第015話 特訓
「一昨日は……ごめんね?」
「別に。むしろ俺がお礼を言わねばいけない。晩御飯だけじゃなく、風呂まで借りてしまったんだから」
「だからそっちは気にしなくていいって!小学生の時はよく家に来てたじゃん!
……それよりさ、『またご飯食べに来て』ってお母さん言ってたんだけど……また来る?」
……ぶっちゃけ、あまり世話になりたくはない。
だが、断ったら拗ねられるのは目に見えている。
そのため「……機会があればな」と濁した言葉を返す。
あの後、俺は白上家にお邪魔することになった。
由衣が事前に伝えていた帰宅時間を過ぎても連絡がないため、とても心配されていた。
だから話し声が聞こえて外に由衣の母親が出てきた、ということだった。
そしてそのまま、由衣の両親には全てを伝える事になってしまった。
由衣が選ばれたときに、遅かれ早かれ危険なことに巻き込んでしまったことを謝る必要があるとは考えていた。
……まさか初日にそうなるとは思ってもいなかったが。
そして俺は原因であるため、怒られることを覚悟していた。
しかし、怒られるどころか後押しされた。
それどころか逆に俺が心配された。全くもって予想外だった。
普通は「あなたの子供は命がけの怪物の戦いに身を投じなければなりません」なんて言われたら怒るはずだ。いや、怒るべきだ。
……戦いなんて縁遠いこの時代に命がけで戦えなんてどうかしてる。
それなのに、由衣の両親は応援してくれた。
「由衣がやりたいことならやればいい」と。
俺はその言葉を聞いて、より一層由衣を守る決心をした。
今はどちらかと言うと「自分で自分の身を守れるようにさせる」の方が正しいかもしれないが。
という訳で連休2日目の午前中。俺達はジャージ姿で集合した。
今は俺がいつも魔術の調整などで使っている場所に向かって移動をしている最中だ。
歩きながら由衣はさらに話しかけてくる。
「あと……もう1つごめんね。まー君のお父さんとお母さん……その……亡くなってること知らなくて……」
「別に。昔のことだ。それに誰にも言わずにこの街を出たからな。誰も知らなくて当たり前だ」
そう。俺の両親は、もういない。
小学校卒業後直後の3月に事故で亡くなった。
俺も一緒にいたが、俺だけ奇跡的に生き残った。
その後は俺は職場の人のつてで全寮制の中学校に入学することになったため、この街を出た。
そのとき、由衣にも日和にも何も言わずに出てきてしまった。戻ってきてからは2人を避けていた。
そのため、一昨日の白上家の食卓で由衣の両親に聞かれるまで言うのを忘れていた。
そんな話をしていると、目的の場所に到着したので「着いたぞ」と伝える。
そして、少し古びた石段を上る。
「ここは……廃墟……?
え、特訓ってもしかして精神的な話?肝試しの季節には早いと思うけど……」
人気のない建物を見て、そう呟く由衣。
だが、そちらの建物には用はない。
「違う。こっちの駐車場だ」と声をかけながら、建物の左側のある駐車場に向かう。
「あ、そっち……って地面ボッコボコじゃない!?」
「あぁ、これは俺がやった」
「まー君何やってるの……?
というか怒られないの?勝手に入って。誰か来たらどうするの?」
「もう使われてないから誰も来ない。それに許可だって取ってる。
「取ってるんだ……え、ここ、なんの建物なの?」
「時代錯誤遺物研究所。俺の両親の職場だった場所だ」
「なんか……ごめん」
「別に、謝られることじゃない」
時代錯誤遺物研究所。
ギアや星座騎士についての研究もここで行われていた。
両親が亡くなった後、ここは閉鎖された。
それからは廃墟になっている。
俺は街に戻ってくる際に協会に頼み込み、ここの立ち入り許可を得ることが出来た。
そのため暇があれば俺はここで魔術の調整などをしている。
ここは住宅街の端の山際にあるため周りを気にしなくていい。
人払い魔術と認識阻害魔術を組み合わせた結界を張っているため、他の人が入ってくる心配もない。
それにここの地下には地脈が通っている。
そのため、地脈から魔力を引き出すことができるので実質魔力が使い放題だ。
それらの理由が特訓する場所として都合が良かった。
「で、特訓って何するの?」
荷物を建物の傍に置いた後、由衣がそんな質問を投げてきた。
「まずは基礎だな。体術と星力のコントロールだ」
「それって星鎧を作ってやるの?」
「このままでやる。何のために服装をジャージ指定したと思ってるんだ。それにギアは今1つしかないから無理だ。
あと、今のお前には星鎧の生成はできないと思うぞ」
すると由衣は俺の言葉に腹が立ったのか、ムッとした表情で答える。
「できます〜!あのとき助かったの誰のおかげだと思ってるの!?」
「あのときは緊急時だっただろ。火事場の馬鹿力がいつでもでるとは限らない」
「何その言い方!ちょっと貸して!私がちゃんと頼りになるってこと、証明するから!」
早く貸してと言わんばかりに由衣は手を出している。
無理だと思うんだが……まぁ仕方ない。やるだけやらせるか。
俺は左手をお腹の前で左から右へと動かしてギアを喚び寄せる。
そしてお腹から外して由衣に手渡す。
ギアを受け取って、装着した由衣は張り切ってプレートを生成しようとするが……。
「できないんだけど!?」
俺の口から思わずため息が漏れた。
だろうな。まだ何も教えてない素人なんだから。
むしろ一昨日、一瞬だけでも星鎧が生成できたことが異常であり奇跡だったんだ。
呆れていると、由衣はなんとかプレートの生成に成功していた。
「できたできた〜!まー君見ててよ〜?」
嬉しそうにそう言いながら由衣はギアにプレートを差し込み、上のボタンを押す。
「星鎧、生装!」
その言葉を合図にギアの中心から牡羊座が飛び……出さない。
ギアはうんともすんとも言わない。まぁ、音は元から鳴らないが。
そして由衣は「なんで〜!?」と言いながらギアのボタンを押しまくっている。
……止めるか。
「おい、そんなに押すと壊れる」
「え、壊れるの!?」
「そこに食いつくな。とりあえず返せ」
俺はギアを掴み、由衣からのお腹から外す。
由衣が凄く不満そうな顔と目で俺を見ている。
「……ねぇ。何でできないの」
「そうだな……まずはお前に星力が馴染んでいない。これは訓練して慣らすしかない。
次に星鎧は手順を組まないと生成できないぞ」
「手順……?あ、まー君がいつもやってるこれ?」
そう言いながら由衣は俺の手順のマネをする。
何故か馬鹿にされている気がしたが、気にせず説明を続ける。
「そう、それだ。そもそも術には規模があって、星鎧を生成して、維持し続けるのはとても高等な術だ。プレートとギアで補助はされているが。
しかし、それだけでは足りないから手順を組んで、星鎧生装と言葉を唱える。この4つが合わさって始めて星力から星鎧を生成することができる」
「術……規模……補助……手順……唱える?
……つまり、まー君のあれはカッコつけてやってるんじゃなくて、ちゃんと意味があったんだね?」
……やっぱり馬鹿にしてるだろ、こいつ。
しかし、予定とは違うが先にこっちの説明をしたほうが良さそうだ。
俺は取り上げたギアをへその辺りにかざし、装着し直す。
そしてプレートを生成して、ギアに入れる。
「俺の後ろにあるやつが見えるか?」
「なんか時計みたいなのが見えるよ。でもマークが時計とは違うよね?」
「これは黄道12星座のマークだ。で、時計の9の箇所だけが光っているだろ?」
「うんうん」
「これが自分を選んだ星座の場所が光るはずだ。
俺山羊座だから9時の場所が光っている。お前の場合は牡羊座だから……12の場所が光るはずだ」
「なるほど?」
「そこから左手の始点として、時計回りに一周するのが必要動作だ」
そう言いながら俺はいつもの手順を取って見せる。
だが、今は星う鎧を生成する必要は無いので目を隠した後。「あとは自由だ」と伝えながら左手を下ろす。
「自由?」
「お前の好きに決めていい。自分の気合が入るポーズとかにしろ」
「決めてどうするの?それ……いるの?」
「『ある一定の動作をしないといけない』という条件をつけることで、星力の出力を上げて鎧を生成できるようにしてるんだ。そうでもしないといけないほど高度な術なんだよ」
「なる……ほど?」
遂に由衣は黙ってしまった。
どうやら、一気に話しすぎたようだ。
頭の中を整理しているであろう彼女の頭の周りには、ハテナマークが浮かんでるのが見える気がした。
ここに着いてからまだ説明しかしてないが、1度休ませた方がいいのか?
しかし、彼女なりに頑張ろうとしてるのか、次の質問が来た。
「えっと……結局私はこれから何をしたらいいの?どうやったら星鎧がちゃんと作れるようになるの?」
「さっきも言ったがまずは星力のコントロールだな」
「もうちょっと具体的に!」
困った。
俺は魔術を先に使っていたから星力は感覚で使えた。
しかし、一般人が神遺に選ばれたらどうなるんだ?
魔術は魔力回路が身体にないと使えないはずだが、こっちはどうなんだ?
俺も頭が混乱してきた。
しかし、教えれるのは俺だけだ。なんとかして掴んでもらわなければ。
俺はなんとか伝わるような言葉を選ぶ。
「あ〜……。こう、全身に今までと違う力が流れる感覚、わかるか?」
「ん〜……。あ、一昨日は感じたよ!凄く身体が熱かったけど、なんか力が湧いてくる感じ!」
「そう、それだ。それをいつでも自分が思ったときに認識できるようになるのが最初の一歩だ」
……実は才能があるのかもしれない。
俺は由衣の可能性を少し感じながら話を続ける。
「それと星座、お前の場合は牡羊座についての理解を深めろ」
「なんで?」
「星力を使うのはイメージだ。自分が「どうしたいか」というのをイメージできるかどうかで強さも使える力も変わってくる」
「なんか……難しそう……」
「やればできる。で、どうする。頭使ったから少し休憩するか?」
「ううん!体術やる」
「そうか。じゃあやるぞ」
由衣から凄いやる気を感じる。張り切ってるのか?
そのやる気はさながら、春なのに初夏のように暑い今日の日差しのようだった。