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3話

「ママ、とってもきれい!お姫様みたい」

 屋敷の一室に、それぞれの装いをした家族3人は集まっていた。

 普段目にしないジュリエットの着飾った姿に、ノエルは大きな碧い目を輝かせる。

 ジュリエットは、漆黒のロングドレスを纏っていた。豪雪地帯で暮らしているからか、肌が透けるような白のため、ドレスが映えて美しい。ドレスはデザインこそシンプルだが、目を凝らすと至るところに刺繍が施されている。

「そう?ありがとう。ノエルも、とても可愛いわよ」

 ノエルは、幾重にもフリルを重ねた淡い水色のドレスを纏っている。彼女自身の容姿も相まって、その姿は妖精のようだった。

「ほんと!?やった!」

 ノエルは、ジュリエットに抱き着く。抱き着く、と言ってもノエルの身長が低いため、脚に抱き着いているような見た目になるのだが。

「ノエル、折角着替えたのに、崩れちゃうよ」

「あ、そっか……」

 ルイに窘められ、素直にノエルはジュリエットから離れた。

「ママ、ごめんね」

「ううん、大丈夫よ。ノエルこそ、髪が乱れてるんじゃないかしら」

 ジュリエットが屈もうとしたところ、それに気づいたルイがノエルの髪に手を伸ばし、軽く手で撫ぜてから髪飾りを付け直した。

「お兄ちゃん、ありがとう!」

「どういたしまして」

 花が綻ぶような笑みを浮かべるノエルに、ルイも笑みを浮かべた。

 ルイの服装はというと、彩度の高いジャケットとショートパンツを合わせ、いつもより華やかな印象を持たせる。普段からシンプルなものを好んで着ているが、ルイもまた、11歳ながら顔立ちが整っているので完璧に服を着こなしている。

 などとジュリエットが思っていると。

 「――奥様、そちらは確かご主人様からの贈り物でしたよね」

 着替えを手伝い終えたメイが、何やら笑みを浮かべて尋ねる。その言葉にジュリエットは一瞬ドキリとしながら、平静を装って答える。

「え、ええ」

 実際、そのことを意識して選んだのだ。とはいえ、それを言い当てられては恥ずかしい。ジュリエットは薄く頬を染める。

 子供たちが見ている中で、やめてほしい。そんなことを思った時だった。

「奥様!ご主人様がご到着なさったようです!」

 使用人から連絡が伝えられ、ジュリエットは緊張を誤魔化すように微笑んだ。

「それでは、行きましょうか」



 ジュリエットたちが屋敷の外に出ると、レイノルズたちは屋敷の正面にある門を背に、佇んでいた。レイノルズはジュリエットたちの姿を認めると、乗っていた馬から降りた。

「レイノルズ様……!」

 8年ぶりの、その姿にひどく懐かしさを感じ、そして安堵した。

 思わず名を呼んでしまうと、まだ離れた位置にいるレイノルズが、微笑んだような気がした。

 ジュリエットは、胸に込み上げる感情を抑えきれず、レイノルズのもとに駆け寄り、勢いのままに抱きついた。そして、驚いた表情のレイノルズを気にすることなく、腕に力を込める。

「ジュリエット……?」

 戸惑ったような声が頭上が聞こえるが、ジュリエットは顔も上げず抱きしめ続ける。

「……っ」

 顔を――泣き顔を、見られたくなかったのだ。

 そのことを察したのか、レイノルズは躊躇いがちに腕をジュリエットにそっと回し、片手で頭を撫でた。

「遅くなって、済まなかった」

 ジュリエットはこたえない代わりに、胸元に顔を押し付けた。

 懐かしい香りが、そこにはあった。


 ◇◆◇


「旦那様、先程は失礼いたしました」

 夫婦の寝室で、ベッドに腰掛けたジュリエットは、同じくベッドに座っているレイノルズと向き合い、先程取り乱したことについて謝っていた。


 子供2人は、いつもはジュリエットと一緒に寝ているのだが、空気を読んだルイのお陰で今日は2人で寝ることになった。ちなみに、甘えん坊でジュリエットを大好きなノエルは疲れたのか早々に眠ってしまっていた。


 申し訳なさと恥ずかしさで体を縮こませるジュリエットだったが、レイノルズの態度はあっさりとしていた。

「いや、いい。気にするな」

 その声に、思わず顔を上げると、夜空のような碧眼と目が合い、その美しい煌めきに見惚れた。

 ふいに、美しい碧に悪戯っぽい光が宿る。

「――それより、もう昔のように呼んでくれないのか?さっきは呼んでいたのに」

「っ!あ、あれは、その咄嗟に出てしまっただけで……それに、もう子供も居るのですし……」

「今は二人きりだが?」

 苦し紛れに言葉を紡ぐジュリエットの、何が面白いのか、レイノルズは愉快そうに眉を上げる。

 ……おかしい。8年前はこんなにも表情が豊かではなかったはずだ。というかそもそも、こんなふうに砕けた姿を見ること自体が初めてだ。

「ジュリエット?」

 笑顔ではあるが、強い圧を感じる。

「……、……レイノルズ様」

 結局、ジュリエットがそう呼ぶと、嬉しさを表情に滲ませた。その笑顔の眩しさと、羞恥で思わず俯くと、何故か謝罪の言葉が頭上から降ってきた。

「…………――今まで、済まなかった」

「!?どうして謝るのですか?旦那様――レイノルズ様が謝ることは何もありませんわ」

 突然の謝罪に、戸惑いながら慌てていると、レイノルズはどこかさみしげな、それでいて切ないような表情を浮かべた。

「君は、優しいな」

 そんなことはない。ジュリエットは思わず口を開きかけ、しかしレイノルズの瞳に悔しさが滲んでいることに気づき、言葉を呑んだ。

「……それなのに、俺は躊躇って愛してるの一言も言ったことがなかった」

「………………え?」

 (()()()()……?)

 それでは、まるで愛されているかのようではないか。ジュリエットの脳裏に、8年前のレイノルズの姿が過る。笑顔を知らない表情、素っ気ない言葉……。けれど、それら全てに嫌悪は感じられなかった。それは、もしかして――

「……レイノルズ様は、わたくしを愛しておられるのですか……?」

 思わず問い掛けると、レイノルズはゆっくりと目を瞬かせた。

「…………君は、俺のことが嫌いか?」

 質問に質問を返されるが、その直截的な言葉に、ジュリエットは驚く。が、真剣なレイノルズの碧眼と目が合い、ジュリエットはゆっくりと言葉を紡ぐ。

「嫌いだなんてことはありえませんわ。寧ろ……その、…………家族として、愛しています」

 結局、口から零れたのは、不器用で素直じゃない言葉だった。

 それでも、レイノルズは目元を和らげると、口を開いた。

「戦場で、愛する家族と会えぬまま死にゆく者を幾人も見てきた。だから俺は、家族を大切にすると誓った」

 強い決意を思わせるその言葉と、それに反して不思議なほど凪いでいる瞳に、ジュリエットは目を離せなかった。

「まずは手始めに、」

「?」

 不自然に言葉を切ったレイノルズに、ジュリエットは目を瞬かせる。そんなジュリエットに、レイノルズは顔を寄せたかと思えば、薄茶(ミルクティー)色の髪を一束掬いとり、口づけた。

「……!?」

「――妻に愛を伝えることにしようと思う」

 戸惑ったジュリエットを前にレイノルズは、不敵に笑ってみせた。

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