第167話 言わなきゃ
放課後の夕闇が迫るグラウンドに、部活に勤しむ生徒の声が響く。
私もそんな生徒の1人。
所属している陸上部の投擲の人達と一緒に練習をしていた。
ちなみに今日はメディシンボールと呼ばれるボールを使った基礎連の日。
結局、連休中に堕ち星は現れなかった。
真聡は……あの後の全員グループでのメッセージからはまたいつもの調子だった。
……いつも様子が変と言われたらそれまでだけど。
そして私は未だに両親とはあれ以上話せていない。
数日たっても、何て言ったらいいか答えは出せてなかった。
「そろそろ片付けるぞ~」
投擲のパートリーダーである2年生の先輩がそう言った。
その言葉を聞いて、校舎にかかっている時計に目を凝らすともうすぐ17時というところだった。
最終下校時刻が迫っている。
だから私達は基礎連を終わって、使った道具を陸上部の部室に片づける。
全部片づけ終わったとき。
ちょうど顧問の先生が来ていた。
なので陸上部員は顧問の先生のところに集まり、話を聞く。
内容は明日の練習について。
話が終わり、礼をする。
そして先生の「気を付けて帰れよ」という言葉を合図に別れる。
自分の鞄を持った部員から帰るために通用門に向かっていく。
私もそんな部員に交じって自分の鞄を手に取る。
そのとき。
「す~ずほ」と私の名前を呼びながら、隣に女子が来た。
その横顔は、私の小学校からの友人で陸上部のマネージャーでもある梨奈だった。
そんな梨奈の「お疲れ~」という言葉に、私も「お疲れ」と返す。
「じゃあ、帰ろっか」
「うん。帰ろ」
そんな会話の後、私は梨奈と一緒に歩き始める。
途中の話題は話題は今日の部活について。
他愛のない会話をしながら通用門を抜ける。
そして住宅地に入ったとき、梨奈が急に「ところでさ」と呟いた。
「鈴保……悩みでもある?」
「何、急に」
「いやぁ……今日は朝からちょっと変……というか、上の空じゃない?」
流石に梨奈にはバレていたみたい。
でも梨奈には中学の頃からよく親について愚痴ってたから、今さらかもしれない。
……だけどこれ以上、梨奈を澱みや堕ち星のことに巻き込みたくない。
そう思って私は「別に。なんでもない」と返す。
「そんなことないだろ。お前、今日は変だぞ」
突然、後ろから会話に入ってきたその男の声に私達は振り返る。
「「颯馬」!」
私と梨奈の声が重なった。
後ろに居たのは、私のもう1人の友達である小坂 颯馬だった。
……まぁ知り合ったのは梨奈と違って中学だけど。
そして、すぐに梨奈が「短距離の人と帰るんじゃなかったの?」と言葉を投げる。
すると颯馬は「今日は帰るだけらしい」と呟いた。
「だから、ちょうど2人が見えたから追いかけてきた。
2人と帰った方がまっすぐ帰れるからな」
「今日は短距離の人達、寄り道しないんだ」
「あぁ。まだ月曜日だから今日はまっすぐ帰るって」
梨奈と颯馬のそんな話を聞きながら、私達は住宅地を歩く。
このままさっきの話が流れて欲しい。そう願った。
でも残念ながらそう上手くはいかなかった。
颯馬が突然「で、悩みがあるんだろ」と話を戻してきた。
「言わないと、また梨奈が怒るぞ」
「怒りはしないけど……。でも私達に隠すようなことなの?
……もしかして、由衣ちゃんか陰星君と喧嘩でもした?」
そう言いながら、梨奈は私の前に回って立ち止まった。
そして、まっすぐに私の目を見てる。
視線が痛くて、思わず顔を横に背ける。
私はこの目から怪我をしてからの1年はずっと逃げていた。
……でも、今はもう逃げない。
それにこの状況では誤魔化せないし。
仕方なく私は、「話すから、とりあえず歩こ」と言って歩き出す。
そして、連休中に会ったことを話せる範囲で簡単に話す。
ざっくりと話した後。梨奈が「え……」と口を開いた。
「おじさんとおばさんに怪物と戦ってることを言ってなかったの!?」
「お前……それは流石に駄目だろ」
やっぱり2人もこういう反応か……。
そんなことを思いながらも、私は「いや」と口を開く。
「颯馬は知らないと思うけどさ。うちの親、超過保護なの。
だから絶対反対する。陸上始める時ですら大喧嘩したんだから」
私のその言葉に梨奈が「そうだったね……」と呟く。
しかし、それを知らない颯馬は「でもお前は今、こうやって陸上やってるだろ」と言って来た。
……ちょっと腹立ってきた。
でも、喧嘩をしても仕方ないのはわかってる。
なので少し気持ちを落ち着けてから、「それは私が中学のときに勝手に黙って入部したから」と言い返す。
すると、颯馬は顔を反対に向けた。
そして数秒後「……ちゃんと話せばわかってもらえるだろ。親なんだから」と呟いた。
……颯馬は私の親とちゃんと喋ったことないからそんなことが言える。
そう思ったけど、流石にその言葉をぐっと飲みこんだ。
こういう言葉に腹が立って言い返して真聡と喧嘩……じゃないけど後ろめたくなったから。
そこに梨奈が「でも……」と口を開いた。
「私も颯馬の言う通りだと思うな。
だって本当に駄目なら、きっと退部させられてるよ?」
「それは……そうかもしれないけど……」
「入試だって実績考慮型だったんでしょ?
だから大丈夫だって。
……きっとおじさんとおばさんはさ、ただ鈴保が心配なだけだよ。ちょっと度が過ぎるだけで」
そう言い切った梨奈は私の方を向いて、ニコッと笑った。
……確かに2人の言ってることは間違ってはないのかもしれない。
私は今も、陸上部を続けさせてもらえてる。
無理に辞めさせられることなく。
……でも私は、その度が過ぎる心配が嫌。
そう思ったとき。
ジャージのポケットに入れたスマホが震えたのを感じた。
私は取り出して、通知を確認する。
その通知は、呼び出しのメッセージだった。
『智陽 駅前に堕ち星 真聡、由衣、佑希が交戦中』
遂に、また現れたみたい。
とかげ座の堕ち星は父親に恨みを持ってる。
だからターゲットは、たぶん家族である私たち4人。
つまり駅前に現れたってことは、高確率で父親か母親がいる。
……言ってしまうと行きたくない。
そこに梨奈が「怪物が出たの?」と話しかけてきた。
無意識で表情が変わったのかもしれない。
私は視線をスマホから梨奈に戻す。
その奥には颯馬もいる。
私は。梨奈を守りたくて、颯馬を止めたくて、あのとき戦った。
父親も母親も過保護すぎて鬱陶しい。
でも、本当に嫌いなわけではない。
居なくなって欲しいとは思ってない。
……だったら、戦わなきゃ。
ちゃんと言わなきゃ。
簡単な、逃げるような言葉じゃなくて。
話しても、伝わらないかもしれない。
でも。
話さないと、何も伝わらない。
難しく考える必要は、きっとない。
そんな決意が漲ってきたとき。
梨奈がまた、「……鈴保?大丈夫?」と聞いてきた。
私はとりあえず「大丈夫」と返す。
「でもごめん。怪物が出たらしいから行ってくる。2人は先に帰ってて」
そう言いながらも、私は駅前に向けての最短距離を考える。
家まではあと半分を過ぎたくらいの場所。
大通りはさっき渡った。
だからたぶん、ここから駅前はそれほど遠くない。
だいたいどう走っていくか決めたとき。
颯馬が「もう大丈夫なのかよ」と聞いてきた。
「うん。覚悟はできた。
……2人のお陰、ありがと」
私がそう言うと梨奈が笑顔になった。
あと颯馬も、少し笑顔に見える。
数秒も経たず、梨奈が思い出したように「あ、鞄」と口を開いた。
「邪魔じゃない?
私、持って帰っておくよ?」
正直、持って走るだけで疲れるし体力の無駄。
そして梨奈は家が近いから、あとで取りに行くのは楽。
だから私は遠慮なく「ありがと。じゃあお願い」と鞄を預ける。
「また後で」
「うん!また連絡して!」
「……怪我すんなよ」
そして私は、2人の友人の見送りを背中に受けながらも駅前に向けて走り出した。