第145話 感じ悪すぎ
「……あれ、助けた方がいいよね?」
「いや、あれナンパだから由衣は絶対に行くな」
「というかあれ……斉条 美愛じゃない?」
揉め事の首を突っ込もうとする由衣を佑希が止めてくれた。
とりあえずは一安心だ。
状況としては星芒高校の制服を着た4人の女子生徒が、渡り廊下を挟んだ反対側の校舎でガラの悪そうな男2人に絡まれている。
星芒のではないが制服を着崩しているので、深夜のコンビニとかにいそうな印象を受ける。
ナンパでなくても……良いものではものだろうな。
そして智陽が口にした名前は1番奥にいる黒髪ロングの女子生徒らしい。
なんでも社長令嬢で本物のお嬢様だとかなんとか。
そして由衣は相変わらず「でも助けないと!」と言っている。
すると、志郎が「じゃあ……俺が行くかぁ……」と呟いた。
俺はそのとき、何故か殴り合いになりそうな気がした。
もちろんそんなことは無いとは思うが、何故か。
まぁ志郎なら余裕で勝てるとは思うが……そうなると揉め事になる。
それは困る。俺達の活動に支障をきたす可能性しかない。
……面倒だが俺が行くか。
そう思い、俺は「いや、俺が行く」と口にする。
「え、まー君が行くの!?
……大丈夫?」
「俺を何だと思ってるんだ。
……あ、お前ら全員スマホで撮影してるふりをしてろ」
「何をする気……?」
そんな日和の声を背中に受けながらも、俺はガラの悪い男達に向かって歩いていく。
途中、無詠唱でいつもよりも弱い認識阻害魔術を使いながら。
向こうか聞こえてくる会話によると斉条 美愛一行はクラスの店番の時間らしい。
どうやら教室に戻ろうとしているところを絡まれたようだ。
そして俺は「嫌がってるだろ」と声を発する。
「それに彼女達は急いでる。そこをどけ」
「なんだぁ……てめぇ?」
「俺達はこの可愛い子達と話してるんだよ。男は引っ込んでろ」
「それともなんだ?女の子を助ける英雄気分か?
だったら痛い目に合わせてやろうか?」
男2人が交互にそんな脅しの言葉を投げてくる。
恐らくそれだけで俺を追い払えるとでも思っているんだろう。
……まぁ確かに俺は身長も体つきも普通並だ。
戦闘面は全部魔力や星力で補ってるから、一般人にはそう思われるだろう。
もちろん魔術で身体能力を盛れば余裕で勝てるが……それでは意味がない。
というか一般人相手に魔術を使用して傷害事件を起こすと秘匿違反で俺が捕まる。
そのため、比較的平和に片付けるために策を立ててある。
ただ先に相手に手を出させないと俺の策は意味をなさない。
なので俺は「痛い目……か。いったいどんな目にあわされるんだ?」と言い返す。
「じゃあお望み通り合わせてやるよ!」
そう叫びながら、1人の男が殴りかかってきた。
喧嘩慣れしてそうな拳。
しかし、見切れない速度ではない。
これなら志郎や大牙さんの一撃の方が怖い。
魔力による身体強化もしなくていいな。
そう思いながらも俺は身体を少し動かしてその拳を避ける。
そして、自然な感じで男が来るであろう位置に足を残しながら。
男の拳はさっきまで俺の顔があった位置を通過した。
その後、男は狙い通り俺の足に引っかかって転んだ。
するともう1人の男が「お前ぇ!!」と叫びながら殴り掛かってこようとする。
俺はそれを「本当にいいのか?」と言って止める。
さぁ、ここからが勝負だ。
「なんだぁ?今更命乞いか?」
「いや?ただ、本当に俺を殴っていいのかと思ってな」
「どういう意味だぁ?」
転んだ男が立ち上がりながら、腕をまわしながら聞き返してきた。
威嚇のつもりだろうか。
……まるで獣だな。
そんなことを思いながら俺は右手で後ろを指さす。
その指先には、さっき言った通りスマホを構えている由衣達がいる。
「人が集まってきて動画を撮ってるぞ?」
「だからどうした!お前がボコボコにされるのが映るだけだ!」
「だな!」
そう言いながら男達は品の無い笑い方で笑う。
……こいつらも頭の中おめでたいな。
少し呆れながらも、俺は言葉を続ける。
「別に俺は殴られたって構わない。
だが、お前らが俺を殴ってる動画がネットに広まればどうなるだろうな。
身元を特定されて、警察にも連絡が行くかもな。そうなったら、傷害罪で捕まるかもしれないな。それでもいいなら続けるが……どうする?」
俺のその言葉に、男達の表情と顔色が変わった。
まぁ俺は認識阻害魔術を使っているから、顔は映らないが。
そのまま男達の様子を窺っていると片方の男が舌打ちをした。
「お、覚えてろ!」
「この借りは必ず返すからな!」
そんな捨て台詞を吐きながら、男達は斉条一行の横を走り抜けていった。
そして渡り廊下には、慌ただしく階段を下りていく足音だけが反響している。
認識阻害魔術でこの男達の記憶にも、俺の顔は記憶に残らないんだがな。
ここまでおめでたいともはや可哀想だ。
とりあえず1件落着だ。何故かやけに疲れた。
認識阻害魔術を解除しながら息を深くを吐く。
すると、斉条 美愛の取り巻きの1人が「それで、英雄気分はいかがですか?」と声をかけてきた。
その言葉を受けて、俺は反射的に「……は?」と呟いてしまった。
「あなた、斉条さんにお近づきになりたいんでしょ?
でも残念ながら、それは私たちが許しませんので」
「それに私たち急いでるので。そこを退いてくれます?」
……なんだこの3人の取り巻き。感じ悪すぎるだろ。
別に礼が欲しくて助けたわけではないが、この仕打ちは腹が立つな。
というか別に斉条 美愛に興味はないんだが。
そして、肝心の斉条は一言も発しない。
ずっと何を考えているかわからない表情で、どこをみているのかもわからない。
……なんだこいつら。
とりあえず俺は誤解を解くのを兼ねて「別にそんなつもりはない」と言葉を返す
「ただあの男どもが不愉快だったから追い払いたいと思っただけだ。
だから別に礼とかは求めていない。ほら、さっさと行けよ」
面倒になった俺は、そう言いながら斉条一行の前から渡り廊下の反対側の壁際へ移動する。
「あら、それは失礼しました」
「男子生徒にもそういう方がいらっしゃったのですね」
「では、私たちはこれで」
そう言い残して斉条一行は去っていった。
ただ、その歩き去るとき。
ほんの一瞬だけ、斉条 美愛の視線が俺を見た気がした。
だがまぁ……気のせいだろう。
……本当になんだったんだこいつら。
心の中で悪態をついていると「まー君、大丈夫?」という由衣の声が飛んできた。
続いて「すげぇなぁ……ほとんど口だけで追い返したな……」という志郎の声も。
……別にそんな関心されるほどのことではないと思うが。
そこに、反対側の窓から外を見ている佑希が「そんなこと言ってる場合じゃないぞ」と口を開いた。
「職員室の出入りが多くなってる。もし、生徒指導の御堂教頭が来たら面倒なことになるかもな」
その言葉で、渡り廊下が一気に重い空気になった。
あの教頭は苦手だ。できれば関わりたくない。
そなことを考えていると、佑希がまた口を開いた。
「俺が残って事情を説明しておくから全員ここから離れろ。
特に真聡……と由衣。この前の職員室の一件で目を付けられてるだろうし」
「私も残る。私はそんなに目立ってなかったし」
「助かる。やっぱりもう1人ぐらいはいて欲しいからな」
正直助かる。
佑希と智陽には悪いが……まぁこの2人なら大丈夫だろ。
そう思ったとき、ずっと黙っていた長沢が「じゃあ……私も残ろうかな」と呟いた。
「麻優ちゃん!?」
「大丈夫。私は普段一緒に行動してないから。
それに今日いきなりなのに、仲間に入れてくれたお礼がしたいし」
そこに志郎が「じゃあ俺も残るぜ?」と言った。
俺は「やめろ。お前がいるとややこしくなる」とすぐに言葉を返す。
「なんでだよ!?」
「今はもめてる場合じゃないから。一緒に行くよ」
「なんだよ!……日和も?」
「私はあの教頭苦手だから」
「ひーちゃん、結構人見知りだもんね~」
由衣のその言葉に日和が「そんなことない」と言い返した。
そしてそのまま、何故か志郎と日和と由衣がわちゃわちゃし始めた。
……なに遊んでるんだこいつら。
そう思いながらも俺は佑希達に「悪いが後は頼む」とこの場を託して、近くの階段に向けて歩き出す。
しかし、由衣が「私も残るよ~!」となかなか動かない。
仕方なく俺は戻って、「ほら行くぞ」と言いながら由衣の腕を掴む。
そして、今度こそ階段へ向かって歩き出した。
「じ、じゃあ理系教室周辺で集まろうねぇ~!!」
そんな由衣の声が、渡り廊下に響く。
しかし、すぐにその声は文化祭の喧騒の中に溶けていった。