第001話 3年ぶり
小さい頃は純粋だった。
いや、何も知らなかったのか。
それともただ、何も考えていなかったのか。
人はみんな分かり合えると思っていた。
話をしたら、誰とでも仲良くなれると思っていた。
しかし、そんなことはなかった。
人は、歪んでいる。
人は己よりも相手が下だと思えば、見下す。
人は己の快楽のためなら、他者を平気で傷つける。
人は己が気に入らないと、相手に非がなくても攻撃する。
人は己のためなら、他者を蹴落とすことすら厭わない。
それが一般的にはどれほど間違っていようとも。
人は己が良いと思えば、それで良いと思う生き物だ。
もちろん、それが全ての人間がそうではないことはわかっている。
そんな環境の中でもまともなやつはいた。
だからこそ、まだ自分もまともでいられた。
しかし、それもまた幻であった。
人の意思は力の前には無力で、呑み込まれる。
それが大きな力であればなおさら。
結局は、己の望みのためなら犠牲なんて気にしない。
結局。人は、多少なりとも歪んでいる。
違うのは隠すか隠さないかぐらいだろう。
それが人に残された、申し訳程度の理性だろう。
そしてその理性は、大きな力の前では意味をなさない。
だったら人の手に余る力なんて、存在しない方が良い。
だから俺は決めた。
人の手に余る力は人から切り離す。
だから俺は全てを捨てた。もう何も、失わないために。
いや。そもそも。
誰も救えない俺には、戦い続けることしか許されていない。
☆☆☆
『次は~星雲~、星雲~』
車内アナウンスが次の駅名を読み上げている。
そして、目的地は次のようだ。
俺、陰星 真聡は瞑っていた目を開けて、電車の席に沈んでぼんやりとしていた意識をハッキリとさせる。
……そろそろ降りる準備をするか。
立ち上がり、抱えていたリュックサックを背負う。
次に足元に置いていた黒のケースを右手で持つ。
そして一番近くのドアに移動する。
すると電車の窓の向こうに、懐かしい街並みが視界に入って来た。
高架の上を走っているので、遠くまで見渡せる。
星雲市。俺はこの街で生まれて、小学校6年生まで過ごしていた。
そして訳あって、約3年前に離れた。
もう、二度と戻らない覚悟で。
……まさかこんなに早く戻ってくることになるとは。
そんなことを考えている間に、乗っている電車はホームに滑り込んで速度を落としていた。
電車はゆっくりと動きを止め、扉が開く。
懐かしさを感じる駅のホームに足を踏み出す。
記憶の中とほとんど同じホーム。
……まぁ、3年しか経っていないからそこまで変わっていないか。
そんなことを考えながらも、俺は改札へと続く階段へと向かう。
途中でズボンのポケットからスマホを取り出し、スマホケースに入っているICカードで改札を通り抜ける。
そこからさらに移動して、駅の建物から外に出る。
すると、さっき車窓から少しだけ見えていた駅前が視界に飛び込んできた。
下に見えるバスロータリー。商業ビルに入っているスーパー。
そして、遠くに見える山々。
記憶の中と同じ、懐かしい景色。
……ところどころ変わっている気もするが。
事故のせいで別れを告げることなく飛び出してきたこの街。
…………あの2人は、元気だろうか。
いや。今、会うことはできない。
巻き込むわけに訳にはいかないんだ。
俺がこの街に戻って来たのは、旧友に会うためじゃない。
湧いて出てくる後悔と気がかりを振り払って、俺は目的地に向かってまた歩き始める。
駅前を抜け、車通りが多い大通りの歩道を進む。
目的地とは俺の新しい家となる場所。
以前に住んでいた家は売られているらしい。
気になることがあるとすれば……新しい家が前に住んでいた家の場所と近いことだ。
……あの2人と鉢合わせたりしないだろうか。
いや、別れも告げずにこの街を出たんだ。
きっと忘れられているか、恨まれているだろう。
それに、認識阻害魔術を使っていればバレることもないだろう。
そんなことを考えながら歩いていると突然、嫌な感覚に襲われた。
……さっそくか。
出そうになったため息を飲み込む。
そして爪先を目的地から、その嫌な感覚がした方向へと変える。
方向的には、恐らく南側の住宅地。
近くの横断歩道を渡り、住宅街へと足を踏み入れる。
精度も範囲もいい訳ではないが、感じた。
つまりそれは、近くに澱みが居るということだ。
俺は少し早足で住宅街を進む。
そして辿り着いた場所は、住宅地の中にある公園だった。
そこにはどろどろと動く、黒い泥で出来ているような人型が複数体。そして蝿が人型に成ったようなモノが居た。
明らかに、街中の公園には似合わない異形。
その2種類の異形が、寄ってたかって俺と同じくらいの年齢と思われる男を攻撃している。
……まさか、戻ってきた初日からこんなことに出くわすなんてな。
そう思いながら、公園の入り口に背負っている鞄と黒いケースを置く。
そして認識阻害魔術を2つの荷物に使用しながら、しゃがんで黒いケースを開ける。
ケースの中身は全体的に深い青色が印象的な長方形の箱みたいなモノ。
俺はそれを取り出して、立ち上がりながらお腹の上に翳す。
するとそれは、左側からベルトのような帯が生成され、一周して右側に到達した。
準備ができたので「怪物ども、そこまでだ」と声を発し、注意を惹きつける。
そう。俺がこの街に戻ってきたのは。
怪物と戦うためだ。