第176話 脅したって
私とすずちゃんは、誰もいない駅前の周りで音の正体を探す。
その正体は、結構すぐに見つかった。
人の声が聞こえてくる路地。
見つけた私はすぐにすずちゃんを呼ぶ。
聞こえてくる声は男の人と女の人の2人分。
見える姿も2人分。
たぶんゆー君と受付のお姉さん。
そしてすずちゃんと合流した私は、小走りで路地裏に突入する。
すると、ゆー君の「答えろ。お前は怪物か?」という低い声が聞こえてきた。
「ち……違います。怪物なんて、知りません……」
「嘘をつくな!!お前が俺達をこの空間に入れたんだろ!!」
そこで、ようやく路地にいる人の顔が見えてきた。
やっぱりゆー君がいる。
そして建物の壁と業務用のごみ箱の間にお姉さんが座っている。
状況としては……問い詰めてる?
次の瞬間。
ゆー君が左手に剣を生成した。
そして、お姉さんに向かって振り下ろした。
お姉さんは人間の姿のまま、怯えてる。
駄目。
ゆー君に誰かを傷つけて欲しくない。
私は出せる力を振り絞って、全力で走る。
そして杖を生成しながら、ゆー君とお姉さんの間に滑り込む。
「ゆー君やめて!!」と叫びながら。
同時にゆー君の剣を受けるために、杖を両手で持って頭の上に上げる。
次の瞬間。
金属がぶつかったような音が路地裏に響いた。
杖から両手に凄い衝撃が伝わってきて、凄く痺れる。
だけど、私は下ろさない。
ゆー君に、お姉さんを傷つけて欲しくないから。
すると、ゆー君の「由衣……!?」という呟きが聞こえた。
そして、剣を下ろしてくれた。
私は杖を消滅させながら「ゆー君……何で……?」と疑問を投げる。
「……この女は俺達をこの空間に連れ込んだ。
堕ち星は倒す。だからこの女を斬る。間違ってないだろ」
淡々と飛んでくる言葉。
いつもの、優しいゆー君じゃない。
だけど、私の大事な幼馴染には変わらない。
なので、私は「……でも」と言葉を振り絞る。
「お姉さんは人間の姿だよ?もし堕ち星なら、反撃してくると思う。
……だから、お姉さんは堕ち星じゃないんじゃないの?」
ゆー君からの、返事がない。
どこか違うところを見ていて、何を考えてるかわからない。
一方私は、ゆー君がわからなくなっていた。
再会したときは小学校の頃から全然変わってないと思ってた。
でも、私達と同じように星座に選ばれてた。
そして時々、凄く怖くなる。
まるで、別人のように。
「……ゆー君。転校してから何があったの?
何でそんなに…怒ってるの?」
気が付くと、私はそんな疑問を口にしていた。
でも、やっぱりゆー君からの言葉はない。
風が吹く音も、人が歩く音も、車が走る音も聞こえない街。
当然、ビルの間の路地は本当に無音だった。
ゆー君の後ろにいるすずちゃんも、ゆー君を見てる。
少し心配そうな顔で。
そして、数十秒ほど経って。
ゆー君はようやく、「……俺は」と口を開いた。
「俺達は、元の世界に戻らないといけない。
そのためには、絵の中に吸い込んだこの女に聞くしかないだろ」
そう私に言った後、ゆー君の視線は私から逸れた。
その瞬間。
目つきが変わったのが私でもわかった。
凄く、怖い目をしてる。
そしてそのまま「お前。俺達をここから出せ」と言葉を投げた。
振り向くと、お姉さんは怯えていた。
……このままじゃ駄目。
きっと何も変わらない。
私は意を決して、ゆー君の方を向きなおす。
そして「……ねぇ、ゆー君」と口を開く。
「お姉さんから話を聞くの、私にさせて欲しい」
「……何でだ」
「だって……お姉さん怖がってるよ。脅したって、話したいなんて思えないよ」
「だがこいつは俺達をここに連れ込んだ原因だ。俺達の敵だ」
「……そうだとしても。私は目の前で怯えてる人を、ほっとけない」
また、ゆー君から言葉が返ってこない。
だけど私はまっすぐゆー君を見る。
でもゆー君と目が合わない。
また違うところを見ている。
それから数秒程経ってから、ゆー君はようやく「……好きにしてくれ」と呟いた。
「だけど、少しでも怪しい動きをしたら容赦しないからな」
そう言った後、ゆー君は反対側の壁にもたれかかった。
あと、持っていたはずの剣はなくなっていた。
……とりあえず、ゆー君は説得できた。
私は少しお姉さんと距離を取りながら振り返る。
そしてしゃがんで、目線を合わせる。
……ゆー君が怖がらせちゃてるから、気を付けないと。
「私、白上 由衣って言います。
お姉さんのお名前、聞かせてください」
できるだけ優しく、言葉をかけた。
でも、お姉さんは言葉を返してくれない。
怯えた目で私と後ろにいるゆー君を交互に見てる。
私達は絵の中の世界については何もわからない。
だから、お姉さんから聞くしかない。
ゆー君の言う通り、元の世界に戻らないといけないんだから。
私はそう思って、言葉を続ける。
「私の友達がお姉さんを怖がらせてしまったことは謝ります。ごめんなさい。
でも私達は、元の世界に戻らないといけないんです。
お願いします。お姉さんが知ってることを教えてください」
お姉さんの目を見て、私は想いを伝える。
すると。
「……一色 綾乃です」
ようやく、名前を教えてくれた。
でも一色さんは目があちこちを見ていて、まだ怖がってるみたい。
なので私は、言葉を選びながら質問を続ける。
「一色さん、この絵の中の世界について何か知ってますか?」
「……詳しいことは何も知らないです。
……でも、今まで吸い込んだ人はそのまま出てきてません」
その瞬間、後ろで物音が聞こえた。
私がびっくりして振り向くと、ゆー君がすずちゃんに止められていた。
何でゆー君がすぐに手を出そうとするのかわからない。
でも私はこの世界から出るために、一色さんに話してもらわないと困る。
なので私はゆー君に「お願いだから一色さんを驚かせないで」と言葉を投げる。
そして「すみません」と一色さんに謝ってから、質問を続ける。
「何のために絵の中に人を吸い込むんですか?」
「……白上さんは、彩光 風色の作品が好きと言ってくれましたよね」
急に全然関係のない質問で返されてしまった。
でも、今は一色さんの話を聞いた方が良い。
そう思った私は「はい。彩光さんの絵、暖かくてとても好きです」と返す。
「……私も彩光 風色の作品が好きなんです。色遣いや絵から感じる温かさが。
私は彩光 風色に憧れてずっと絵を描いてました。彩光 風色の絵画教室にも通ってました。
でも彩光 風色は5年前、『この作品を最後に絵を描くのを引退する』と言ったんです。『もう年だから』って。
私は、その言葉でショックを受けました。『まだ元気なんだから描いて欲しい』と言いました。
すると、『じゃあ、綾乃ちゃんが私の意思を継いで欲しいわ』と言ってくれました。
憧れの先生に、想いを託された。
私はそれが、とても嬉しかったんです。
なので、私は少しでも近づけるように絵を描き続けました。
でも、まったく近づけませんでした。
そんなある日、美術館を訪れたお客様に『悩みはないか』と聞かれたんです。
最初は『ありません』と返しました。
でもそのお客様に『悩んでる目をしてる』と言われ、私は自分の悩みを話しまいました。
するとあの『空き部屋はあるかと』と聞かれ、その部屋の中心に画架を置いて『ここにあなたが描いた絵を飾ってください』と言われました。
そして『この絵に人を、できれば若者を吸い込ませてください。人数が集まれば彩光 風色を若返らせることができるはずです』と言われました。
私はそれから、4人の学生を吸い込んでしまいました。
そのときの……いえ、私はずっとどうかしていたんです」
一色さんがそんな言葉で、話を締めくくった。
そんな一色さんの頬には、涙が伝っていた。
一方私は、凄い情報量に少し混乱していた。
だって。
こんな苦しくて悲しい理由を聞いて、怒る事なんてできないよ。
だけど、そこに。
「お前は吸い込まれた人がどうなったのか知ってるのか」
ゆー君のそんな声が聞こえた。