第016話 守りたい
翌日。また俺達は廃墟の駐車場で特訓をしていた。
そして、今日も今日とて由衣はやる気に満ちている。
そんな由衣に俺は素直な疑問を投げる。
「お前、筋肉痛はないのか」
「ん〜。ないってわけじゃないけど……」
「じゃあ別に無理しなくていいぞ。張り切り過ぎて身体を壊されたら元も子もない」
「でも、1日空けたら忘れちゃう気がするから」
そう言った彼女の顔は真剣な表情をしていた。
……これは何言っても聞かない顔だ。
止めても無駄なので、「……そうか。まぁ、無理だけはするなよ」と最低限の忠告を伝える。
「うん。本当に無理そうだったら言うから大丈夫!
ところでさ……ここ数日、色々星座騎士について教えてくれたじゃん?」
「そうだな」
「でも言われただけじゃ覚えきれなくってさ……。
こう……なんか……そういう紙とか表ってない…?」
「ないな」
「え〜!?」
凄くがっかりしているのが見ただけで伝わる。
しかし、ないものはない。どうしたものか。
……ないなら作ればいいか。
「スマホにメモアプリあるだろ。また話してやるから、自分で作れ」
「いいの!?やった〜!!」
「だが、メモしたものを人には見せるなよ」
由衣は俺の言葉に「……なんで?」と聞き返し、不思議そうな表情をしている。
危機意識が……いや、あるわけないか。
「周りの人が全員善人とは限らない。この力は簡単に今の社会を壊せるんだ。そんな力があると悪人が知ったらどうする?」
「えっと……大変なことになる?」
その答えに俺は少し困ってしまった。
簡単すぎる。こう……もっとないか?
だがまぁ、間違ってはいないから良しとすることにした。
「そう。だからあまり他人にはこの力のことは言いふらすんじゃないぞ」
「は〜い。
……ねぇ、ひーちゃんでも言っちゃ駄目なの?」
また俺は返答に困ってしまった。
日和は昔からの仲で、由衣と共に俺のことを心配して追い回していた。
だから澱みや堕ち星の存在は知っている。
だが言っていいものか……。
しかし、由衣には言って日和に言わないのはそれはそれでどうなのか……。
少し悩んでから俺は決心する。
「俺が話していいと思うところまで俺が話す。」
「わかった。……麻優ちゃんとか智陽ちゃんは?」
流石にそれは駄目だろう。
遠足で一緒の班だったとはいえ、まだあの2人がどういう人間なのか、俺は全く知らない。
「駄目だ」
「ちぇ~」
由衣は口をとがらせている。
だがこのことを知ってる人が増えて逆に敵が増えたりしたら困る。
仕方のない判断だ。
少し休んだし、由衣を鍛えている時間分俺の時間が減っている。
俺だけでももう少し体を動かすか。
そう思ったとき妙な視線を感じた。
俺は敷地の外を見て、茂みに駆け寄る。
しかし、誰もいない。
そのとき、由衣の「どうしたの?」という言葉が飛んできた。
俺は「いや、なんでもない」と返事をしながら、駐車場中央に向けて歩く。
「誰かいたの?…でも、ここは他の人には認識できないんでしょ?
…あ、もしかしてまー君。実はこの前やられたの気にしてるんじゃないの?」
「何を言ってるんだお前。
……そんなことを言える元気があるなら、まだやれるよな。ほら立て」
「ちょ、ちょっと〜!怒んないでよ〜!冗談!」
俺は左手を突き出して、由衣に魔術を撃つ構えを取る。
特訓の1つとして、攻撃の避け方を覚えてもらうために俺の魔術を避けるというものをやっている。
もちろん、澱みや堕ち星に撃つときより出力はかなり絞ってはいる。
しかしこの後は「勢い凄いし、休んでる暇ないし、当たったら死ぬかと思った!」と由衣に文句を言われた。
☆☆☆
日が沈み始める夕暮れ。
1人の女子高生が疲れきって、地面に仰向けで倒れている。
「つっかれたー!!!」
「今日はこれで終わりにするか」
2日間・ひたすら体術と星力のコントロールの特訓をしていた。
もっと休憩を入れるかと思っていたが、俺の想定よりも少なく由衣はひたすら頑張っていた。
やっぱり体力はあるようだ。
お陰で俺の魔術の調整ができなかったが……それはまぁ一人で夜にでもやればいい。
それより先に、由衣を帰らせなけれないといけない。
俺は「ほら帰るぞ」と言ってから、駐車場を後にする。
由衣も後を追って走ってくる。
「で、次だが……連休後半初日にするか」
「あ〜……ごめん!その日は麻優ちゃん達と遊びに行く約束してて……」
「わかった。じゃあその次の日にするか」
「いいの!?」
「……俺をなんだと思ってるんだ」
「あ、いやそういうわけじゃないけど……そうだ!まー君も来ない?」
こいつごまかしたな。俺のことを鬼とでも思ってるのか?
まぁ、そこを追求しても仕方ない。
俺は自分の予定もあるので「俺はいい」と言葉を返す。
それに、女子の中に男子の俺が混じるのもおかしいだろう。
「……遠慮しなくていいんだよ?」
「してない。何に対しての遠慮だ。俺は俺ですることがあるんだ」
「そっか〜……。それ、私着いて行かなくていい?」
「俺1人でいい。お前は楽しんでこい」
「は〜い」
「あ、だが澱みや堕ち星が出たらすぐに連絡しろ」
「それはもちろん!」
由衣は少し嬉しそうに歩いてる。
こんな事になったが、由衣は少しも変わっていなかった。
澱みを入れられたときはどうなるかと思ったが影響はなさそうで良かった。
「まー君!夕日!とっても綺麗だよ!!」
そう言った後、由衣は立ち止まってスマホを取り出す。
そして夕日に向かってカメラを構えている。
色々と大変ではあるがこれはこれで悪くはない。
あのときは眩しすぎると感じた由衣も、その笑顔も今はこの夕日と同じく眩しいが綺麗だと感じた。
それと同時にこの笑顔を守りたいと思った。
今度は突き放すのではなく、隣で。
だけど、世界には知らなくていいこともある。
もし由衣にすべてを話すと、きっと無理にでも理解して俺について来ようとするだろう。
そうして由衣の笑顔が失われるのは……俺には耐えられない。
だから俺はこれ以上協会や魔師のことについては教えないことにした。
いつかまた、別れるときが来るのだから。