第148話 怖いもの
森住 晶の一件から約30分後。
昼食も食べ終わり、この後は体育館のステージを見に行く予定になっている。
しかし、その前に由衣が「行きたいところ忘れてた!」と言った。
そして俺達がやって来たのは……。
「お化け屋敷」
「そう!お化け屋敷!」
3年生の1つのクラスが第一美術教室を貸し切って作ったお化け屋敷。
だが学生が仕切る学祭のお化け屋敷、張り切ってわざわざ来るほどのものか……?
そう思いながら由衣達の方を見ると……。
由衣と長沢が凄く盛り上がっていた。
そして、その2人が少し嫌そうな日和、佑希、智陽の3人を説得している。
……3人は俺と同じことを考えているのだろうか。
というか、こういうので盛り上がってそうな志郎が珍しく静かだ。
俺がそう思ったのと同時に由衣が「しろ君……」と声をかけた。
「さっきから静かだけど……もしかして苦手?」
「あ、いや俺は大丈夫。肝試しとか結構好きな方だから心配すんな」
「……そう?」
じゃあ何で固まってたんだお前。
だがまぁ……本人がこう言っている以上、突っ込んでも仕方ない。
さて、俺はこいつらが出てくるまでどこかで待ってるか。
そう思いながら辺りを見回す。
しかし、遅かった。
そのときには既に、俺の手首は掴まれていた。
その手の主はもちろん……。
「まー君も入るんだからね?」
由衣だ。
逃げ損ねた。
苦手なわけではない。
だが面倒極まりない。
だから入りなくないんだが……捕まった以上は入るか。
ここで揉めたくはない。
俺が覚悟を決めると同時に、受付を担当している生徒と話していた長沢が戻ってきた。
「この人数で一斉に入るのは駄目らしいから、3組に分かれよっか」
「オッケー!じゃあ、グーチョキパーでいくよ!」
由衣の掛け声を合図に、俺達はチーム分けを始める。
☆☆☆
「というわけでよろしくね~!真聡君!」
まさかのその結果、長沢と2人でペアになるとは……。
そしてその後のじゃんけんに負けて、1番最初に入ることになった。
そんなことを考えながらも、とりあえず「あぁ」と返事を返す。
そして仲間達の送り出す声を背に受けながら、俺達は受付の指示に従ってお化け屋敷と化した美術室の中に足を踏み入れる。
外は昼間だが、黒いカーテンの影響で真っ暗な室内。
まぁ明るかったらお化け屋敷の意味がないからな。
そして机が横倒しにされて、両脇に壁として配置されて順路のようだ。
美術室の机は普通の教室より大きいため壁として最適だな。
この間を進んで行けということか。
「じゃあ進もっか」
長沢がそう言うので俺は「そうだな」返事をして、進み始める。
少し進むと、あちこちからゾンビやフランケンシュタイン、幽霊などの様々な怪異をモチーフとしたメイク……仮装をした生徒が飛び出して驚かせてくる。
しかし、残念ながら俺は驚かない。
中等部の頃の実習で本物についての授業を受けたり、モノによっては授業で戦闘訓練を受けている。
だからこの程度では、残念ながら驚かなくなってしまった。
それに、隠れていてもそこに生徒がいるという気配は全然あるのでわかってしまう。
一方、長沢は悲鳴を上げている。
だが……楽しんでるな、これ。
そんなことを考えながら進んでいると、すぐに出口についてしまった。
美術室だからそこまで広くない。
留まる理由もないので、とりあえず外に出る。
俺に続いて外に出た長沢が「外だぁ~!」と言っている。
そのとき、ちょうど交代で3組目の佑希、智陽、志郎の3人が入口から入っていくのが見える。
どうやら、由衣と日和はもう中らしい。
わかってはいたがしばらく待つ必要がある。
そう思いながら、廊下の壁にもたれる。
するとそこに「真聡君は全然驚かなかったね~」と長沢が話しかけてきた。
流石に無視は良くないのは分かってる。
なので「これくらいではな」と返す。
「じゃあ、心霊スポットとかも行ける感じ?」
「……ああいう場所は、本当に連れていかれることがあるから近づきたくないな」
「……マジ?」
そんな返事の声が、少し上ずっているように聞こえた。
違和感を感じて長沢の顔を見ると、少しだけ怖がっている表情に見えた。
……しまった。つい普通に喋ってしまった。
とりあえず俺は「冗談だ」と誤魔化す。
「だ、だよねぇ~…。
私、お化け屋敷とか怖い話はいけるけど……そういうの言われると、怖くなってくるなぁ……」
まぁ何を怖いと思うかは人それぞれだ。
俺は「そうか」とだけ言葉を返す。
だが、長沢の言葉は止まらない。
「じゃあさ、真聡君は怖いものとかないの?」
……嫌な質問をしてきたな。
怖いもの。
沢山ある。
だがそれは、長沢には言えないものばかりだ。
だからと言って「ない」というのは嘘になる。
言える範囲でとなると……。
「俺は……人間が怖い」
「……それはちょっとわかるかも」
同意の言葉を口にした長沢の顔はどこか寂しそうな、辛そうな顔をしていた。
普段の明るい顔からは決して想像できないような、どこか消えてしまいそうな表情。
その顔を見た俺は、何故か「……何かあったのか」と聞いていた。
「……大丈夫。これは、私の問題だから。ただ……今は」
長沢がそこまで口にしたその瞬間。
お化け屋敷の出口の扉が、勢いよく音を立てて開いた。
そして日和と由衣が「眩し……」「脱出だー!!」と言いながら、美術教室から出てきた。
……タイミングが悪いな。
そう思っていると由衣が「……2人とも暗くない?喧嘩でもした!?」と聞いてきた。
その言葉に、長沢は「そんなことないよ?」と返す。
いつものような声で。
そして、いつものような笑顔で。
「普通に話して待ってただけだよ?ね、真聡君?」
そのまま話が俺に回って来た。
俺はとりあえず「……そうだな」と返す
それを聞いた由衣は「それならいいんだけど……」と一応納得したらしい。
そのまま女子3人はお化け屋敷の感想を語り始めた。
結局俺は。
長沢のあの消えてしまいそうな表情の意味を聞くことも、知ることもできなかった。