第118話 行方不明
「ねぇ……どうしよう……どうしたらいいの!?
まー君……ゆー君……」
今にも泣きだしそうな声と表情で、由衣は俺と佑希を見る。
そんな由衣を「とりあえず落ち着け。ほら、深呼吸」と言いながら佑希が支える。
由衣は完全に取り乱している。
佑希は落ち着いているように見えるが……表情の端々に焦りが見える気がする。
いや、俺だって完全に冷静なわけじゃない。流石に心配だ。
だが身体が不調な上に日和が行方不明になっているとは。
……頭痛が増しそうだ。
……まぁ学校に着いてからは楽になったが。
だが日和が行方不明なのは無視できない。
できるわけがない。
とりあえず俺は深く息を吐いてから、由衣に問う。
「日和とは連絡を取ってないのか」
「うん……この前……えっと……路地裏で4人で話したとき。
あれ以来メッセージはしてない。学校であったときはちょっと喋ったりしたけど……」
残念ながら手がかりは無さそうだ。
まぁ、日和が俺達に嫌気がさしてるような雰囲気から期待はしてなかったが。
そうなった以上は……やるしかないか。
俺は覚悟を決め「行ってくる」と仲間達に言い残し、とある場所へ向け歩き出した。
☆☆☆
「コンコンコン」と3回ノックして、扉を開ける。
すると中にいる教員の目線が全て俺に注がれた。
まぁ、予想通りだ。
俺が来たのは職員室。
『職員会議中 立入禁止』という看板をガン無視して職員室に入ったらこうなるのは当たり前だ。
そして1番最初に「陰星……だったか」と話しかけてきたのは、教頭で何故か生徒指導も兼任している御堂 長治だった。
「看板が見えなかったのか?」
「見えてます。見えてる上で入ってきました。緊急の要件なので」
「職員会議中だ。出ていきなさい」
「お断りさせていただきます。
俺は普通の生徒ではないことは、先生方だってわかっていらっしゃるでしょう」
俺のその言葉で職員室がざわつく。
既に4月に校内で戦闘したときに職員会議に呼び出されて事情聴取されている。
そのため、この学校の教員は差あれど俺が澱みや堕ち星と戦っていることを知っている。
そして御堂教頭は、その職員会議でしつこく追及してきた。
面倒ではあるがここで引き下がるわけにはいかない。
その決意と共に、俺は職員室入り口から動かずに事態が動くのを待つ。
しかし、その決意はあっけなく打ち砕かれる。
「出ていきなさい。これは普通の失踪事件だ。
警察も既に捜査を始めている。君の出番はない」
やはりこの教頭は頭が硬い。
この教頭がいる以上、話は平行線だ。
そしてタムセンからの援護もない。
チラッと視線を向けたが、目を逸らされた。
ここからどうするか。
悩んでいると、俺の後ろのドアが勢いよく開く音がした。
そして、聞き慣れた声が職員室に響き始める。
「大切な幼馴染が怪物騒ぎがある中で行方不明って言われて、心配しちゃいけないんですか!!何かしたいって思っちゃ駄目なんですか!
それにもし、怪物に襲われてたら。先生や警察に何ができるんですか!」
そう叫びながら、由衣が俺の隣に並んだ。
何で入ってきた……。ただでさえ今面倒な状況なんだが……。
頭を抱えたくなっていると、御堂教頭がため息を漏らした。
そして「類は友を呼ぶ……か」と呟いた。
「とりあえず外へ出なさい。職員会議を邪魔する生徒なんて前代未聞だ。
……それとも、特別指導が必要か?」
この教頭……本当に何なんだ。
もはや悪意を感じるぞ。
そう思ったとき、職員室の奥から「まぁまぁ、御堂教頭先生」とよく通る声が響いてきた。
「そこまで熱くならなくても。
それに今警察の方から連絡があってね。陰星君に来て欲しいって」
「ですが、理事長」
「警察からの協力のお願いは無下にはできない。違いますかね?」
奥の校長室に繋がる扉に視線を向けると、この学校の理事長である金城 斉明が立っていた。
そしてその横には、小柄なシルエット。校長の武藤 達也もいる。
以前、御堂教頭からの追及から庇ってくれたのも金城理事長だった。
一方校長はほとんど意見を言う場面はなかった。
校長は当てにならない。
だが理事長は理事長で何なんだ……?
そう考えていると、金城理事長から「陰星君、校長室に来てくれないかな」という声が飛んできた。
「あぁ。お友達も一緒にね。もちろん職員会議の邪魔にならないように外からね」
そう言い残して、理事長は校長室へ戻っていった。
一方、校長は職員室に出てきて校長の椅子に座った。
……呼ばれた以上、行くべきか。
俺は「失礼しました」と言い、由衣を連れて職員室から出る。
外に出ると残りのメンバーがいた。
そしてすぐに佑希が「……悪い、由衣を止めれなくて」と言ってきた。
俺はその言葉に「何とかなったからいい」と返す。
すると入れ替わるように鈴保が「というかどうなったの?」と聞いてきた。
「金城理事長が警察から呼ばれてるから、みんなと一緒に校長室に来て欲しいって」
何故か由衣がするっと答えた。
「何でお前が答えるんだよ」とツッコミそうになる。
しかしさっきの取り乱してた状態から、状況が説明できるほどに回復したと考えてツッコむのを止めた。
あと時間の無駄になるだろうしな。
そのまま校長室の前に全員で移動して、俺はまた扉を3回ノックする。
そして扉を開ける。
すると理事長は「どうぞ、入って」と言いながら、自分の目の前のソファーに誘導するかのように手を差し出した。
「まずはすわっ……4月から増えたね?」
「えぇ……まぁ……」
職員会議で教員から事情聴取された時は俺1人だった。
しかし、今は6人だ。
……確かに増えたな。
そして金城理事長はテーブルを挟んだ位置にある、恐らく3人がけのソファーに視線を戻す。
その後、「……ソファー、足りないね」と呟いた。
「いいっす!俺立ってますんで!
とりあえず真聡は座れよ。リーダーなんだから」
「座りなよ。私も立ってるから」
志郎と智陽が口々にそう言って来た。
……俺はいつからリーダーになったんだ?
そんな野暮な考えはさておき、2人の言葉に甘えて俺は端に座る。
するとその隣に智陽に勧められながら、由衣が座った。
そして何やら鈴保と話した後に佑希が反対の端に座った。
全員が落ち着いたところで金城理事長は口を開く。
「まさかこんなに増えてるとはね……少し驚いたよ……順番に名前を聞いて良いかな?」
「はい!1年生の白上 由衣です!」
やはりこういうので1番最初に口を開くのは由衣。
そこから順番に自己紹介が始まる。
……こんなことしてる場合ではない気がするが……まぁ必要か。
そんなことを思いながら、メンバーの簡単な自己紹介を聞く。
そして最後の智陽が終わった。
俺は早く本題に入ってもらうために「それで理事長」と口を開く。
「警察に呼ばれたというのは」
「そうそう。丸岡という刑事さんから電話がかかってきてね。
行方不明になった人たちの手がかりが見つからないから来て欲しいって。もしかしたら怪物が絡んでもしれないと考えているんだろうね」
そう言いながら差し出されたメモには住所と橋の名前が書かれている。
……橋の名前や町名なんて覚えてないぞ。
そう考えていると後ろにいる智陽が「今地図をグループに共有した」と言った。
……仕事が早いな。
「……住宅街の中か?」
「星野川ではないね」
「……じゃあ、あのときの橋とは別の場所か」
「いらないこと言わなくていいから」
立ってる志郎と鈴保のそんな会話が聞こえてくるが気にしないことにする。
というか何の話だ。
まぁつまり、この住所に丸岡刑事がいると。
とりあえずは行って話を聞こう。
そう思い、金城理事長に礼を言って立ち上がろうとする。
すると由衣が「あの……理事長。1つだけ聞いてもいいですか」という言葉を口にした。
早く行くべきだと考える俺は「由衣、日和が心配なんだろ」とくぎを刺す。
「でも気になったことは聞きたいんだもん!」
「あのなぁ……」
言い合いになりそうになったそのとき、金城理事長が「まぁまぁ」と止めに入って来た。
「知りたいと思うことは大事なことだ。それで白上君、何が聞きたいんだい?」
「えっと……何で理事長は私達の味方をしてくれるんですか?教頭先生はあんな感じだったのに」
「そうだね……。私はね、『この学校が生徒にとって自分のやりたいことをやる、見つける場所になって欲しい』と考えてるからかな。
だからね、生徒がやりたいと言ったことはできるだけ叶えてあげたい。
それに、怪物騒ぎがある中で生徒と教員が行方不明なのは心配だ。
そして君達は、その怪物と戦うことができる。それなら私は君達に頼りたい。
大人としては情けないかもしれないけれどね。
でも教頭先生のことを嫌いにはならないであげて欲しい。教頭先生は教頭先生なりに、生徒のことを1番に考えてるんだ」
どうやら金城理事長は理解がある人のようだ。
御堂教頭がいまいち信用できないということに変わりはないが。
そう考えていると、由衣を始めとしたメンバーが金城理事長にお礼を言っている。
俺も改めて礼を言い、今度こそ立ち上がる。
そして理事長室を出るために扉の方に向かう。
そこに金城理事長が「あぁ、最後に1つだけ」と言葉を投げてきた。
「全員、無事で帰ってきなさい。くれぐれも命を捨てる、なんてことはしないように」
「はい!ありがとうございました!!行ってきます!」
由衣がそう言って深く頭を下げる。
他のメンバーも頭をもう一度下げている。
俺ももう一度頭を下げた後、廊下へと出る。
全員廊下に出て、最後に出てきた佑希が理事長室の扉を閉めた。
そして由衣が全員の顔を見てから「……じゃあ行こっか」と呟いた。
その言葉にメンバーは口々に同意の言葉を発する。
……だから何でお前が言うんだよ。