9、キャヌエルの裏工作
おっちゃんから酒を奢ってもらえることが確定した冒険者たちは大いに湧き、その場は解散になった。酒のグラスをぶつける音があちこちで聞こえる。カンパーイカンパーイと、先程とは別種の熱気に食堂は包まれていた。
結果、俺はかなり目立てた。大満足だ。
冷静に戻った俺は傷付いたおっちゃんをキャヌエルの元まで連れていく。
「なんで連れてきたんですか? 私この人に狙われてるんですよ」
「どうせ大丈夫だろ。お前強いし」
「1度も私が戦ったところを見たことないのによくもまぁそんなこと言えますね。私女ですよ」
「事実だろ?」
「事実ですけども」
傷付いたおっちゃんをそのままの状態でここに連れてきた。簡単な応急処置程度の回復魔法で治せるぐらいの怪我とはいえかなり痛いはずだが、それを感じさせないぐらい普通に歩いている。
「軍団長キャヌエル。お前ら一派は何を考えているんだ」
「何を考えているとは何ですか?」
「とぼけるな! お前の顔と全くおなじ顔のヤツが宮廷魔導師として雇われ、王直属のメイドとして雇われ、騎士団の新人として入団までしてきやがった。そして……そのことに俺しか気付いていない! 国の上層部に3人も全く同じ顔のヤツが入ってきて誰の指摘もない! 明らかに異常だ! 俺にはわかる。認識阻害の魔法だな。王に進言しても信じて貰えなかった」
おっちゃんは息を絶え絶えにしながら言い切った。自分の守るべき王へ迫る脅威への圧倒的な察知力。さすが騎士と言うべきか。尊敬に値する。
「別に似ている人というだけでは無いですか? 考えすぎですよ」
「違うな『軍団長』のキャヌエル。お前は『軍団長』と呼ばれるほどの分身の術の使い手だ。俺はお前が魔物を討伐する姿を見た事がある。ある街が魔物に襲われた時一人で何万人に分身し、同じ顔のやつが波のように押し寄せていく。そんな光景を俺は見た。お前は分身の術を、それこそ呼吸のように使いこなせるようなやつだ」
「知ってるんですか。私の二つ名の由来。」
全然俺とは関係ない話が進む。
正直全部書かずにさっさと俺の活躍シーンを描写したいところだが、今後重要になってきそうなところだ。書かざるを得ない。二人が話している間、俺は「早く会話終わんねーかなー」という心持ちでニコニコしながら待っていた。
ちゃんと話を聞いていたのでこうやってセリフを書き起こすことができている。
「もう一度言おう。お前は一体何を考えている。国の上層部に自分の分身を送り込んで何をしようとしているんだ? いつかのように国家転覆か?」
「今回は違いますよ。1週間以内にこの世界が滅びるかもしれないのでその情報収集です」
「世界が滅びる?何を言ってるんだ。」
「理解はしなくて結構です。世界滅亡の危機に関してあなたの出る幕はありませんし、こっちで何とかしますのでとりあえず見逃してください」
「……」
おっちゃんは色々考えている顔をしている。
だが、俺の方をちらっと見てため息。おそらく、俺の強さを思い出して絶望したのだろう。おっちゃんはもう一度息を大きく吸い込んで言う。
「お前らは強すぎる。だから俺、なんなら俺の所属騎士団ですらお前らに対して何ら影響を与えれない。俺がここでお前らの前に立ち塞がったところで、命を賭けたところで意味が無いんだろう」
「その通りですね」
キャヌエルは頬杖を付きながら言う。顔は真顔だし、真剣な目付き、真剣な口調だが煽っているように見える。さすがの俺もその態度はないんじゃないかと思った。
だが、おっちゃんはさらに熱意を増し、声を荒らげて続ける
「だが、2度目の国家転覆、国家反逆なんて実行してみろ。国を護る者として、王を護る者として俺はお前に挑まなければならん」
「大丈夫ですよ。今回の目的は国家転覆じゃなくて世界を救うことだって言ったじゃないですか」
「信じていいんだな」
「はい」
コイツらが何を話しているか分からない。話の内容が分からないという読者の方々に一応言っておくが、俺もコイツらが何を言っているか分からなかった。ただ、おそらく何かしらの因縁があるんだと推測はできる。
俺は自分が全く会話に入れず少し不快な思いをしたが、多少は仕方ない。
とりあえずおっちゃんは取り巻きの騎士たちに連れられ、去っていった。
「言った通り……なんだか厄介なことに巻き込まれましたね」
「ってことはあの騎士さん達が今後世界の滅亡に関わるかもしれないのか?」
「いや、そうでも無いと思います。というか私元々巻き込まれ体質なので普通に巻き込まれただけなのか、世界の滅亡に繋がるから巻き込まれたのか判断つかないんですよね」
ああいう奴らに絡まれることは俺も多いので納得した。