第147話 憧れるな
「陰星 真聡さん!その節は本当に迷惑をかけました!マジですみませんでした!」
星芒のではない学制服を着た男子が、中庭のベンチで座る俺の前まで来た。
そして、その言葉と共に凄い勢いで頭を下げた。
腰の角度が綺麗に90度じゃないのかと思うくらいだ。
……いや、マジで誰だよ。
俺には他校の知り合いなんていないはずだぞ。
そもそも顔を下に向けてるから誰か分らないし。
それ以前に、文化祭の昼過ぎの中庭で大声で頭下げて謝られると確実に注目されるからやめろ。
そう思いながらも少し周りに視線を向けると、既に視線が向けられていた。
……手遅れかもしれない。
だが、この行動は止めないと俺が困る。
なので「とりあえず」と口を開く。
「それを止めろ。頭上げろ。
……で、お前誰だ」
俺のその言葉に、男子生徒は「……マジすか」と呟きながら顔を上げた。
どこかで見たことある気がする顔ではあるが……思い出せない。
そのため、俺は「マジで誰だ」と言葉を返す。
すると男子生徒は呻き声を上げながら「マジか~!ショックだ~!」と叫んでる。
その後、男子生徒は何やらぶつぶつ呟き始めた。
……いや、お前が名乗ればそれで解決するんだが。
するとそこに、「君は……森住 晶?」という声が飛んできた。
「そうです!!!
……誰でしたっけ」
「児島 佑希だ。
病院では名乗らなかったからな」
振り返ると、佑希がフランクフルトを片手に戻って来ていた。
俺はそんな佑希に「……マジか」と言葉を投げる。
すると森住から「そうです!」という返事が返ってきた。
「あのときは、本当にすみませんでした!」
その言葉と共に、もう一度頭を下げる森住。
森住 晶。こぎつね座の堕ち星と成った中学3年生。
プレートを回収した後、入院中に様子を1度様子を見に行った時。
母親と喧嘩していたのが見ていられなかったので、間を一応取り持ったが……あのときの印象とだいぶ違う。
以前は完全に問題児、本当の不良少年一歩手前という印象だった。
しかし今は比較的爽やかな印象で、年相応に見える。
いやまぁ、年齢は1つしか変わらないが。
そして佑希と一緒に戻ってきた日和が完全に初対面なので佑希に質問している。
……そっちは任せて俺は目の前の疑問の山を片付けるか。
「……何しに来た」
「そりゃもちろんお礼を言いに来たんでよ!それと進学先の下見です!」
森住は頭を上げた後、嬉しそうにそう返してきた。
お礼を言われることはした記憶はないが……まぁ本人のその気持ちを否定するのは良くない。受け取るだけ受け取っておこう。
そして、俺は後半の言葉について考える。
進学先の下見か。
そうか。中学3年だから高校を決めないといけないからな……。
「いや、なんで星芒に来た」
「そりゃ憧れ先輩がいる高校に進学したいじゃないすか!」
元気よく、目を輝かせてそう返してきた森住。
俺は素直に「憧れ……誰のことだ」と言葉を返す。
「真聡さんに決まってるじゃないすか!!」
その言葉を受けて、俺は固まってしまった。
半分無意識に、「お前……本気で言ってるのか」という言葉が口から零れた。
「本気ですよ!俺を元に戻してくれたのも、母さんとちゃんと話せたのも、前のように学校に行けるのも全部真聡さんのお陰なんですから!
真聡さんは俺の恩人で憧れの人でヒーローです!」
何故か、凄く恩人になってしまってる。
……俺はヒーローでも何でもないんだが。
…………強いて言うなら。
俺は、人殺しだ。
そこに「えっ……もしかして森住 晶君?」という声が響いた。
「そうです!……えっと」
「あ、私は白上 由衣!まー…真聡と一緒に病院にお見舞いに行ったんだけど、あのときは名前言わなかったもんね」
「……つまりここにいる人があのときの」
森住の言葉に、由衣が「いや全員ってわけじゃないけどね」と返した。
同時に「何の話~?」という長沢の声が飛んできた。
どうやら由衣を始めとした残りの4人が戻ってきたようだ。
そして完全に事情を知らない長沢に、由衣が何とか堕ち星絡みの話だとバレないように誤魔化そうとしている。
……こっちも任せていいだろう。
俺は気を取り直して、森住に「母親の考えがわかったなら少しは親孝行をしろ」と言葉を返す。
「母さんには『俺がやりたいことを見つけて、しっかりと独り立ちするのが1番の親孝行』って言われました!
そして俺の今1番やりたいことは真聡さんへの恩返しです!
あと真聡さんのように誰かを助けれる人になりたいんです!」
その言葉で、俺は完全に困ってしまった。
思わず口からため息が漏れそうになる。
母親としっかり話せるようになったのは嬉しいことだ。
しかし、ここまで俺のことを憧れにされてしまうとは……。
これは追い払うのにも一苦労どころじゃすまないだろう。
だが付きまとわれると困る。
というか、性格が変わりすぎだろ。
堕ち星になると人格や性格が変わるやつはいる。だが、ここまで変わるとわかっていても混乱する。
とりあえず……現実を突きつけて目を覚まさせるか。
そのために俺は「……俺なんかに憧れるな」と口を開く
「俺はただ自分がやるべきことをやってるだけだ。
憧れるなら大勢を救った偉人や、世界に笑顔や勇気を与えた有名人にしておけ」
「俺にとっては真聡さんは十分偉人です!」
凄い手遅れな気配を感じて、俺の口からため息を漏れた。
ここまでなら、もういっそのこと協会に連絡して記憶消去魔法を使える魔法使いに応援を頼みたい。
困っていると「つまり森住君はここが第一志望なの?」という由衣の声がまた飛んできた。
どうやら長沢には無事に誤魔化せたらしい。
「そうなんです!」
「そっか~~……。じゃあ来年から私達の後輩になるんだね~」
「そうなります!先輩方、よろしくお願いします!」
その言葉の後、森住はまた頭を下げる。
するとそこに志郎が「よろしくな!俺は平原 志郎って言うんだ!」と言いながら、森住の肩を叩いた。
森住は頭を上げた後、嬉しそうな顔で「よろしくお願いします!」と返す。
いや。
「おいまて、何勝手に話を進めている」
「……森住君の進路なんだから、どこの高校目指そうと自由じゃない?」
そんな由衣からの思わぬ正論パンチで、俺は反論の手札を失った。
こいつ……たまに鋭い正論を返してくるんだよな……。
あと、長沢が「慕われるっていいことだよ~」と言っている。
どいつもこいつも他人事だと思って好き勝手言いやがって……。
とりあえずこいつに何とかして追い払わないと。
そう考えていると、どこからか森住 晶の名前を呼ぶ声が聞こえた。
そしてそれを聞いた森住が「あ、ヤバい」と呟いた。
「今日、同級生の友人と一緒に来たんです。置いてきてたの忘れてた……。
先輩方!今日はこれで失礼します!」
そう言い残して、森住 晶は去っていった。
何も解決してないしさらに疲れたぞ……。
一方、俺以外のメンバーは楽しそうに話しながら、各自ベンチに座ってお昼を食べ始める。
そして、最後に智陽が通り過ぎるときに同情するかのように肩を叩いていった。
片手に焼きそばを持ちながら。
……同情するなら手伝ってくれ。
しかし文化祭の中庭に響くのは、楽しそうな高校生の話す声だけだった。