第179話 どう見ても危険
学芸員の女性と由衣、佑希、鈴保の4人が入った後、開かなくなった扉。
その扉が、ようやく開いた。
そして突入する前に、俺は日和と志郎に向けて「俺が先に入る」と指示を言葉にする。
「安全が確認できたら指示を出すから入ってきてくれ」
そう言い残して、俺は部屋に足を踏み入れる。
部屋はそこそこ広い。
だが、左側と奥の壁にあるカーテンが閉め切られていて薄暗い。
部屋の中にあるのは中央にある画架に置かれた「色鮮やかだが、妙な気配のする絵画」だけ。
そしてこの部屋、他の場所より澱みが濃い。
しかし、魔術仕掛けなどはなさそうなので、魔師の部屋とかではなさそうだ。
……まぁもしそうならもっと強固な守りがされてるはずか。
罠などはないと確認できたので、俺は志郎と日和に「入ってきても大丈夫だ」と伝える。
「暗いな……」
「というか由衣達は?」
部屋に入ってきた2人がそう呟いた。
そう。
部屋の中に、肝心の由衣達がいない。
そして、部屋の中は特に戦闘をしたような跡は見当たらない。
まぁ仮に戦闘があったとして、3人がそう簡単に負けるとは思えない。
佑希もいたしな。
そう思いながらも「いないな。どこに消えたのか……」と言葉を返す。
同時に、俺は入口から1番近いカーテンと窓を確認する。
窓は大きさは俺より少し小さいぐらいだろうか。
そしてやはり、ここにも罠的なものはない。
だが、開けることができない。
扉と同じ「特定の人物しか開けられない仕掛け」がされているのだろう。
そうなると、窓から脱出した可能性はない。
とりあえず外を覗いてみるも、何も変わったことがない。
ただ、下にある中庭の日本庭園が見えるだけだ。
本当にどこに消えたんだ……?
そう思いながらも、振り返ってまた部屋の中を見る。
すると2カ所、床に何か刺した跡がある事に気が付いた。
あれは……何だ?
そのとき。
「なぁ……さっきから気になってるんだけど……。
あの絵、何だ?」
志郎がそう言いながら絵に近づいていくのが見えた。
しまった。
こういう状況でも正体不明なものに近づくのは由衣だけじゃなかった。
いや、1番目立つものを後回しにした俺が悪いか。
そもそも入っていいとしか言わなかったのが悪いか。
そんなことを考えながらも「どう見ても危険だろ!近づくな!」と叫ぶ。
志郎は「え?」と呟きながら、俺の方を見る。
その次の瞬間。
絵が。
画架が動き出した。
動き出した画架は黒いオーラを放ちだす。
そして人型に成った。
「志郎戻って来い!」
そう叫ぶも、画架の腕が志郎に向かって振り下ろされる。
しかし、志郎はその一撃を右側に転がって避けた。
一方、俺は「草木よ!縛れ!」と言葉を紡ぎながら左手で床に触れる。
すると画架の足元から蔓が生えてきて、腕や足に絡みついて動きを縛った。
同時に部屋に響く、志郎の「嘘だろ!?」という声。
「いきなり堕ち星!?」
「え……何座?」
その日和の言葉に「画架座だ!全員避難させろ!」と叫び返す。
そして、俺は時間を稼ぐために草木魔術の維持に集中する。
画架座。
星座としての歴史は浅い星座。
そのため、星座としての力も知名度も高くないはずだが……。
こいつに由衣達はやられたのか?
だがやはり部屋の中は荒れておらず、戦った感じはしない。
堕ち星は全身真っ黒だが、身体が木で出来ている感じがある身体。
そしてさっきの絵は身体の中央にある。
……あの絵はそれほど大事なのか?
そんな推察を立てたとき、蔓が引き千切られた。
流石に生身の簡易詠唱だと堕ち星相手だと一時的な拘束が限界か。
とりあえず、星鎧を生成しなければ。
それに屋内では戦いづらい。
そう考えながらもギアを呼び出そうとする。
しかし、それよりも早く画架座が距離を詰めてきていた。
そして木製の腕ような部位が飛んでくる。
顔を狙ったのような軌道。
俺はそれを避けて右の拳で反撃する。
だが反対の腕で止められた。
俺はすぐに右腕を戻して、今度は右足で蹴りを叩き込む。
しかし、それも止められてしまった。
やはり生身で堕ち星の相手はキツい。
そう思いながら足を戻し、後ろに下がって距離を取る。
しかしそれよりも早く、今度は画架座の足と思われる部位が飛んできた。
星鎧を生成する隙どころか、ギアすらまだ喚べてない。
避けれる距離感でもない。
……仕方ない。
俺は仕無詠唱耐衝撃魔術を使い、身体の前で腕をクロスさせて攻撃を受ける体勢を取る。
そして、画架座の足は綺麗にお腹の前で構えた俺の両腕を捉えた。
俺はそのまま蹴り上げられて、窓に激突する。
そして窓は、怪物に蹴り飛ばされた男子高校生が激突した衝撃に耐えきれず、割れた。
俺の身体は美術館の外へ放り出される。
……いや、窓には防御魔術は使われてなかったのかよ!?
そんな驚きと共に、俺の身体は2階から落下する。
というか、このままだと俺は地面に叩きつけられる。
それは困るので、俺は急いで左手を地面に向けて短く言葉を紡ぐ。
「風よ。吹き荒れ、我が身体を押し上げろ!」
すると左手から地面に向かって風が吹き荒れ始める。
俺はその風の威力を調整しながら地面に降り立つ。
やはり、落ちてきたこの庭園は1階から見えていた場所らしい。
確認しながらも、さっき俺が突き破った窓を見上げる。
すると壊れた窓の前に堕ち星が立って、こちらを見下ろしていた。
「……建物は壊したくなかったんだがな」
そんな呟きが思わず口から零れた。
だが自分の判断ミスだ。今さら言ったって仕方ない。
俺はそう自分を言い聞かせながらギアを喚び出す。
一方、堕ち星はそのまま窓枠を乗り越えて飛び降りてきた。
俺はプレートを生成してギアに挿し込む。
そしていつもの手順を取って、左腕で目元を隠す。
「星鎧生装」
その言葉と共にギア上部のボタンを押す。
するとギアの中心部から山羊座が飛び出し、紺色の光が身体を包み込む。
その光の中で、俺の身体は紺色のアンダースーツと紺色と黒色の鎧を纏う。
そして、光は晴れる。
黒い木製と思われる異形と、紺色と黒色の鎧が睨み合う。
邸宅街にある美術館の日本庭園で。
星座の神遺の激突が、始まる。