうか」
飛び出してきた由衣は、星鎧を纏っていない私服姿だった。
中で何が起きたかわからないが、合流出来た以上は戦力は多い方が良い。
しかし。
「……ごめん。ちょっと無理かも」
由衣は俺から視線を逸らしながらそう答えた。
……それなら仕方ない。
「じゃあ離れてろ。
志郎、日和!しばらく画架座を引き寄せてくれ!」
「いいけど、どうするの」
日和のその言葉に、俺は「一撃で倒すだけだ」と返す。
すると日和は「そう」とだけ言って、画架座に向かって走り出した。
ずっと画架座の相手を1人でしている志郎からは「なんでもいいから早く頼むぞ~!」と言う声が飛んでくる。
幻想空間とは魔法や神遺の力によって作られた空間。
使える人は少ないが、自分の好きなように空間内のルールは決めれるかなり恐ろしいものだ。
だが使用者の魔力や命が尽きれば、基本的には消滅するらしい。
……特例はあるらしいが。
だがならば答えは簡単だ。
画架座をプレートの姿に戻せば、幻想空間は自然消滅する。
消滅すれば、吸い込まれた人は弾き出されるようにこの世界に戻ってくるはずだ。
では幻想空間を消滅せるために、防戦一方でろくに攻撃が当たらない画架座をどう倒すか。
不意打ち0距離攻撃を当てるだけだ。
3人の居場所が分かり、他にも人がいるとわかった以上、悩んでる場合ではない。
俺は星鎧の一部を消滅させて、ズボンのポケットから持ってきていたこじし座のプレートを取り出す。
そして右脇腹にあるリードギアに挿し込み、言葉を紡ぐ。
「我が動き、人の目で追うこと能わず。その速さ、風の如く」
詠唱が終わると同時に、リードギアを起動する。
そして地面を蹴る。
こじし座の力と詠唱魔術によって移動を速度を上げた俺は、日本庭園の中を跳ねまわるように移動する。
岩、芝生、美術館の壁、松の木など様々のものを足場にして。
もちろん、壊さないように細心の注意を払いながら。
この攻撃は、確実に当てないと意味がない。
志郎と日和の攻撃は、未だ画架座に決定打を与えられていない。
だが、画架座の気はしっかりと引いてくれている。
なので俺は隙を窺いながら、補足されないように動き続ける。
そして遂に。
俺は画架座がバックジャンプして着地したのと同時に、背後を取った。
俺は逃げられる前に、急いで言葉を紡ぐ。
「電流よ。荒ぶり、人々に害を与える存在と堕ちし画架の座に。天の怒りを与え給え!」
引いた腕を振りぬき、画架座の背中に電気を纏った渾身の拳を叩き込む。
右手に、確かな手ごたえを感じた。
その直後。
庭園に閃光が走り、轟音が響く。
一撃を受けた画架座は、もの凄い勢い吹き飛んでいく。
その勢いは庭園の壁にぶつかっても止まらなかった。
そして壁を破壊した画架座は敷地外へと消えた。
……やってしまった。
倒すことと建物に被害を出さないことばかり考えていて、庭園の壁に穴をあけてしまった。
…………いやでも無理だろ。
神遺の力を振るうには現代は建物が多すぎる。
むしろ、これだけの被害で済んだことを褒めて欲しい。
そこに「……これ、倒せたの?」という日和の声が聞こえた。
そうだ。
まだ終わってない。
立ち止まってる場合ではない。
「確かめに行く」
そう言った後、俺は庭園に開けてしまった壁の穴の方へと向かう。
少しの眩暈と、身体に上手く力が入らない感覚を押し殺して。
……流石にリードギアと魔術の併用を維持するのはキツかったか。
そんなことを考えながら、裏山に出る。
すると、俺が吹き飛ばした相手は裏山に出てすぐ発見できた。
しかし、画架座はまだその異形の姿を保っていた。