第146話 マジで誰だよ
あれから数十分後。
俺、由衣、日和、志郎の逃走4人組は学校内をうろうろした後。生物実験室付近に移動して、事情聴取を受けてくれたであろう佑希、智陽、長沢と合流した。
俺達は邪魔にならないように廊下の壁際に寄って、3人の話を聞く。
話を纏めると「あの後に来たのはやはり御堂教頭だった。そして、さっきの一連の相手をしたのを俺から佑希に変更して、逃走4人組は元からいなかったことにした。智陽はしっかりと相手の顔を撮っていたので見せた。しかし、御堂教頭は納得してないようで色々言われた。そこに斉条 美愛が戻ってきて、話を合わせてくれた。その後、御堂教頭はようやく解放してくれた」とのこと。
「で、写真をコピーして提出してきたってわけ」
「あぁ、あと斉条さんから『お礼を伝えておいて』と言われたな。これで全部だ」
智陽と佑希がそんな言葉で報告を締めくくった。
すると志郎が「戻ってきたんだなぁ……」と呟いた。
「いやぁ……やっぱり、斉条 美愛って学年1の美人だよなぁ」
そして志郎のその何気ない呟きで、場の空気が一瞬固まった。
……鈴保がいたら、瞬間的にツッコミが入ったのだろうか。
そう思っていると代わりに智陽が「一応聞くけど」と口を開いた。
「それ、喧嘩売ってる?」
「……あ、いや変な意味じゃねぇよ!?美人で中身もちゃんとしてる、学年で噂になるだけはあるなって意味だって!」
「それはそうだよね!斉条さん、わざわざ戻ってきてくれたんだしね!」
志郎の釈明に由衣から肯定の発言が出た。
どうやらほぼ全員そう考えているらしく、そのまま斉条 美愛についての会話が始まる。
斉条 美愛の学年での噂とは、本当の社長令嬢で顔立ちも学年1の美人と言われている。しかし、本人はほとんど感情を顔に出すことはなく、高嶺の花という印象。
そのため、男女ともに噂の種らしい。
だがあの取り巻き3人が常にいるため、誰も近づけないんだとか。
その噂を覚えてなかった俺的には、嫌なお嬢様のボスみたいな印象だった。
あの3人は……一体何なのだろうな。
そう考えてる俺に志郎から「真聡はどう思うよ」と言葉が飛んできた。
「何がだ」
「斉条 美愛をどう思うかに決まってるだろ!」
志郎がすごい勢いで聞いてくる。
……なんでこんな話題になってるんだ。
そんな感想を抱いたが、答えないと開放してくれなさそうだ。
なので俺は仕方なく、感じたことをそのまま口にする。
「……何とも言えないな。
何を考えてるかわからない」
「そうじゃなくてよぉ……。
真聡、あの外見に何も思わねぇのか?」
志郎のその言葉に、俺は「思わない」と返す。
その一言に志郎や由衣が不満そうな反応をした。
だが実際、俺は外見を見てもなんとも思わなかった。
そのまま、またワイワイと話し出す一同。
そこに日和が「……いつまでここで話してるの?」と少し不満そうに呟いた。
「あっ!ごめんひーちゃん!ひーちゃんの生物部での展示を見に行くって話だったもんね!」
「そうだったな!悪い悪い」
「いや別にそれはどっちでもいいんだけどここで話してる時間がってあ、ちょっと」
日和が言い切る前に由衣が日和の手を掴んで、生物実験室に向けて移動を始めた。
そしてその後ろを志郎、智陽、佑希の順番で付いていく。
……元気だな、本当に。
はぐれると面倒なことになるのは目に見えているので追いかける。
しかし。
歩き出す直前、俺は長沢 麻優がまだいることに気が付いた。
同時に合流してから一度も口を開いていないことに加え、複雑そうな顔をしていることにも。
普段は由衣の次ぐらいに騒がしい長沢。
そんな長沢が何故かずっと黙っていることに、俺は流石にほっておけず「長沢」と声をかける。
「……あっ、ごめん。何の話だっけ」
「いや、全員もう行ったが」
「あ、ごめんごめん。ちょっとああいう喧嘩見慣れてないから、今頃衝撃受けちゃってた。もう大丈夫だから。行こ。」
いつものような笑顔で、長沢はそう返してきた。
そしてそのまま、先に行ったメンバーを追いかけていく。
だが俺には、どうしても。
今の長沢の笑顔は、本当の笑顔には見えなかった。
……何か声をかけるべきだろうか。
しかし、かける言葉が見つからない。
そのため俺は、煮え切らない思いのまま無言でその背中を追いかけた。
☆☆☆
約1時間後。13時過ぎ。
俺達は生物実験室で日和の生物部での展示を見た後、地学実験室で見鏡先輩の解説展示を聞いた。
そのあとはメンバー……主に由衣と志郎が気になる文化部やクラスを回った。
そして今はお昼を食べるために、飲食の出店を行うクラスが集まっている中庭に向かっている。
先頭を歩く由衣の声が聞こえてくる。
「望結先輩の解説展示、凄くわかりやすかったよね!」
「うん。『夜空に浮かぶ季節の図形』とても分かりやすかった」
「もう既に科学館で働けるよね!
あ、でもひーちゃんの展示も凄かったよ!」
日和の言葉に由衣がそう返した。
すると志郎が「だな!」と続く。
「にしても日和は魚について詳しかったんだなぁ……知らなかったなぁ……」
「だって言ってないから。それに先輩達や大捕先生のお陰。私は凄くない」
「でもひーちゃん昔から魚のこと好きだし、小学校ではメダカのお世話してたよね?」
「今そういう話はいいから」
日和は褒められて照れているのか、それとも昔話をされて怒っているのか。どちらかは分からない。
というか懐かしい話だな……。
だが実際、展示物は星雲市内に流れる川に生息する生き物についてわかりやすく纏められていると俺も思った。
地下貯水路であんな事があったのに、その後によく調べれたな。
……今になって考えると、地下貯水路1度目の突入時の脱出の際に俺以外を連れて出た巨大魚。
状況的にも、やはりあれを生成したのは日和だったんだろうか。
日和自身の思いと想像力に魚座が応えて、普通じゃ考えられないぐらいの力が発現した……というところだろうか。
まぁ結局、日和自身も「覚えていない」と言っていて、俺もしっかり確認できたわけではない。
真実は闇の中、知るとしたら魚座のみ……か。
そんなことを考えながら歩いていると中庭に着いた。
お昼時は少し過ぎているからか生徒の量は多くはない。
そして俺は持ってきた栄養バーがあるので先に座るベンチを探しに行く。
由衣に「こういうときぐらいそういうの止めようよ~!」と言われたが無視した。
こっちは金欠学生なんだ、ほっとけ。
そう思いながらも先にベンチに座って栄養バーの袋を開けて、口にする。
周りを見渡すと誰もいない。
結局、先に座ったのは俺1人だけだった。
どうやら全員何かしら買いに行ったらしい。
こういうときぐらい……か。
俺は親がいないため、代わりに協会から学費を含めた生活費を支給されてる。
親がいないことや神遺保持者として澱みや堕ち星と戦うこと。そういう点から
「自分は普通じゃない」ということを痛いぐらい感じる。
……残念ながらあの学校に通ったときから既に、俺は由衣達とも生きている世界が違うんだが。
というか、支給金額から学費を引かれると月20万残らないってなんだよ。命かけて戦ってるんだからもう少しあったっていいだろ。俺がまだ高校生とはいえ。
……まぁあっても使い道も使ってる時間もないが。
「やっと見つけましたよ!!!陰星 真聡さん!!!」
突然響いた大声で、俺は我に返る。
そして辺りを見回して、その声の主を探す。
すると、1人の男子生徒がこちらに向けて走ってきていた。
だがその生徒の制服は星芒高校の制服ではない。
……本当に誰だ。
そしてその男子生徒は俺の目の前で止まった後、凄い勢いで頭を下げた。
「陰星 真聡さん!その節は本当に迷惑をかけました!マジですみませんでした!」
いや……マジで誰だよ。