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日常の推理シリーズ

拾得者からの謝罪文

作者: aoi


 放課後、俺は人の波に逆らって階段を一段飛ばしで駆け上がった。教室に忘れ物をしたのだ。慣れていたはずなのに感傷に浸っていたせいでこんなことになった。


 4階はまだ生徒が数名廊下で(たむろ)していた。教室の後方から入ろうとすると、女子生徒たちが行く手を塞いでいた。邪魔くさいなと思いながら仕方なく前方の入り口から入ることにした。


 室内には生徒はおらず、蛍光灯も消されていた。窓から夕日が差し込んできてとても綺麗だった。


 入るとすぐ左手の方にある机の上に目を落とす。そこには一冊のノートが裏表紙を上にして置かれていたのだ。


 人のノートを勝手に見る趣味はないが、表紙になにが書いてあるのか純粋に気になった。一瞬だけなら問題ないと思い、恐る恐るひっくり返す。


 タイトルは“創作ノート”で左上には黄色い付箋が貼られていた。内容は字が汚れているが、かろうじで“ごめんなさい”と読める。どういう意味だ?


 元の状態に戻そうとすると、廊下のほうから女性の慌てた声が聞こえた。


「そのノート、どこにあったんですか?」


 完全に不意打ちを食らった俺は情けない声で驚いた。


「わっ、わるい。気になってつい手にとったんだ。悪気はない」


「どこにあったんですか?」


 穏やかな声で彼女は聞いた。向けてきた目はまっすぐで吸い込まれるようだった。


「机の上だけど」俺は机の方に指差した


「そんなことありえません」彼女は首を振る。「ノートが一人で歩いて来たなら話は別ですが」


「面白い冗談言うんだな」


 俺は愛想笑いで答えるが、彼女の表情は考え込むような表情から変わらない。


「数分前までこのノートはありませんでした。何度もくまなく探したんです。でもなかった。仕方なく職員室へ紛失届をだして。諦めきれなくてまた探そうと思ったらあなたが」


「でもこうやって帰ってきてる。やさしい誰かが拾ってくれたんだろ」


「だったら何でこのような付箋が貼られているんですか?」


 彼女はノートを手に取り、俺に見えるように向けて付箋を指差しながら言った。


 確かに心やさしい人が拾ってくれたにしても、“ごめんなさい”と謝るだろうか?それに俺はあることに気がついた。ノートには氏名が書かれていないのだ。持ち主が分からないのに返すことができるだろうか。


 答えに言い淀んでいると彼女は独り言を呟きはじめた。


「鞄はずっと机の横にかけていた。朝は確かにあった、放課後になくなるまでの数時間で無くなった。盗まれたということ?誰がそんなことを。このノートの存在は誰も知らない筈なのに」


「あの……」今目の前にいる彼女の名前が出てこない。誰だ。


 彼女は俺の視線に気がついたのか「すみません。考え事をすると周りが見えなくなってしまって」


「すまん。あなたの名前って」


「わたしはあなたの名前を知っていますよ。木瓜湊斗(ぼけみなと)さん。わたしは葵姫花(あおいひめか)です」


「葵さん。なかなか人の名前覚えるのが苦手で。わるかった」


 苦しい言い訳だった。今日の自己紹介の時間を思い出す。木瓜(ぼけ)と言ってザワザワしていたあの雰囲気は慣れていたはずなのに。心臓のあたりがキュッとなるのを感じる。


「木瓜は家紋としても有名ですよね。皆さん歴史に詳しいようで」


 どうやら葵さんは別の意味で捉えているいるらしい。有名な戦国武将の家紋として使われた木瓜ではなく、クラスの連中はボケという音だけで面白おかしく笑っていただけなのだ。


「せっかく考え事していたのに脱線させちまったな。でも、なんで帰ってきたノートのことについてこんな考えてるんだ?」


 葵さんはやさしく微笑んだ。


「理由は2つあります。


 1つ目は謎が好きだからです。なんでこんなことが起きたんだろうと考えると考えずにはいられません。


 2つ目はノートが帰ってきたこと。以前、小学生の時ですが創作ノートが無くなったときは帰ってきませんでした。後日いじわるな同級生にからかわれたんです。ミステリーなんて気味が悪いって。


 盗った人物はノートを返してきてくれて、付箋でごめんなさいと言ってきた。悪い人でははないと思うんです。あの時のいじわるな同級生より。


 わたしは話がしてみたい。ノートを見た感想を聞いてみたいんです。だからこのノートについての謎を解きたいんです。話が長くなってすみません」


「分かるといいな。盗んだ人」


「ええ」


 葵さんは頷くと、ノートに貼ってある付箋と自身の机のまわりにある机を見渡した。彼女の席の位置は、教室を俯瞰してした場合でいえば正方形の右上の頂点に位置する。


「木瓜くん」彼女は俺をまっすぐ見る。「わたしの後ろの席の人わかりますか?浅見さんです」


「浅見?」


「浅見咲耶さんです」


「あぁ。知ってる。同じ中学だ」


「よかった。利き手は分かりますか?」


 利き手?今関係あるのかそんなことが。真剣な表情で聞く彼女にそんなことを聞く隙は無かった。


「右だったと思う」


 浅見は近寄りがたくて怖い。葵さんとは正反対だ。その辺の男よりも男っぽかったのだ。


 そのくせして書道は何度も表彰を受けるほどの腕前で字が達筆で上手かった。クラスの連中が自分の名前を書いてほしいと彼女に頼む謎の現象が起きていた。そのときに書いていたのがたしか右手だった。


「なるほど」葵さんは自身の左隣と左斜め後ろの席を交互に見て言った。「だとすると……」


「なんで今利き手が大事なんだ?」


 彼女の表情の隙を狙って聞いてみた。


「今回の事件、利き手が決め手なんです。付箋を見てください」


「普通にボールペンで書かれた字だろ」


「はい。大事なのは()()()()()()()という点。左利きでボールペンのインクが乾かないまま横書きすると字が汚れることがあるんです」


「あぁ。見たことある」俺は頷いた。


「それでこの付箋を書いた人物は左利きだということがわかります。わたしの左隣と左斜め後ろの席の人はどちらとも左利きです。


 それぞれの席の生徒は小出茉莉(こでまり)さんと小橋嘉ヶ里(こばしかがり)くん、どちらかが犯人ということです」


 犯人を2人にまで絞りこんで葵さんの表情は緩んだ。俺はその表情に違和感を覚えた。絞りこめても犯人を特定できたわけではないのに。


 1人で納得したように彼女は、ノートを通学鞄にしまってあとにしようとする。


「えっ、犯人絞りこんだだけで誰かはわかってないだろ?」


「もうわかってます。根拠は薄いですが、犯人はきっとあの人です。明日、勇気を出して本人に話しかけてみようと思います」


 そう言うと彼女は「それでは」と言って廊下を歩いていった。


 長い髪を左右に揺らしながら歩いていく後ろ姿を俺は目で追うことしかできなかった。


 ふと我に返り、本来の目的を思い出す。ここへは弁当箱を入れた手提げを取りに来たのだ。教室の後方の入り口を塞いでいた女子生徒たちはもう帰っていた。きづけば教室には俺1人になっていた。


 翌日、俺は葵さんと女子生徒が話しているのを見た。2人とも笑顔で話が盛り上がっているようだった。

こんにちは、aoiです。

最後まで読んでいただきありがとうございました。


小出茉莉さんは最初、葵姫花さんから財布を盗むつもりでした。ですが葵さんの鞄の中には財布が無かった。

小出さんは読書が好きで特にミステリーが好きでした。葵さんの創作ノートは小出さんにとって魅力的に写って思わず盗んでしまったということです。

後日ちゃんと仲直りをして仲の良い友人になっています。

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