第101話 取引
ビルの間の細道でのこぎつね座の堕ち星との戦闘中。
俺の視界が突如として白く染まった。
何も見えず、何が起きたかわからない。
ただわかるのは、直前で俺には前後と上から合計5体のこぎつね座が襲い掛かってきていた。そんな状態で道の真ん中に居続けるのは危険ということ。
そう判断した俺はとりあえず右手側に移動をする。
するとビルの外壁だと思われるものに手が触れた。
俺はそれに背中を預け、耳に意識と魔力を集中させる。
聞こえる音は2つの足音。
そして何かが弾き合う音が聞こえる。
誰かが戦っているようだ。
そしてこぎつね座が「お前までなんだよ!」と叫ぶ声が聞こえる。
だが、肝心の相手の声が聞こえない。
……いったい誰が戦っているんだ。
俺は急いで目を回復させるために魔力を集中させる。
視界が回復するまでは、そう長くはかからなかった。
目が見えるようになった俺は、急いで状況を確認する。
こぎつね座と戦っていたのは、左側だけが黄色の星鎧。
ふたご座の佑希だ。
しかし、様子がおかしい。
容赦のない攻撃。
殺意が籠っているようにも見える。
一方、こぎつね座は応戦しているが逃げ腰だ。
俺が状況を把握してる間にも、こぎつね座は押し倒された。
そして、佑希の剣が喉元に突きつけられる。
……流石に止めなければ。
俺は急いで「草木よ。縛れ!」と言葉を紡ぐ。
すると、左手が触れている外壁に緑の魔法陣が現れた。
そして蔓がこぎつね座と佑希の真横の外壁から生え、両者に絡みついて引き離す。
俺はそのまま蔓を伸ばして、縛られている佑希を引き寄せる。
そして前に出て、「お前、どういうつもりだ」と言葉を投げる。
「お前だって堕ち星を倒したいだろ。だったら、邪魔をするな」
言い返してきたその声は、今までの佑希からは想像もつかない声だった。
明らかに憎悪や恨みなどが籠った、低い声。
……それは、良くない。
俺は何とか言葉を絞り出し、「今お前、堕ち星を殺そうとしてたよな」と問う。
「あぁ。堕ち星は人を傷つける。
ならさっさと殺すべきだろ」
それは駄目だ。
人を殺したならば、救えなかったのなら。
その罪は一生着いてくる。
言葉に迷っていたその時。
何かが千切れたような音がした。
その音がした方に視線を向けると、こぎつね座が蔓の拘束から脱出していた。
戦闘中なのに佑希に気を取られ過ぎてしまった。
そして、こぎつね座は身体を伸ばしながら「何かわかんないけど、喧嘩してくれて助かった……」と呟いている。
「お前ら、もう邪魔するなよ!」
そう言い残して、こぎつね座はビルの外壁を蹴って上に登っていく。
そして、姿を消した。
佑希は追いかけようとするが、蔓に縛られて藻掻くだけ。
その後、佑希は俺の方へ顔を向けて「なんで邪魔をした」と言葉を投げてきた。
「お前こそ、何故殺そうとした。相手は堕ち星であっても人間なんだぞ」
「……だからなんだよ。堕ち星である以上誰かを傷つける。
だったら、一刻でも早く殺しておくべきだろ!」
……それは駄目だ。
相手はそれでも、人間なんだ。
俺はなんとか気持ちを落ち着け、反論を続ける。
「堕ち星である以前に、人間なんだ。あれにも、家族はいる。『怪物になったから殺しました』なんて言えるのか」
「……言える。怪物と成った家族なんて……必要ないだろ」
「それはお前の意見だろ。奪った命は戻らない。
殺したあとに『返してくれ』と言われたらどうするんだ」
「それは……」
佑希がようやく言葉に詰まった。
……聞くなら今だ。
そう思った俺は、再会してから抱いていた疑問を口にする。
「佑希、お前に……何があった。昔はそんなに殺意を出すようなやつじゃなかっただろ。
…………本当に佐希は、高校が忙しくて連絡できないのか」
佑希の頭が下を向いた。
星鎧で顔が見えないが、視線がそれたのがわかった。
そしてそのまま「………お前に、関係ないだろ」と呟いた。
確かに、そうかもしれない。
人の家庭の事情に、首を突っ込みすぎるものではない。
だけど、これだけは聞いておかないといけない。
「……だったら、これだけは聞かせろ。佑希は、なんで戦う」
「……俺には、倒したい相手がいる。
俺はそいつを倒すために、神遺保持者として戦うことを決めた」
その言葉を聞いて、俺の口から無意識に「は?」という言葉が漏れた。
佑希は、神遺保持者について知っている。
つまりそれは、協会についても知っていることになる。
俺は恐る恐る「待て」と口を開く。
「佑希は……聞いているのか。保持者の話を」
「……あぁ。焔さんから一通りの話は聞いている」
俺は、また衝撃で言葉に詰まってしまった。
由衣達をこれ以上巻き込みたくはない。
だから誰にも協会関係の話はしないつもりだった。
だから、焔さんには話さないように頼んでいた。
だがまさか、佑希に焔さんが喋ってしまっていたとは。
いや。そもそも星雲市《この街》を離れていた佑希が、神遺保持者に成っていたこと事態が想定外だ。
……知ってしまっているのは仕方ない。
問題は、由衣達が知ってしまうリスクが増えたことだ。
一気に問題が増え、困ったしまった俺はもう何を言えばいいかわからなくなっていた。
しかし、そんな俺の反応で佑希はこちらの状況を察したらしく「まさかお前……」と言葉を投げてきた。
「由衣達は……何も知らないのか」
「……最低限のことしか話してない」
「……何でだ」
「これ以上……巻き込みたくないんだ」
俺のその言葉を最後に、路地裏に沈黙が訪れた。
聞こえるのは、路地を吹き抜ける風の音だけ。
そんな状況がしばらく続いた後。
佑希が突然、「じゃあ、取引をしよう」と口にした。
「俺は由衣達に保持者や魔師、協会に関することは何も話さない。あと今後お前の指示に全面的に従う。
……その代わりに、俺のことをこれ以上詮索しないでくれ。
もしするなら、俺は真聡が相手だろうと容赦はしない」
飛び出したのは願ってもない条件だった。
だが先程の殺意と会話の引っ掛かりはある。
無理にでも聞き出すべきではある。
だけど俺は、それよりも由衣達が協会について知ってしまうことの方が避けたかった。
「……わかった。条件を呑む。
……だが1つだけ言わせろ」
「聞くけど……その前にこれ、解いてくれないか?」
そう言われて気付いたが、俺達は星鎧も解かずに会話していた。
もちろん、佑希を止めるために発動した草木魔術もそのままだった。
俺は慌てて魔術を解いて、佑希を拘束していた蔓を消滅させる。
そして俺達はギアからプレート抜いて星鎧を消滅させ、元の制服姿に戻る。
その後、「で、何だよ」と佑希が聞いてきたとき。
「やっと見つけた!」と元気な路地に声が響いた。
「ってもう……終わってるね……」
そう言って走ってきたのは由衣だった。
戦闘が終了してるのがショックだったのか、少し落ち込んでいるように見える。
そんな由衣に、佑希が「逃げられたんだよ」と声をかけた。
さっきまでの声とは違い、いつもの優しい声で。
「由衣が来るのが遅かったせいじゃない。なぁ真聡」
「……そうだな。
とりあえず、移動しよう」
そう言って俺は由衣の横を通り、路地を出る。
するとすぐに「真聡」と声をかけられた。
そこに居たのは、先程由衣への連絡を頼んで別れた日和だった。
「帰ったんじゃなかったのか」
「由衣への連絡を頼まれたから、由衣が来るまで待ってた。
それでそのままついてきた」
……巻き込んでしまったか。
日和は、戦えないのに。
俺は後ろめたさから「……悪かったな」と言葉を発する。
「別に。これぐらいは手伝う」
そんな話をしていると、後ろから由衣と佑希が追いついてきた。
そして日和の姿を見た佑希が「あれ?日和」と呟いた。
「佑希?何で2人と一緒に……もしかして」
「……真聡。日和は……知ってるのか?」
そう言いながら、佑希はこちらを向いた。
これは、言っていいのかという意味だろう。
そう判断した俺は「あぁ。軽くな」と言葉を返す。
一方、日和は何かを察したように「……そう、佑希も」と呟いた。
そこに由衣が「ねぇねぇ!」と口を開いた。
「ひーちゃんこのあと暇?良かったらさ」
しかし、由衣がそこまで口にしたとき。
日和が「……ごめん」と言葉を遮った。
「私帰る。明日の小テストの勉強あるし、部活で調べたいこともあるから」
そう言った日和の目は、泳いでいた。
そこに、佑希が気まずそうに「……そういえば」と口を開いた。
「何部に入ってるの?」
「生物部」
そのやり取りの後、すぐに由衣が「じゃあ帰るならさ」と口を開いた。
「一緒に帰ろうよ!」
「いい。大丈夫。1人で帰れる。それに3人はまだすることがあるでしょ。
……また、学校でね」
そう言って日和は去っていった。
2回も断られた由衣は、「そんな~~」と言いながら物凄く残念そうな顔をしている。
……しかし、今は気にしてる場合ではない
「警察と話してくる。佑希、由衣を頼む」
「わかった。必要なら呼べよ」
そう言ってた後、俺はまた路地に戻る。
そして丸岡刑事が今どこにいるか聞くために、スマホで電話をかけ始めた。
だが結局。
佑希に言葉の続きを言うことはできなかった。
「怒りや憎悪だけで動くな」と。