第126話 無い方が良い
時間は真聡達が巨大な蛇と遭遇した頃に遡る。
☆☆☆
俺は魚座と蟹座と遭遇して星鎧を生成してから、鈴保と一緒に戦い続けていた。
ただ地下貯水路は狭くて戦いづらい。
だから少しずつ奥へと移動しながら。
すると、かなり広い場所に出た。
「鈴保!ここなら広くて戦いやすいよな!」
「そうね。さっさと倒すよ」
真聡達の状況はわかんねぇ。
だけど、黄道十二宮星座の概念体が2体もいるのが明らかにおかしいことはわかる。
だからさっさとこの2体を倒して真聡と合流したほうがいい。
俺は少し焦りながらも蟹座との距離を詰める。
さっきまでで甲羅にはほとんど攻撃が通らないことがわかってる。
だから狙うなら腹の方。腹の方ならまだ攻撃が通るはず。
何より広いところに出れた今なら、動きやすいから潜り込みやすい。
そう思って下に潜り込もうとする俺に、鋏が振り下ろされる。
この鋏は見ただけでヤバいのが分かるので死ぬ気で避ける。
あれ挟まれたら終わりだと思うんだよな。
さっき通路の壁削ってたし。
結局、潜り込めずにまた距離が出来た。
そのときに少しだけ鈴保が視界に入った。
鈴保は飛び回る魚座に向かって毒を飛ばしている。
魚座は浮いてるし動き回る。でも「蟹は固いから任せた」って鈴保に言われた。
あと魚座については「毒を入れて動きを鈍らせるか落とすかしたい」と言ってた。
……鈴保も全力で戦ってる。
俺だっていつまでもこうしちゃいられねぇ。
今度こそ潜り込んでやる。
そう思って、距離を詰めようとしたとき。
ゴオッという凄い音が聞こえた。
その方向を見ると、俺達が出てきた別の通路から凄い量の水が溢れ出してきた。
気になるので、蟹と戦いながらもなんとか時々視線を向ける。
するとその水のから7人ほど人だ出てきた。
由衣と佑希とジャージ姿の人が数人……。
人数的に行方不明だった生物部の人たちか?
どうやら無事に見つかったようで良かった。
そう考えてるうちに蟹座が近づいてきていた。
俺は鋏を避けながらも、鋏の上の関節みたいなとこにガントレットでの一撃を叩き込む。
すると蟹座は痛かったらしく、後ろに下がっていた。
……あそこもありっちゃありだな。やっぱり硬いけど。
そう考えていると、また目の端で何かが動くのが見えた。
俺は蟹座とその何かが同時に見える位置を取る。
どうやらさっきと同じ通路から真聡が出てきたらしい。
既に星鎧を生成している。
……つまり、真聡も何かと戦っているのか?
そう考えていると、今度は同じ通路から巨大な蛇が出てきた。
まだ概念体いるのかよ!
……でもへび座も巨大な蛇に成れるんだよな?どっちだ?
そのとき。
「はい、そこまで」
何者かの声が響いて聞こえてきた。
俺はその聞いたことがある声がする方向を見る。
するとそこには、へび座の堕ち星とからす座の堕ち星がいた。
おいおい、強敵の堕ち星が揃っているのかよ……最悪じゃねぇか……。
……でもへび座があそこにいるってことは、あっちの蛇は概念体ってことだよな。
俺なりに状況を見てるとへび座が「本当にさ」と話し始めた。
「本っ当に、君達って僕の邪魔をしてくれるよね。
……まぁでも。僕の計画は最終段階で、ここは澱みで満ちている。
だから、君達に勝ち目はないよ」
……何だよ計画って。ここで何やってんだよこいつらは。
そう思っていると、真聡の指示が聞こえてきた。
「由衣はそのまま避難誘導、佑希はこの蛇、志郎と鈴保はそのまま概念体の相手!」
……つまりあいつ、1人で堕ち星両方とも相手する気かよ。
流石に無茶だろ。
助けに行きてぇ。
でもそうしたら鈴保に概念体両方押し付けることになる。
それは無理だ。
……だったらこの概念体さっさと倒さねぇと。
そう意気込んでると、鈴保が声をかけてきた。
「志郎、いける?」
「当たり前だ。さっさと倒さねぇとな」
どうやら鈴保も俺と似たようなことを考えてるらしい。
鈴保はそう言い残して、今度は壁に向かって走って行く。
……壁を蹴って浮いてる魚座との距離を詰めるのか?
そう思いながらも、俺も蟹座との距離を詰める。
今度は鋏に邪魔されないように、横から足の合間を通り抜けて下に潜り込む。
そして、腹に渾身のアッパーを叩き込む!
綺麗に一撃を貰った蟹座はふらふらしながらも横移動して、俺と距離を取った。
手応えはあったんだけどやっぱり硬ぇ。
ガントレットの先がかけるかと思った。
というか概念体って結局どうやって倒すんだよ!
前の蠍座は鈴保の手を刺したあと消滅しちまった。
でも流石に今回はそんなことは起きねぇと思う。
真聡はとにかく攻撃しろと言っていたけど……わかんねぇよ……。
悩んでても仕方ないから、とにかく距離を詰める。
けど、さっき潜りこんだからか警戒されてる。
足ですげぇ邪魔してくる。
走ったり転がったりしながら何とか避ける。
そもそもどこを攻撃すればいいんだよ。
全身硬いんだけど。
考えながらも、攻撃の隙を探して動き回る。
するとそこに、「しろ君避けて!」という声が聞こえてきた。
反射的に俺は蟹座から離れると同時に、5匹ほどの半透明の羊が突っ込んできた。
それに続いて赤色の鎧、由衣が蟹座に近づいて杖で思いっきり殴った。
フルスイングだな。
けどやっぱり硬いらしい。
距離を取って、杖を握ってた腕をぶんぶん振ってる。
とりあえず、俺はそんな由衣と合流して言葉をかける。
「いいのかよ、真聡は避難誘導しろって言ってただろ」
「だってまー君1人はダメでしょ!」
「……やっぱそうだよな」
「あの大っきな蛇はゆー君が相手するらしいから、早くこの2体倒そ。
それで、まー君を助けに行こう」
俺が「だな」と返事したとき。
近付いてきた蟹座が鋏を振り下ろしてきた。
俺達はとりあえず別れて避ける。
……にしてもどうやって倒すんだよ。
硬すぎて決め手がねぇぞ。
悩みながらも、もう一度蟹座の足を杖で殴ろうとする由衣を見守る。
……いや、見守ってる場合じゃないのは分かってる。
でもなんか隙とか見つけれないかなって。
そこに後ろから、「逆にその武器無い方が良いんじゃない」という声が聞こえてきた。
驚いて振り向くと鈴保の背中がすぐ後ろにいた。
とりあえず俺は「武器無しでどうすんだよ」と返す。
「硬くて弾かれるんでしょ。じゃあ無い方がいいでしょ」
そう言い残して、鈴保はまた魚座に向かって行った。
……だが言われてみればそうかもな。
でも、そうしたら威力が下がらねぇか?
そう思ったとき、さっきチラッと見えたもの……というか、時々見ていたことを思い出した。
真聡は結構、火とか水とか風とかを殴るときに拳に纏わせている。
…………俺も似たようなことできねぇかな。
ガントレットから星力で斬撃を飛ばすことはできる。
なら、ガントレット無しなら拳そのものに星力を纏わせれねぇのかな。
蟹座に視線を戻す。
俺が考えている間もずっと、由衣が代わりに蟹座と戦っている。
早く戻らねぇと。
……というか今の俺なら警戒されてないだろうし、また潜り込めるんじゃねぇか?
だったら……今やるしかねぇよな!
俺は地面を蹴って全速力で蟹座に近づく。
右腕に星力を集中させながら。
斬撃が飛ばせるようになったんだ。今の俺ならできる。
由衣が鋏の攻撃を全力で避けてる。
その隙に俺は横から蟹座に近づいて、腹の正面を取る。
そして気合を入れながら、拳を叩き込む!
拳は、綺麗に入った。
そして一瞬だけ、青白い光が走った気がした。
その一撃を受けた蟹座は、衝撃で後ろに下がる。
決まった……。
その直後、「しろ君、凄い!」と言いながら由衣が駆け寄って来た。
……鎧で顔見えてねぇけど目がキラキラしてる気がする。
俺は「真聡のやつ、俺なりに真似しただけだけどな」と返す。
だけど今まで一番手応えがあった。
これならイケる気がする。
そう思った俺は「なぁ由衣」と声をかける。
「何?」
「もう1回、羊で蟹の動き鈍らせれるか?」
「上手くいくかわかんないけど……やってみる」
「頼むわ。鈍くなったら俺がもう1回殴る。とりあえず、羊頼む」
「わかった」
俺は由衣の返事を聞きながらも、ちょうど体勢を立て直した蟹座との距離を詰める。
今は時間を稼ぐだけでいい。
俺は蟹座の周りを動き回って、注意を俺に向けさせる。
ただ、俺は真聡のように速く動けるわけではない。
だから鋏の攻撃が結構危ない。
ひやひやしながらも鋏や足を避け続ける。
そして何度か鋏の攻撃を避けたとき。
由衣の「羊の群れ!」という声が聞こえた。
俺はその声を合図に蟹座から離れる。
すると羊が蟹座に突撃していく。
俺はその間にもう一度集中する。
今度は両腕、両足に星力を集中させるイメージ。
どこで攻撃するかわかんねぇからな。
羊が全て消え、蟹座は体勢を崩している。
俺はそのタイミングで、もう一度蟹座の腹の正面に出る。
そして右、左、右足と連撃を決める。
最後にもう一度渾身の右ストレートを叩き込む!
それを受けた蟹座は、青白い光と共に壁まで吹き飛んだ。
「やったねしろ君!」
「おう!」
上手くいった喜びを、駆け寄って来た由衣とグータッチをして分かち合う。
そしてもう一度蟹座に視線を向ける。
ちょうど蟹座は、どんどん小さくなって見えなくなった。
「これって!」
「あぁ。たぶん倒せたよな」
駆け寄って確認しようとしたそのとき。
明らかに痛そうな衝撃音が、地下貯水路内に響いた。