第149話 そう思えば、きっと
全員がお化け屋敷から出てきた後。
俺達は従来の予定通り、ステージを見るために体育館に移動を開始する。
ちなみに行く理由は由衣や志郎、あと長沢が「文化祭なんだから、1番盛り上がるステージを見に行かないと!」と言ったからだ。
軽音部やダンス部が例年盛り上がるとかなんとか。
……一応言及するが、大会で賞を取る程の実力ではないらしい。
だが、体育館の入り口はそこそこの生徒が集まっていた。
……正直入りたくないが、ここで姿を消すと余計面倒になるよな。
そう思いながら、俺は友人達に続いて大人しく人波に流される。
その途中、いきなり右肩に何かが触れた。
人が多いとはいえぶつかるほどではないんだが……。
そう思いながら右を見ると、見慣れた顔が隣に居て「やほ」と言ってきた。
「鈴保か」
「なんか全然会わなかったね」
そう言われてみれば、校舎の方を回ってた時は全然会わなかった。
俺は素直に「……確かにそうだな」と返す。
そこに「あ!すずちゃん!」と由衣の声が飛ぶ。
「それに梨奈ちゃんに颯馬君も!」
「お~やっと会ったな」
「あ、噂の鈴保ちゃん?」
由衣の言葉に、志郎と長沢が続く。
そして元気3人組が鈴保一行と話し始めた。
……体育館の入り口で止まるなよ。
そこに、「すみません!」とよく通る声が飛んできた。
「体育館出入り口付近では立ち止まらないでください!
入った方は体育館中ほどまで進んでください!」
声の主は出入口の端に立っている星芒高校の制服の男子生徒。
生徒会腕章をつけているから生徒会の人間だろう。
とりあえず、俺は立ち止まりかけた由衣達に「行くぞ」と声をかけて体育館の中へ入る。
……それにしても、声も身長もでかいやつだったな。
そう思っていると、ちょうど鈴保が同じことを言っていた。
そしてその言葉に対し、智陽が「たぶん」と口を開いた。
「生徒会書記の井草 杏寿。確か私たちと同じの1年生だったはず」
「え、あれが?というかその名前で男だったの?
女子だと思ってた……」
鈴保の言葉に、好井 梨奈が「鈴保、聞こえてないからって失礼だよ」と指摘を飛ばした。
「お前、知らなかったのか」
「夏休み前に生徒会選挙で演説してたぞ?」
小坂 颯馬と志郎からの突っ込みが続く。
……言われてみればそんなこともあった気がする。
すると鈴保が「あぁもう、うるさい」と言葉を投げ返した。
「いちいち関わりない奴なんて覚えてないわよ!」
その言葉に、メンバー一同は鈴保の反応に少し笑い始めた。
「まぁあんじゅって、女子にもある名前だよな」と言った同情の声も聞こえる。
あの声は……佑希だろうか。
そして珍しく鈴保が弄られる側に回っているな。
まぁ、俺も関わりのない奴は覚えていないから鈴保の気持ちはよくわかる。
実際、井草 杏寿は存在すら忘れていた。
むしろ、言われたから思い出しただけで「今の生徒会長が誰か」と聞かれたら答えれないだろう。
そんな友人達の話に耳を傾けていると、ステージ上に立つ進行と思われる生徒が喋り出した。
『それでは、ダンス部の皆さんです。どうぞ!』
その声と共に舞台上の照明が付き、音楽が流れ始めた。
そしてその曲に合わせて踊り始めるダンス部員。
体育館内の熱気は、さらに高まっていく。
もちろん友人達もダンス部を見たり、見ながら話しているやつもいる。
……楽しそうだ。
だが。残念ながら、俺には何が楽しいかよくわからない。
立ち去ってもいいが……どうせ後で文句を言われる。それは面倒だ。
そう思った俺は近くの壁まで行って、背中を預ける。
そのままぼんやりと体育館内で楽しそうな人々を眺める。
舞台上では生徒が入れ替わり曲も変わった。
俺は変わらず、ぼんやりと眺め続ける。
……何も知らない人間から見れば、俺も普通の高校生に見えるのだろうか。
そう思ったとき「楽しんでるかな?」といきなり声をかけられた。
俺は我に返って声の主の顔を確認する。
スーツを着た2人の男性がステージとは反対側、右斜め前付近に立っている。
近くまで人が来てたことに、まったく気が付かなかった。
……いくら何でも気を緩め過ぎているな。
そう思いながら、2人の男性の顔を確認する。
片方の推定60代男性の顔は見覚えのある相手だった。
その予想外な顔を見て、俺は「……理事長!?」と声を発する。
「そんなに驚かなくても大丈夫だ。
それより、楽しんでるかな?」
どうやら理事長はそっちの方が気になるらしい。
……ここで否定するのは失礼だろう。
なので俺はそれとなく「えぇ、まぁ楽しんでます」と肯定する。
理事長は俺の返事に「なら、良し」とにこやかに言った。
だが、俺はそれよりも気になっていることがあった。
これぐらいは失礼に当たらないはずなので、単刀直入に質問する。
「あの、そちらの方は……」
「あぁ、この方はね」
「ありがとうございます理事長。ですが自分で。初めまして、星雲市市議会議員の渦元 拓郎です」
推定30代の男性はにこやかにそう語った。
だが、市議会議員がなぜ私立高校の文化祭に来ているんだ?
俺はそんな疑問を抱いた。
すると渦元議員は「何か気になることがあるなら、私でよければ答えるよ」と言って来た。
……どうやらバレているらしい。
俺は失礼の無いように、抱いていた疑問をぶつける。
それを聞いた渦元市議は「なるほど……」と呟いた。
「私は、人が住みやすい環境、住みやすい街をつくりたくてね。
そのために、この街のいろんな場所に足を運んで、いろんな方からお話を聞かせて頂いているんだ。今日はその一環で星芒高校文化祭にお邪魔させて頂いているんだ」
「そうなんですか。お答えいただきありがとうございます」
「いやいや、これぐらい大丈夫だよ。
あぁそうだ、君はどう思う?」
突然返された質問。
俺は確認のために「……人が住みやすい環境……ですか?」と聞き返す。
「そう。君なりの意見を聞かせて欲しい」
いきなりそんなこと言われてもな……。
俺も色々思うことはある。
しかし、それは相手の身分や素性がある程度わかっているからと、すんなり言えることではない。
言葉に困っていると、渦元市議の後ろからスーツ姿の女性が渦元市議の隣まで来た。
そして何やら耳打ちをしている。
……秘書だろうか。
俺はさっきの質問について考えながらそう推測した。
そして秘書らしき女性と少し話した後、渦元市議は口を開いた。
「質問をしておいて申し訳ない。時間が来てしまった。
もし良ければ、名前を教えてもらえるかな?」
「……陰星 真聡です」
「真聡君か。次会った時には、君の答えを聞かせてくれると嬉しい。今日はありがとう。
では金城理事長、私はこれで」
その言葉の後、渦元市議は秘書と共に体育館の出口へと向かって行く。
金城理事長は「あぁ、お送りしましょう」と言って、同じく移動を始める。
その直前。理事長は足を止めて、振り返ってこちらを見た。
「陰星君。残りわずかだが、君なりに文化祭を楽しんでくれると嬉しい」
その言葉の後、理事長は去っていた。
俺はぼんやりと、体育館から立ち去っていく3人の大人の背中を眺める。
少し悩んだが、結局名前を教えてしまった。
だが……まぁ、問題ないだろう。
現状から考えても堕ち星がいる確率は低いだろう。
俺の名前ぐらい、教えたところで悪影響は出ないだろう。
そう考えていると、「いないと思ったらここにいた」という聞きなれた声が聞こえた。
視線を正面に戻すと、由衣が目の前まで来ていた。
「……誰と話してたの?」
「理事長とこの街の市議らしい人だ」
「……なんで話しかけられたの?」
「俺が聞きたい」
その言葉の後、俺も由衣も口を開かない。
体育館内に響く、いろんな音が一層大きく聞こえる。
……理事長と渦元市議は何で俺に話しかけてきたんだろうな。
改めてそんなことを考えていると、由衣が「それより!」と口を開いた。
「次は軽音部だよ!」
「そうか」
「凄く興味なそうじゃん……。
まー君、小学生の頃ギターの練習してなかったけ?」
由衣のその言葉で、久しぶりに小学生の頃を思い出した。
……そういえば父さんがギターを持っていて、中学年ぐらいからは時間がある時に教えてもらってたっけな。
……前の家の荷物とかどうなったんだろうか。
俺は事故の後、一度も家に帰らずに全部置いてこの街を出てる。
だが、由衣には以前「もう違う人が住んでるよ」と言われている。
そしてそれは俺も確認している。
「陰星」の表札は別の表札に変わっていた。
……まぁ今の俺には不必要か。
「ま~く~ん~?」
その声で我に返ると、由衣が俺の顔の前で右手を振っていた。
そういや質問されていたな。
嘘をつくことでもないので、俺は素直に「していたな。あの頃は」と答える。
「だよね!
……今はしてないの?」
「どこにあるのかすら知らん」
「そっか……聞いてみたかったなぁ……。
……そうだ!今度カラオケ行こうよ!」
いきなり話が飛んだ。
何故ギターの話からカラオケになるんだ。
面倒でしかないので俺は「なんでそうなる。行かないぞ」と返す
すると由衣は口を尖らながら「え~~」と言ってくる。
どう断るか……。
そのとき。進行の声と共に舞台上のカーテンが開いた。
ステージの上では軽音部が既に待機していて、ギターを持った生徒が喋り始める。
……MCと言うんだったか。
そして、ドラムのカウントを合図に演奏が始まった。
「あ!これAusちゃんが歌ってた曲!ほら行こ!」
由衣がそう言った後、俺の手を掴んで走り出す。
いや走るな。
しかし抵抗むなしく俺は連れて行かれて、仲間のところに戻ってきた。
志郎や長沢が「ようやく戻ってきた」的なことを言っている。
やはり全員、笑顔に近い表情。
楽しそうだ。
……もし、俺も魔師や神遺保持者なんかじゃなく、普通の高校生だったら。
ここにいる友人達と同じように楽しめたのだろうか。
それは分からない。
しかし、現実の俺は残念ながら魔師で神遺保持者だ。
協会が事態終息と判断したら帰還命令や移動命令が出る可能性が高い。
もし、そうならば。
ここまで深い付き合いになったからには、流石に別れがそれなりに辛くなりそうだ。
……だが友人達が、今日のように笑って毎日を過ごせるように。
そのために、俺は人の手に余る力を人から切り離す。
そう思えば、きっとどんな苦難も乗り越えられる。
だから今は、今日を忘れないために。
友人達が楽しむ姿を見ていよう。
そんな俺の想いは誰に気づかれることもなく、体育館にはバンド演奏と生徒の歌声が反響していた。