第105話 矢の雨
日直の号令で椅子から立ち、礼をする。
そしてタムセンの「気をつけて帰れよ〜」という声が教室に響く。
それを合図に生徒達は思い思いの行動をとり始める。
今日も平和に、6時間授業が終了した。
こぎつね座との戦いからは、約1週間が経った。
終わってからは夏休みと変わらず、澱みとの戦いの日々だ。
……相変わらず、たまに向っても何もいない時もあるが。
そして、堕ち星と成っていた森住 晶はまだ目を覚まさないらしい。
超常事件捜査班の調べによると、森住 晶は堕ち星に成ってから2カ月ほど経っていたようだ。
これほど長期間堕ち星に成っていて、これほど目を覚まさないケースは初めてだ。
……だが、協会にも澱みに侵食された人間の情報はほとんどない。
つまり、森住 晶はいつ目を覚ますかわからない。
……やはり協会に連絡して、協会直属の病院に転院して貰うべきか。
そんな事を考えていると、「まー君?どうしたの?」という声がすぐそばで聞こえた。
振り返ると、鞄を持った由衣がすぐそばまで来ていた。
「……別に。少し考えてことをしていただけだ」
「あんまり無理するなよ」
由衣の後ろにいる佑希がそんな言葉を投げてきた。
というか見渡すといつの間にか2人以外にも智陽と長沢 麻優までいる。
……何で長沢までいるんだ。
そして4人も周りに人が居るので、当然の如く言葉が次々と飛んでくる。
「というか真聡君、今日朝から顔色悪くない?」
「悪い。いつもに増してクマが酷い」
長沢と智陽のそんな言葉に、「やっぱりそうだよね!?」と由衣が言葉を返した。
「ここ1週間ぐらい、前より酷いと思ってたんだけど……」
俺の顔色の話。恐らく原因はシンプルな寝不足だろう。
こぎつね座の堕ち星による幻覚は全員が受けたが、全員特に影響はなかった。
しかし、俺はあの日以来悪い夢を見ることが増えた。
あの幻覚のような夢や、天秤の堕ち星と戦った日の夢など内容は様々だが、いい夢ではないことは間違いない。
そのため、眠れないときや目が覚める時が以前より増えた。
そんな俺に長沢は「真聡君、ちゃんと寝てる?寝た方が良いよ?」と聞いてくる。
人の事情も知らないで……とは思うが、文句を言っても仕方ない。
なので「寝てはいる」とだけ言葉を返す。
……いや、それより。
「なぜお前までいる」
「今日は用事ないからさ。たまには真聡君達と話したいなぁ〜~って」
あぁ。つまりダル絡みか。
本当に何がしたいんだこいつは。
そう思っていると、佑希が「そういえば」と口を開いた。
「1学期に行った遠足の班のメンバーって、この4人だったんだよな?」
「そうそう!ゆー君が4月から戻ってきてたら、5人で行けたのにね〜」
由衣の嬉しそうなのか残念そうなのかよくわからない言葉に「確かにな……」と佑希は呟く。
そして佑希は「真聡も、女子ばっかりだったら流石に気まずかっただろ?」と言いながら、俺の肩に手を置いた。
俺はその手を「別に。というか置くな」と返しながら払う。
実際、気まずくはなかった。
というか、あの頃はそれどころでは無かったという方が大きい。
そしてそんな俺を置いて、3人は盛り上がっている。
面倒と感じた俺は、帰ろうと鞄に手を伸ばす。
すると、智陽が俺の手首を掴んで阻んだ。
そしてそのまま顔を近づけてきて、小声で「澱み出たって。長沢さんいるけど……どうする」と聞いてきた。
抜け出す口実が出来た。
……嬉しくない理由だが。
長沢は……まぁ3人に任せていいだろう。
「俺は先に行く。お前らは……適当に来い」
そう返すと、俺の手首は解放された。
そのまま鞄を取った後。俺は「先に帰る」とだけ言って、急ぎ足で教室を飛び出した。
☆☆☆
澱みが出た場所はアウトレットモールからもそう離れていない、駅近くの商業施設街だった。
結局、由衣達は学校を出て直ぐに俺に追いついて来た。
長沢になんて言って出てきたのやら。
そして同じクラスの3人と一緒に他クラスの志郎や鈴保も合流してきた。
なので今日は珍しく最初から5人揃っていた。
そのため澱みの数はそこそこいたが、そこまで時間はかからなかった。
「これで……終わり!!!」
そう叫びながら、由衣が澱みを杖で殴り飛ばす。
殴られた澱みは吹き飛びながらも、煙のように消滅した。
今のが最後だったはずだ。
そう思いながら辺りを見回すが、澱みは見当たらない。
しかし俺が口を開くよりも先に、由衣が「戦闘……終了?」と呟いた。
「もう見当たらないし、終わりでいいんじゃない?」
そんな鈴保の言葉に、志郎が「だな!」と同意の返事をした。
「お疲れぇ〜!」
「お疲れ〜!」
そう言いながら志郎と由衣がグータッチをしている。
そして、佑希と鈴保が巻き込まれている。
……楽しそうだなこいつら。
とりあえず星鎧を解こうとギアに手をかける。
そのとき。
いつもの嫌の感覚と同時に、ゴボゴボと不気味な音が鳴り響いた。
俺は改めて戦闘態勢を取りながら、辺りを見回す。
するとやはり、また澱みが湧き出していた。
数は……30体はいるだろうか。
俺達は、既に囲まれている。
同時に由衣の「嘘!?また!?」という声が響く。
「最近このパターン増えたよな……」
「本当に面倒」
志郎と鈴保が口々にそう呟く。
そして佑希が「真聡。どうする」と聞いてきた。
「やるしかないだろ」
俺のその言葉で、全員がそれぞれ武器を再生成して構える。
澱みは少しずつ迫ってくる。
全員踏み出し、戦闘再開……
しようとした瞬間。
別の場所から魔力、いや星力を感じた。
場所は……上だ。
視線を上げるとそこには。
紫色の光を放つ無数の矢があった。
その矢の雨は、ただ俺達を狙っているように光り輝きながら、落下を始めていた。