第125話 またやってしまった
巨大な蛇と戦いながらも、何とか狭い地下貯水路の中でも広い空間に出た。
日和達生物部の人達や由衣と佑希は無事そうだ。
その一方で志郎と鈴保は星鎧を身に纏い、魚座と蟹座と思われる2体の概念体と戦っているのが見えた。
そして、由衣と佑希に指示を出そうと息を吸う。
そのとき。
「はい、そこまで」
何者かの声が、地下貯水路に響いた。
すると、巨大な蛇の動きが止まった。
そもそもこの声、俺は聞き覚えがある。
嫌な予感を抱きながらも、俺は声がする後ろを向く。
するとそこには、へび座の堕ち星とからす座の堕ち星がいた。
へび座がここにいるとは思っていたが、からす座までいるとは……。
……そうなるとやはりあの巨大蛇は別の星座の概念体か?
そして2体の堕ち星のさらに奥には、何やら船の後ろの部分のようなものが見える。
その船尾のようなものを中心に靄状の澱みが渦巻いている。
……あれはなんだよ。
状況確認をしてるいとへび座が「本当にさ」と口を開いた。
「本っ当に、君達って僕の邪魔をしてくれるよね。
……まぁでも。僕の計画は最終段階で、十分なほど澱みも集まってる。
だから、君達に勝ち目はないよ」
確かにここは他の通路よりもかなり澱みが濃い。
俺達は星鎧があるから耐えられる。
慣れてない上に生身の日和達の方が問題だ。
……つまり、確実に倒すために俺達は誘い込まれたということか。
とにかく、状況は変わった。
俺は急いで声を張り上げて指示を出す。
「由衣はそのまま避難誘導、佑希はこの蛇、志郎と鈴保はそのまま概念体の相手!」
そう言い切ると同時に、俺は2体の堕ち星に向かって走り出す。言葉を短く紡ぎながら。
「火よ、我が右腕に宿りて澱みを燃やし尽くせ!」
そして間合いに入ると同時に、右腕を振るう。
右腕は空気中を漂っている澱みも燃やしながら、へび座に命中する。
しかし、その拳はいとも容易く受け止められた。
「その程度だと僕は倒せないよ」
「……倒すだけが、勝ち負けじゃない」
そう反論しながら俺は連撃を叩き込む。
悉く受けられ、手ごたえはないが。
だが実際、俺の目的は時間を稼ぐことだ。
その間に由衣に日和達を連れて逃げてもらう。
その後は撤退したって良い。
とにかく、日和達を地上へ連れ帰れさえすればいい。
だが、頼んだ相手は由衣。
……しっかりと伝わってるか不安になってきた。
そして、未だにへび座へ有効打は叩き込めていない。
このままだと埒が明かない。
俺は別の手段を使うべく、一度後ろに下がりながら言葉を短く紡ぐ。
「水よ、我が右腕に宿りて澱みを流し清めよ!」
再び距離を詰め、右腕を振るう。
水を纏った拳はへび座に命中する。
へび座はまた同じように受け止めてきた。
しかしその後、後ろへと吹き飛ぶ。
へび座はステップを踏むように、吹き飛ばされた勢いを抑えて止まった。
今俺は攻撃ではなく押し出すことに重点を変えた。
そしてへび座は考え通りに、衝撃を受けきれていない。
これならまだ効くようだ。
ならばこのまま奥へ押し込み、由衣達から遠ざける。
これで行こう。
そして空いた距離を詰めようとしたとき。
別の方向から殺気を感じた。
俺は咄嗟に右斜め前に飛び込み、地面を転がる。
「あのさぁ、俺もいるんだよね。忘れないでくれる?」
その声と殺気の主はからす座だった。
どうやら空中から体当たりを仕掛けてきたようだ。
今はさっきまで俺が居た場所の近くに立っている。
そして今度は羽根を飛ばしてきた。
俺はそれを左手を払って作り出した、無詠唱の風の防壁でかき消す。
突撃と羽飛ばし。
この攻撃を避けながらへび座と戦うのは現実的ではない。
だったら先に、からす座から倒すか。
やりたくないが、相手が得意な戦場に上がってやる。
俺はそう考えながらいつの間にか手元から消えていた杖を再生成して、言葉を紡ぐ。
「我に分け与えられし星力よ。集い集いて弾と成れ。澱みに塗れ、堕ちた星と成りしからすの座を逃さぬ光と成れ!」
すると10本程の光が現れ、からす座向かって飛んでいく。
まるでレーザービームのように。
次にズボンのポケットの位置の星鎧を一瞬だけ消滅させる。
そして持ってきていたわし座のプレートを取り出す。
わし座をギアの右側に装着されているリードギアに差し込み、リードギアを起動させる。
するとリードギアにわし座が浮かび、星力が溢れてくるのを感じる。
その星力は背中に集まり、羽と成る。
俺は地面を蹴り、地下の空へと羽ばたく。
ただ、リードギアで使用する星座の力は長くは使えない。
だから、一撃でからす座を倒す。
俺は星力レーザーから逃げ飛んでいるからす座の死角まで移動する。
そして、眼の前で一気に下から上昇する。
するとからす座は良そう通り、俺とぶつからないように速度を下げた。
そうなれば当然、からす座は星力レーザーに被弾する。
そしてからす座は被弾によるダメージで落下していく。
俺はそれを待っていた。
からす座の真上にいる俺も、追いかけるように重力に身を任せて落下する。
言葉を紡ぎながら。
「火よ。人類の文明の象徴たる火よ。今、その大いなる力を我に分け与え給え。今我が足に宿りて、澱みに塗れ堕ちた星と成りしからす座を浄化する炎となり給え!」
炎を纏った足で俺はからす座に落下蹴りを叩き込む。
しかし、その一撃がからす座に届く直前。
俺の身体は何かに吹き飛ばされ柱に激突した。
そして、呆気なく地面に落ちる。
「今度は僕が忘れられる番か……。いや、またと言うべきか。
そんなんだと、僕が殺す前に死んじゃうよ?」
なんとか頭の向きを変えて、へび座の方を見る。
そこには、巨大蛇がいた。
一方からす座は既に体勢を立て直して、へび座で身体を伸ばしている。
……またやってしまった。
やはり、1人で2体の堕ち星の相手は無理か。
そして堕ち星達はゆっくりと距離を詰めてくる。
一応、壁に激突する前に無詠唱の耐衝撃魔術を使用はできた。
そのため、わし座の羽は消滅したが星鎧が消滅しなかった。
しかし、身体のあちこちが痛む。
すぐに立ち上がれそうにない。
そのため、俺は時間を稼ぐためにへび座に「その蛇、2体目か?」と言葉を投げる。
「まぁね。でも山羊座も、別の星座が使えること隠してたでしょ。
それと同じ。奥の手は隠しておくものだろ?」
何が同じだ。
そんな怒りが湧いてくるが、今はそれどころじゃない。
俺はさらに時間を稼ぐために「……何座だ」と言葉を投げる。
へび座とからす座はちょうど、俺の近くで足を止めた。
そしてからす座は「別に言わなくていいだろ」と笑いながら言っている。
その数秒後、へび座は「……まぁ」と口を開いた。
「冥土の土産に教えてあげるよ。
君が最初に戦ってたのがみずへび座。今、君を尻尾で吹き飛ばしたのがうみへび座」
……なるほどな。
みずへび座とうみへび座は両方水蛇がモチーフの星座だ。
だがうみへび座はプトレマイオスの48星座に入っていて、ギリシャ神話に起源を持つ。
……強い方を隠してたってことか。
そんな推理をしていると、またへび座が「さて」と呟いた。
「じゃあ無駄話も済んだことだし。死んでよ」
へび座とからす座、そしてうみへび座が攻撃態勢に入る。
残念ながら時間は稼ぎきれなかった。
俺はようやく立ち上がれた。
だけど、3体の攻撃が届かない距離に行くには時間が足りない。
へび座から毒の息が、からす座からは大量の羽が飛んでくる。
うみへび座の尻尾も迫っている
……またやってしまった。
溢れ出る悔しさから思わず手を握りしめ、歯を食いしばる。
そのとき、6本の斬撃が毒の息と大量の羽を消し飛ばした。
そして目の前に割り込んできた橙色の星鎧が、うみへび座の尻尾を受け止めた。
「1人で突っ走んなって、前も言ったよな!」
そんな志郎の声が、地下貯水路に響いた。