2、異世界行きハイエース
ウネウネと動く灰色の洞窟のような、永遠と果てまで続く広々とした空間のような、そんな訳の分からない空間をハイエースは進んでいた。窓の外の景色はずっと変わらずそんな調子で酔いそうだった。
「ところでなんで俺だったんだ? 俺はたしかに有名だが、異世界に名を轟かせるほどだとは思っていなかったぜ」
「今回の事件を解決できるほどの『実力』の持ち主はかなり限られます。そして危険な場所へなんの対価も無しに着いてくるやつなんてヒカル、君ぐらいしかいなかったのです」
「あー、なるほど」
そういえば自分はこの、キャヌエルとかいう女の事情をよく知りもせず、よく分からん乗り物に乗り込んだなと思い返す。
たしかにこんな怪しいヤツの車に乗り込むヤツは俺ぐらいしかいないだろう。まぁ、俺ならどこに連れていかれても何とかなるか!と思って着いていったわけなのだが……。
「もう少しで異世界に着くんですけど、少し問題が発生しました。右側を見てください」
「え?」
「敵です」
キャヌエルは髪をかきあげながら、サッと手をそちらへ向けて笑顔でそう言うので右を見ると、遠くの方に巨大な城のようなものが見えた。目を凝らしてよく見ようとしたその瞬間、要塞からピンクの光が瞬く。
直後、爆音。
ドゴォンと音を鳴らすハイエース。車内は大きくゆらされ、かなりの衝撃だ。恐らくなにかしらを砲撃されたのだろう
「なに!?」
「ワールドパトロールですね。嗅ぎつけられたようです」
「何それ初めて聞いたんだけど」
「君の世界だとアレです。えーと…名前は忘れましたが青狸のアニメに出てくるタイムパトロールみたいなやつです」
「なんでニッチなネタは分かるのにタイトルを忘れることができるんだ!」
さらに、爆音。冗談かと思うようなドォォンという音とともに車内が揺れる。
「マズイですね。ヤツらは私たちを撃墜するつもりです」
「俺が迎撃すればいいのか?」
「いや、復讐されたりするととてもめんどくさいのでやめておきましょう」
「ではどうするつもリィッ、だァァッ?」
急な落下するので変な声を出してしまった。話してる途中で1mほど急落下し、頭上をピンクの光がとおりすぎていくのが見えた。俺は悪態をつきながらも、こういう状況を楽しんでいた。もし俺がこの砲撃戦に参加しようものならワールドパトロールとやらは一瞬で消し炭になっていたと思う。多分。
まぁ、攻撃してはいけないという縛り、攻撃されている状況。その全てがワクワクを助長させていたわけだ。
「あのカプセルの中に入ってください」
そしてその状況で俺にされた指示はなんとカプセルに入ることだった。キャヌエルの指さす方向を見ると円柱のカプセル。脱出カプセルということなのだろうか。
俺はまた、なんの疑いもせずに乗り込んだ。
こういうシチュエーション、ワクワクするよな。
車は絶えずグラグラと動くし、ピンクの光は飛んでくる。
「入れましたか? 今からそのカプセルを目的地の異世界に飛ばします! 私もあとから追いつきますから、とりあえず冒険者ギルドで冒険者登録だけしといてください」
「え? 冒険者登録? 何そのワクワクするイベント、とりあえずで済ますもんじゃなくない?」
カプセルの中は直径1mもないぐらいの空間で、立ったまま乗り込めた。
ドガガガとすごい音を立てながら振動する車内で、ピンクの光が弾幕のように飛んできているのが見える。キャヌエルのドライビングテクニックが凄いのだろう。
「あ、言語! 言語どうしよう。現地の言葉わかんないですよね!」
「日本語じゃないならわからないに決まってるだろ! それとも英語か? それなら、まぁちょっとはいけるぞ俺は留学してたこともあるからな」
「現地の言葉はデボロン王国協定語です」
「どこだよデボロン王国! イチミリも聞いたことないぞ!」
こう話しているうちにも外の弾幕が少しずつ酷くなっていく。ピンクの光がこの車に掠る度にドゴォンとかバキィとかなんかすごい音が鳴っている。
「翻訳機とか便利な物は持ってないのでこれ使ってください」
カプセルの中の引き出しみたいなところが光っているので中を開けると、手乗りサイズのぬいぐるみがひとつ入っていた。キャヌエルをデフォルメしたのだろうなとすぐに分かるとても出来のいいぬいぐるみだ。
「それは私の分身です! そんなナリですが、喋ったり歩いたり出来ます。翻訳機だと思って使ってください」
「嘘だろ。俺、そんなネット翻訳だけで旅するみたいな事しなきゃいけないのかよ。翻訳魔法とかないのかよ」
「ないです! 現実は甘くないんです。」
俺がぬいぐるみをポケットにいれると、ドゴォンとこれまででいちばん大きな音が鳴り、シャカシャカポテトの中にいるかと思うほどのシェイクが俺の体を襲う。
それと同時、ジリリリリリリと煩いベルの音が車内で鳴り響く。
「マズイっ! 直撃しました。とりあえずそのぬいぐるみは大体私なのであとはその私が何とかしてくれます。そろそろ発射しますね!」
「あ、おぅ、わかったぜ! ご武運を」
「死ぬつもりは無いですよ。それではミサイル発射ァ!」
「え、ミサイル?」
カプセル内に、ジェットコースターとかと比べられないほどの重力加速度がかかる。俺はシートベルトひとつ無い円柱のカプセル内でこの重力加速度に耐えることになる。咄嗟に手と足で壁を突っ張って耐える。
耐えること数分、急にカプセル内が無重力になった。宇宙にでも出たのだろうか? いや、落下中は無重力みたいになるって話を聞いたことがある。落下中だろうか?
カプセル内に覗き窓は付いておらず外の様子が全く分からない。