2話
※史実の凱旋式とは関係ありません。
レイノルズが出征してから、8年の月日が経過した。戦争が終わり、辺境伯一家は平和な日常を送っていた。とはいっても、戦地である隣国からすぐに帰られるわけではないようで、まだレイノルズは帰ってきていない。ただ、無事であることは戦争が終わった去年のうちに、すぐに報せが入った。
そして、あの日産まれたノエルは7歳になり、長男のルイはもう11歳になっていた。2人とも母親譲りの茶髪と、父親譲りの碧眼という、よく似た兄妹だった。
そして、ジュリエットはもとより美しい容姿が歳を重ねたことで8年前より柔らかな風貌になっていた。
「ママ!見て!」
ノエルが、沢山の花で作った花冠を抱えて走りながら、ジュリエットに声を掛ける。
今、家族3人は屋敷にある中庭で、花を眺めたり摘んだりしている。そして、ノエルは好きな花を集めて何やら作業していたのだが、花冠を作っていたらしい。桃色の花が中心となったそれは、ジュリエットの瞳の色を意識しているのだろう。
「母様のために作りました」
ノエルの後ろから、少年が姿を見せた。兄の、ルイだ。ノエルとは4歳差だが、ルイが成長期にあるからか、だいぶ年長に見える。ノエルが年齢の割に小柄だからというのもあるのだろうが。
「あら、ありがとう。それなら、ママに載せてくれるかしら?」
「うん!」
小さな手に花冠を載せたノエルが、屈んだジュリエットの頭に載せようとする。
だが、成長してもなお背丈の低いノエルでは、ジュリエットの頭に手が届かない。
「ノエル、ちょっといい?」
「?うん」
それを見て、兄であるルイはノエルの腰に腕を回すと、小さな体を抱きかかえる。
「わっ!?高い!」
ノエルはびっくりしたような声を上げたが、兄と同じくらいになった視線に、喜んでいる。
「これなら、母様に手が届くんじゃないか?」
「本当だっ!」
ノエルはうきうきした様子で腕を伸ばし、ジュリエットの頭に花冠をそっと載せた。
「わあっ!ママ、かわいい!」
「本当?ありがとう、ノエル」
地面に下ろされたノエルは、ジュリエットに抱きついた。そんなノエルの頭を撫でながら、ジュリエットはルイに視線を向けた。
「ルイも、いいお兄さんね」
「そ、そうでしょうか」
ジュリエットはそう言って、ルイの頭も優しく撫でる。すると、ルイは照れたように頬を染めた。
辺境伯の跡継ぎ、そして父が不在という立場もあり、普段から振る舞いは大人びているが、それでも11歳。まだまだ可愛いところもあるのだ。
幸せな光景に目を細めていたジュリエットだったが、使用人たちの慌てた姿が目に映り顔色を変える。
「――メイ、何かあったの?」
ジュリエットは傍らに佇んでいる侍女のメイに声を掛ける。彼女は、今他の使用人から何か伝えられたのか、どこか落ち着きがない。
「奥様っ!大変です!」
メイは、ノエルを産んだ時に、ジュリエットと同じくらい――もしかしたらそれ以上に喜んでいたかもしれない、あの時も側にいた侍女だ。8年という歳月で軽率な行動の多かった彼女も昔よりは大人しくなったが、今日の彼女の慌てぶりは8年前を思わせる。
「そのっ、実は今日、ご主人様がお帰りになられるそうですっ!」
「旦那様が!?」
ジュリエットが思わず声を上げると、一歩後ろで話を聞いていたノエルが首を傾げた。
「だんな様ってどなた?」
「旦那様っていうのは、ノエルの父様だよ」
ジュリエットが動揺していることを察したルイがノエルに、代わって説明する。
「ノエルのってことは、お兄ちゃんの父様でもあるの?」
普段〝父様〟などと呼ばないノエルがそう言ったので、ルイは一瞬驚いたように目を見張り、しかしそれがよく理解できていないゆえに言った言葉だとわかり、笑う。
「ふふっ、うん、そうだよ」
自分とて〝父〟という存在はぼんやりとしか覚えていないが、 産まれた日に旅立ってしまったノエルにとってはより実感のないものなのだろう。
「――事前に報せは無かったの?」
2人の会話を微笑ましげに見ていたジュリエットだったが、我に返りメイに視線を戻す。
「それが、王都で行われる凱旋式に出席なさると思っていて、奥様への報告が遅れてしまったのです」
確か、凱旋式は、1週間後に行われるはずだった。戦士たちは月桂冠を被って馬車に乗って王都を回るのだ。そして、そのあとは王宮で祝宴が開かれる。皆、今頃は王都に向かっていると思っていたのだ。
「それでは、旦那様は凱旋式には参加なさらないというの?」
「恐らくは。ですので、夕方までには屋敷にご到着なさるかと思われます」
「!早いのね」
「はい、ですので奥様の身支度をなるべく早く始めたいのですが……」
メイがちらりと子供たちに視線を向ける。
話に興味が失せたのか、ノエルは再び花を摘みに行き、ルイはその隣ではしゃぐノエルを見守っている。今の2人は、汚れても良いように比較的質素な服に身を包んでいる。それは、ジュリエットも同じだ。
「――ルイ、ノエル。久しぶりにおしゃれなお洋服を着ましょう」
ジュリエットが少し離れた所にいる2人に声を掛けると、いち早くノエルが反応する。
「おしゃれしたい!」
目を輝かせ、すぐさま立ち上がると、駆けてくる。が、小石でもあったのか躓き、小さな体が傾ぐ。
「きゃっ」
転びそうになったところを、ジュリエットが抱き留める。そして、後から駆け寄ってきたルイが心配そうにノエルの顔を覗き込む。
「怪我はしてない?」
「お兄ちゃんてば、心配しすぎだわ。つまづいただけよ?」
「なら、良かった」
2人の微笑ましいやり取りを見つつ、ジュリエットは危なっかしいノエルの手を引いて、屋敷に戻った。