第114話 仕返し
家が別方向のため別れた満琉の背中を、由衣と2人で見送る。
数秒後、由衣が「じゃあ、私達も帰ろっか」と呟いた。
「だね。
……で、どう話す?特に真聡」
「あ~……」
そんな会話をしながら、さらに南へ向けて歩き出したとき。
由衣がいきなり逆方向に走り出した。
由衣はたまに驚くような行動を取る。
驚くのもあるし、面倒なこともあるからやめて欲しい。
でもこれが、そうじゃないことはわかった。
それは、走り出した由衣の顔は真剣な顔だったから。
だから私も、急いで走って追いかける。
由衣は立ち止まってる満琉の方に走っていく。
置いて行かれないように、全力で走る。
そして由衣が満琉の前にまわったとき。私もなんとか追いつけた。
……インドアには突然走るのキツイんだけど。
いきなり全力で走った疲労感から、思わず私は両膝に両手を付く。
そのとき、背筋がゾッとする声で「何だ」と聞こえてきた。
「1人だと思ったら牡羊座が一緒にいたんだ」
私はその声で顔を上げる。
前に居る2人のさらに向こう。
堤防下の道路に、黒い身体に鱗が見える異形が立っていた。
そして由衣が満琉を庇いながら「へび座の堕ち星……何でここに」と言い返す。
あれが……へび座。
そう思っていると、へび座が「君に用はないんだよね」と言った。
そして「用があるのは君」と言いながら、満琉に向けて左手を伸ばした。
嫌な予感がした私は、反射的に満琉を思いっきり私の方に引っ張る。
次の瞬間。
さっきまで満琉が立っていたところに蛇が伸びてきた。
だけど、私が引っ張ったから満琉はそこにはいない。
だからその蛇は目標を見失って空を切る。
一方私は、力いっぱい満琉引っ張ったのは良いけど、支えきれずに私が下になる形で倒れた。
……無事だから許して欲しい。
見た感じどうやら、へび座は左手を蛇にして伸びてきたみたい。
そしてその左蛇は自由に伸ばせないらしい。
へび座は舌打ちをしながら、標的を捕え損ねた左手を戻した。
一方由衣は「ちーちゃん!みっちゃん!大丈夫!?」と私達に駆け寄って来た。
「何……とか……」
「私は智陽のおかけで大丈夫。ありがと」
「うん」
そんな会話をしながら、満琉は由衣の手を借りて立ち上がった。
続いて私も、差し出された2人の手を借りて立ち上がる。
そして、由衣は「2人は逃げて」と私達の前に出た。
「へび座、あなたの相手は私がする!」
そう言いながら由衣は紺色のギアを喚び出して、いつもの手順を取り始めた。
……とりあえず私達は逃げよう。
そして落ち着いたら真聡に連絡しよう。
そう思って私は満琉の手を掴んで走り出した。
☆☆☆
息を切らしながらも走る。
でも流石に鞄を背負いながら全力で走り続けるのは、インドアの私にはしんどすぎる。
私はちょうど視界に入った電柱に体重を預け、前を走る満琉に「ちょ……ちょっとストップ」と声をかける。
「もう無理……休憩させて……」
「大丈夫?……でもここまで来たら平気かな」
満琉はそう言いながら戻ってきてくれた。
でも、きょろきょろと辺りを見回している。
最初はとりあえず逃げてたけど、途中からは時代錯誤遺物研究所跡地を目指して走ってた。
理由は真聡がそこなら結界があるって言ってたし、多分今日もいると思ったから。
でも最初に闇雲に逃げたときに反対側に逃げてしまった。
だから辿り着くまでに私の体力が持たなかった。
……最初にいた場所からでも怪しいけど。
何度か深呼吸をして息を整える。
ようやく頭と口が回りそうと思ったので、「と、とりあえず」と口を開く。
「それぞれ連絡入れよう」
「そうだね。
……あと念の為少しずつ移動しよ」
「わかった」
そのやり取りの後、私達は住宅街と山の境目の道を歩きだす。
恐らくこの道を歩いていけば研究所跡地のはず。
そう思いながら、スマホのメッセージアプリでいつものグループを探して文字を打ち始める。
満琉は電話をかけてる。
でも反応からすると、射守は出ないらしい。
そのときだった。
突然、何かが這いずるような音が耳に入った。
その次の瞬間。
右側の住宅街の路地から巨大な蛇が現れた。
そしてその蛇は、日本語で「やっと追いついた」と発した。
満琉が「まさか……へび座!?由衣は!?」と驚きの声を口にする。
「牡羊座なら澱みの相手をしてもらってるよ。それに僕だって強くなってるんだよ」
「満琉!逃げるよ!」
私はそう叫んで、空いてる手で満琉の手を掴んで走り出す。
でも今はここに真聡も由衣も、志郎も鈴保もいない。
それに私達のような普通の人間の足で堕ち星から逃れるとは思っていない。
だけど、ここで死にたくはなかった。
だから走った。
だけど、やっぱり逃げ切れるわけもなく。へび座が私達に迫る。
前だけ向いて必死で走ってるけど、音とか気配でわかる。
やっぱり無理だ。
堕ち星を前に普通の人間は無力なんだ。
そんなことが頭をよぎったとき。
後ろでさっきまでとは違う音がした。
振り返るとへび座の右側に、何本か矢が刺さっていた。
それを見た満琉は「聖也!?いるの!?」と山側に向かって叫ぶ。
「何だ……射手座いるのか……。
せっかく仕返しのチャンスだと思ったのに!」
一方へび座は、そう言いながら山の斜面に向けて口から黒い煙を吐き出す。
その煙を浴びた木や草は枯れていく。
……絶対毒だよね。
そして山の斜面からは矢が飛んできている。
どうやら満琉の言う通り射守がいるみたい。
いや、それより聞かないといけないことがある。
私は満琉の手を引き、へび座から目を離さず後ろに下がりながら疑問の言葉を口にする。
「仕返しって何」
「前に、聖也はへび座の堕ち星と戦ったことがあるの。
そのときに『僕の計画をよくも邪魔したな!』って言ってたから、その仕返しだと思う」
「……ふざけてる」
私が実際にへび座を見たのは初めて。
だけど、本当にふざけてると思った。
真聡からは「現状1番強い堕ち星で、普通の人間を堕ち星にしてる可能性が高い」と聞いてる。
実際、由衣も襲われたらしいし。
そんな奴が、自分の計画を邪魔されたから人を襲うなんておかしい。
それに絶対ろくな計画じゃないだろうし。
とりあえず、狙われている満琉を逃さないと。
そう思ったとき。
「埒が明かないな。だったら……」と呟きながら、へび座はこちらを向いた。
距離は離れてるけど凄く嫌な予感がする。
そしてへび座は身体を逸らした。
きっとまた、毒の息が来る。
私は満琉の前に出る。
……私は戦う力なんてない。
それでも、私は真聡達の仲間。
それなのに何も力がないからって、目の前の誰かを見殺しになんてできない。
そんな覚悟を持って。
そしてへび座の口から黒い霧が吐き出される。
次の瞬間。
斜面から人影が飛び出してきて私の前に着地した。
そして腰の入れ物から何かを取り出して、目の前に掲げた。
すると毒の霧は私達を避けて、周りへと流れていく。
満琉は「聖也!」と言いながら弓道着姿の射守に駆け寄る。
……どうやら助かったみたい。
射守がついでとはいえ私を助けてくれるなんて。
そんなことを思っていると、へび座が「やっぱりその女、そんなに大切なんだ」と呟いた。
「違う。人々を守り、世を乱す怪物を倒す。それが俺の使命なだけだ」
そう言いながら、射守が矢を放つ。
そして、左側の林の中に消えていった。
だけど今度はへび座も後を追って林の中へ入っていく。
……ヒーロー気質なのか冷淡なのかどっちなの。
でもとりあえず、今は助かった。
へび座が林の中に入った今なら、さっきと違って私達は逃げやすい。
私はもう1度満琉の手を掴み、走り出そうとする。
だけど、満琉は動かない。
「満琉!行くよ!」
「でも……聖也が!」
そう叫びながらも、満琉は心配そうに林の中の戦闘を見続けている。
……でも今は、逃げないと。
「それがあいつの役目なんでしょ!今は逃げないと!」
「そうなんだけど!でもこの距離は聖也には!」
私はその言葉でハッとする。
射守が選ばれたのは射手座。得意分野は多分遠距離戦。
ゲームの知識だけど、弓やスナイパーは高所からの奇襲や遠距離の戦いほど強い。
一方、今は中距離……いや近距離に近いはず。
つまり苦手な距離で戦っている。
そして1番問題なのは射守は星座の力は使っているけれど、ギアは使っていない。
つまり星鎧には頼らず、生身で戦っている。
それは、近づかれたら終わることを意味している。
私がその事に気がついたと同時に、痛々しい音が聞こえた。
ほぼ同時に、射守が林から吹き飛んできて道路を転がる。
それを見た満琉は「聖也!」と叫びながら射守の元へ走り出す。
私も仕方なく後を追う。
射守の隣についた満琉は、傷だらけの射守の身体を起こしながら呼びかける。
「聖也!しっかり!」
「……何で、まだいる。早く何処かへ、行け!」
「行けるわけないでしょ!聖也にはこの距離は無理だって!」
2人がそんな言い合いをしていると、へび座が木々の間から姿を現した。
そして鎌首をもたげ、私達3人を見下ろしている。
「そうそう。君は僕の前に出てきた時点で負け。
あのとき僕の計画を邪魔してくれた恨み。晴らさせてもらうよ!」
そう言い終えるとへび座はまた身体を逸らした。
多分毒の息で、私達を一纏めに殺すつもりだ。
無意味だとわかってる。
それでも私はまた2人の前に出た。
こんな性格だけど、射手座に選ばれた射守がここで死ぬのは真聡達にとってきっと大きな痛手になる。
だったら私が盾となって助かる可能性を少しでも上げたほうがいい。
そう思った。
そして毒の息が私達に向けて吐き出される。
その直前、何者かがへび座の側面に蹴りを叩き込んだ。
よくあるヒーローキック。
へび座は吹き飛び、地面を転がりながら人型に戻る。
そして私達の前に着地したのは紺と黒の鎧。
山羊座に選ばれ、星鎧を身に纏った陰星 真聡だった。