第100話 ビルの間の細道
アウトレットモールでの戦闘から、数日たった。
そんなある日の放課後。
俺は今日も、堕ち星を探して市街地を走り回っている。
だがあの戦闘の後、少し進展があった。
丸岡刑事によると、前回襲われていたのは最初に教われていた生徒は同じ中学校の生徒だった。
しかし、被害者2人は堕ち星の正体については「知らない」一点張りらしい。
そのため超常事件捜査班は、堕ち星に成っている人間をその中学校の生徒、もしくはその2人の共通の友人とみて捜査を進めている。
実際、その2人の共通の友人である何人かは学校を欠席しているそうだ。
そしてその中の1人が行方不明らしい。
その生徒が堕ち星なのか、別の理由で行方不明なのか。
それはまだわからない。
だが「こっちは警察の仕事だ」と丸岡刑事は言っていた。
そのため、そちらの話は言葉に甘えさせえてもらうことにした。
一方、俺達は堕ち星を探してひたすらに街を歩き回っている。
犯人が特定できず目的もわからない以上、分かれて堕ち星を探して近い者が現場に向かうしかない。
あと、焔さんはこの街を去った。
また星座の力を探しに行くらしい。
それはありがたいのだが、せめて連絡ができるようになって欲しい。
まぁ今回は前回できなかった、超常事件捜査班の丸岡刑事と会わせることは出来たので良しとするか。
そして問題は、堕ち星のあの分身をどう破るか。
俺の戦い方だと確実に倒すには詠唱する時間が必要だ。
そうなるとやはり誰かに前衛を頼まないといけない。
……無詠唱での威力が上げれれば良いんだが。
だがまぁ、1つ考えはある。
それが上手く決まればいいんだが。
色々と考えながら歩いていたそのとき。
澱みや堕ち星が現れたときの特有な気配を感じた。
その次の瞬間、街中に響く悲鳴。
感じたということは、やはり近い。
俺は人を掻き分けながら走り出す。
角を曲がり、人の流れに逆らいながら進む。
ぶつかりそうになるのをぎりぎり避けながら。
その中に、見覚えのある顔が見えた。
その相手も俺のことに気が付いたらしく、「真聡」と名前を呼んできた。
急いではいるが……都合がいい。
俺は足を止めて「日和、なんでここに」と言葉を返す。
「学校帰りに買い物してた。
……また怪物が出たの?」
「あぁ。そうらしい。だからここから離れろ。
……それと、悪いが由衣にメッセージを送って欲しい」
「わかった。
……気を付けて」
その返事に俺は「あぁ」とだけ返して、また走り出した。
今度は自分に認識阻害魔術を使って。
☆☆☆
堕ち星はすぐに見つかった。
駅前近くの繁華街の歩道で男子中学生らしき人を襲っている。
周りには野次馬がちらほらと見える。
そして堕ち星には前回と同じ耳と尻尾がある。
やはりこぎつね座と考えていいだろう。
まず俺は、こぎつね座の側面を狙い素手で火の弾を撃ち出す。
火の玉は、こぎつね座の肩辺りに命中した。
その痛みからか、こぎつね座は「何だよ……お前……」と呟きながらこちらを向いた。
俺を認識させた。次だ。
だが、先にあの男子中学生を逃がさないといけない。後周りの野次馬も。
「暴れたいなら俺が相手してやる。
お前は早く逃げろ。あと、周りにいる奴も逃げろ」
俺は少し派手に、掲げた左手に火を纏わせながらそう叫ぶ。
本当はこんなことはあまりやりたくない。
だが今は、周りの人間を逃がすのが優先だ。
それに、認識阻害魔術を使用しているので俺の顔は誰も認識できないはずだ。
そしてその言葉で、男子中学生は怯えながらも走り出した。
するとこぎつね座は「逃げるな!」と叫びながら、男子中学生に向かって手を伸ばす。
だが、それぐらい予想済みだ。
俺は先程左手に纏わせた火を弾にして、もう一度飛ばす。
その火の弾はこぎつね座の背中に命中した。
そして当たった衝撃か、こぎつね座の動きが一瞬鈍った。
その隙に、男子中学生の背中は路地を曲がって消えていった。
逃げられたことが相当嫌だったらしい。
こぎつね座は左足で少しだけ地団太を踏んでいる。
「何で邪魔すんだよ!」
「お前が人を襲うからだろ。こっちだ」
そう言い返した後、俺は無詠唱で身体能力上昇魔術を使用して走り出す。
別に繁華街の歩道で戦ってもいい。野次馬も逃げたようだし。
だが、こぎつね座と戦うなら広い場所よりも狭い場所の方が良いだろう。
それが俺がこの数日で考えた対策だ。
俺はちょうどいいビルの間の路地を見つけたので駆け込む。
ここなら周りの人も巻き込まないし、戦闘の余波で壊れても問題ないものが多いだろう。
そんなビルの間の細道を走りながら、俺はギアを喚び出してプレートを生成する。
そして反対側に抜ける前に足を止め、振り返る。
そのままいつもの手順で左手を時計回りに1周させる。
その瞬間、こぎつね座飛びかかってきた。
しかし残念ながらこぎつね座は弾き飛ばされていった。
星鎧を生成する間が無防備なわけではない。
ギアにプレートを差し込んで12星座の紋章が出現したときから、星鎧を生成するまでの間。そのときはいわゆる無敵状態になっている。
その理由は星鎧を生成できる程の星力が周囲に集まっているからだ。
言わばその間は俺達は神遺のエネルギーの塊。その状態を貫いて傷つけられるなら、それこそ本物の神ぐらいだろう。
そして俺は左腕を左にを伸ばし、目を隠すように目の前に戻す。
「星鎧生装」
その言葉を唱えると共にギア上部のボタンを押す。
するとギア中心部から山羊座が飛び出し、昼間でも薄暗い路地に紺色の光りが反射する。
その光は俺の身体を包みこみ、身体は紺色のアンダースーツと紺色と黒色の鎧に包まれる。
そして、光は晴れる。
こぎつね座は既に立ち上がっている。
そして星鎧を纏った俺の姿を見て「お前だったのかよ……!」と叫んだ。
「お前が人に害を与える限り俺は来るぞ」
「なんだよ……俺の邪魔するなって言ってるだろ!」
その叫びと共にこぎつね座の身体が揺らいで、路地には堕ち星が4体となった。
しかも2体は後ろに居て、挟み撃ちのように前後から飛びかかってくる。
早速考えを試すときが来たようだ。
俺は短く「風よ。吹き荒べ。空へと昇れ!」と言葉を紡ぐ。
すると俺の足元に白の魔法陣が現れ、そこから風が地上から空へ向けて吹き上がる。
風が防壁となったようで、こぎつね座が吹き飛ばされていく。
俺は杖を生成してから、身体を深く落として上へと跳ぶ。
そしてビルの壁を蹴り、5階ほどの高さまで上がって来た。
この高さがあればいけるはずだ。
俺は風魔術で高さを維持しながら、言葉を紡ぐ。
「水よ。生命の源たる水よ。今、その大いなる力を我に分け与え給え。今、澱みに塗れ、堕ちた星と成りし、こぎつねの座を洗い流し給え!」
杖先に青い魔法陣が現れ、そこから多量の水が溢れ出す。
その水はビル5階ほどの高さから滝のように地上へと落ちていく。
空から襲いくる水に4体のこぎつね座は為すすべなく呑み込まれる。
俺は水を流し終えた後、ビルの壁を飛び移りながら少しずつ地上へ降りる。
そして水が引くのに合わせて地面に降り立つ。
そこには、ずぶ濡れになった本物と思われるこぎつね座が1体だけが残っていた。
第2ラウンドだ。
俺は杖を消滅させて、距離を詰める。
その代わりに右腕に星力を集中し、言葉を紡ぐ。
「炎よ。我が右腕に宿りて、澱みを焼き尽くせ」
そしてその右腕を打ち込む。
こぎつね座はその拳を両腕で防いだが反動で後ろに下がった。
俺は追い討ちをかけるように、こぎつね座に「何故こんな事をする」と問う。
「俺を裏切るからだよ!最初は一緒にやってたくせにさ!
俺のことを必要としないやつなんて……みんないなくなれば良いんだよ!」
その叫びと共にまた分身が現れた。今度も合計4体。
やはり無限に出せるのか?堕ち星だと星力切れにはならないのか?
そんな疑問が頭をよぎるが、今は考えている場合ではない。分身の対処が先だ。
そして、こぎつね座たちはいっせいに飛び掛かって来た。
もう一度さっきと同じことをするか?
そう考えたとき、自分の周りが一層暗くなった気がした。
見上げると、上からも1体襲い掛かってきていた。
残念ながら流石に1度見せた手は通用しないようだ。
上には逃げられない。
杖を残しておくべきだった。
だが後悔しても仕方ない。
しかし、詠唱する暇もない。
……負傷覚悟で切り抜けるか。
そう思ったとき。
俺の視界は突如として白く染まった。