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7話

 月光の射し込む寝室は、いくつものランタンによって彩られ、リビングから移した机の上には、屋台で売られているような数々の料理が並んでいる。

「これを準備していたの……!?」

 ジュリエットは驚きながら、何かを計画していた2人に問う。

「ああ。ルイに相談されたんだ」

 レイノルズは頷くと、ルイに視線を移す。

「父様の協力で屋台の料理は一通り買ってきましたし、ランタンも用意しました」

 当たり前のようにそう言うが、簡単に出来ることではない。というか、中々に凄いことを言っているが、自覚はないのだろうか。

「そ、そうなのね。ありがとう」

「ありがとう!」



 そうして、家族4人でこれ以上ない旅行最後の夜が始まった。


「ママ、これ美味しい!」

 ノエルは屋台で売られている菓子に顔を輝かせる。そして、小さく切り分けたそれをジュリエットに差し出す。

「あら、くれるの?…………本当ね、美味しいわ」

 ジュリエットは美味しい菓子や料理にノエルと微笑みを交わす。

 一方で、レイノルズとルイも何やら楽しそうに会話していた。屋台で見た珍しい玩具を見ているようだった。

(ルイもまだおもちゃに興味があるのね)

 ジュリエットは微笑ましく見つめていたが、次いで聞こえた言葉にゆっくりと瞬く。

「父様、この材質は何ですか?」

 玩具ではなく、その素材についてを話しているらしい。ルイらしいが、ジュリエットとしては少し複雑な気持ちになった。

「これは……」

 そして、真面目に答えているレイノルズにも何だかほっとして、ジュリエットは笑みを浮かべた。 

「ママ、どうかしたの?」

 すっかり体調が良くなったノエルは、微笑んでいるジュリエットに不思議そうに尋ねる。

「何でもないわ。ただ、幸せだなって思ったの」

 ジュリエットの言葉に、ノエルも頷いて、いつもの明るい表情を見せた。


 そうして楽しい時間は瞬く間に過ぎて行き、東の空に浮かんでいた月はもう、西に傾いていた。

「ふふっ。寝てしまいましたね」

 疲れ果てた子供2人はそのままベッドに入り眠ってしまった。ノエルの熱ももう下がっているので、明日の予定は滞りなく済ませそうだ。

 2人の寝顔を見て幸せな気持ちになりながら片付けをしていると、レイノルズに声をかけられる。

「ジュリエット、――少し抜け出せないか?」

 煌めく碧眼を細め、秘密を話すように声を潜めてそう言うレイノルズに、ジュリエットは反射的に頷いていた。


 ◇◆◇


「本当に、綺麗ですね」 

 子供たちを侍女たちに任せ、こっそり邸を抜け出した2人は再び時計台に来ていた。時間が時間であることと、街で祭りが行われていることで、時計台にはジュリエットたち2人しかいなかった。

(勿体ないわ。ランタンの灯りも見えてとても綺麗だというのに)

 そんなことを思いつつ、無言なままのレイノルズの方を見ると、不敵な笑みを浮かべている。最近よく見るその表情に、何を言うのかとつい、ジュリエットは身を強張らせる。

「そうだな、でも」

 レイノルズは一歩ジュリエットに近づくと、髪を一束掬い、あの日と同じように口づけて微笑を

浮かべる。

「俺にとってはジュリエットの方が、綺麗だ」

 人の目がないとはいえ、外でそんなことを言われることは今まで一度もなかったので、頬が熱くなる。それを誤魔化したくて、気づけば疑問を口にしていた。普段なら絶対に言わないことを口走ってしまったのは先程、弱いのに祭りだからと酒を飲んでしまったからに違いない。

「レイノルズ様は、本当にわたくしのことを愛しているのですか?」

 つい問い詰めるような口調になってしまうと、レイノルズの口からは謝罪の言葉が零れた。

「……済まなかった」

 以前も告げられた謝罪に、ジュリエットの中で疑念が膨らむ。が、レイノルズが続けた言葉にジュリエットは目を瞠った。

「やはり……君を前にすると、何と言えば良いのか分からなくなってしまって……君を不安にさせていたことを知っていたが、気遣う事ができなかった」

 そう言うと、レイノルズは腕を伸ばし、ジュリエットを引き寄せた。もとから近かった2人の距離は、隙間をなくし、ジュリエットはレイノルズの胸に顔を埋める。

「……っ!」

 距離の近さと、抱き締められているという事実にジュリエットは動揺する。頭を大きな手で押さえられ、上を向くことも横を向くことも出来ない。藻掻いているジュリエットに、レイノルズはふっと笑う。そして、落ち着き払った声音で告げた。

「――愛している」

(…………えっ?)

 耳元で聞こえたその言葉にジュリエットは動きを止め、恐る恐るレイノルズを伺おうとする。が、レイノルズはそれを良しとせず、より一層強く抱き締められる。

 今日まで、抱き締められたり手を繋がれたりはしても、愛しているという言葉を言われたことはなかった。

(てっきりレイノルズ様は家族として大切にしてくださっているのかと思っていたけれど……)

「……結婚した時から、今までずっと君だけを愛している。戦時中、ずっと不安で仕方がなかった。君が俺を忘れていたら、他の誰かに想いを寄せていたら、と」

 苦しそうな言葉とともに、僅かに緩んだ拘束が緩み、ジュリエットは顔を上げる。

 そこには、誤魔化しが効かないくらいに頬を赤くしたレイノルズの端正な顔があった。その瞳には、同じく頬の赤いジュリエットだけが映っている。

 それを見て、ジュリエットは思わず勢いのままに告げてしまった。

「わ、わたくしだって……!誰よりもレイノルズ様を愛していますっ……」

 火照った顔を見られるのが恥ずかしくて、すぐに顔を俯けレイノルズの胸に埋めると、頭を撫でられる。

「……顔を上げてくれ」

 揶揄うわけでもなく、ただ真剣なその声音にジュリエットは息を呑むが、拒否する。

「い、いやです。こんな、顔……」

 レイノルズは嫌がるジュリエットの顔を無理やり上げさせると、真っ直ぐに視線を向ける。今にも唇が触れ合ってしまいそうな距離に、ジュリエットは更に恥ずかしくなる。

 結婚式以来、一度も口づけなどしたことがなかった。

「恥ずかしい、です……」

「そんな君もとても可愛いよ」

 何を言っても甘い言葉で窘められ、ジュリエットは頬を染めながらもレイノルズの瞳を見つめ返した。すると、レイノルズは計ったように口角を上げ、瞳を細めるとそのままジュリエットの唇に自身のそれを重ねた。

「……!」

 驚きで目も開けたままのジュリエットは、反応を窺うように瞼を上げたレイノルズの悪戯っぽい光を宿した碧眼に射抜かれる。

 そして、すぐに唇は解放されたが、長い間唇を合わせていたような気分だった。

 唇は解放されても、体は抱きしめられたままで、ジュリエットは身を捩る。何とかレイノルズに背を向け、胸元に回された腕を解こうとする。

「朝、ここを発つのですから、早く戻らないと……」

 ジュリエットは斜め後ろのレイノルズの顔を見上げてそう言うが、レイノルズは

「……あと少しだけ」

 と言って、腕に力を込める。

 ジュリエットはその温もりの頼もしさに身を委ね、しばし夜景を楽しんだ。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました!

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