1、俺の英雄譚を見ろ
これを見てる皆さんごきげんよう。
俺はヒカル。この文を見てる君はきっと俺の英雄譚の噂を聞きつけた感じなのかな?
え? 違うって?それならそれでよし。自己紹介から始めよう。
俺は俺のことが大好きだ。だから、何かしらの事件に巻き込まれたり、誰かを救ったり、そんな楽しいことが起きる度にこうやって自伝を書いている。この文はソレのひとつだ。
こんな自伝をせこせこ書いてるヤツが俺。それで大体の自己紹介は完了でいいだろうか? 俺はそういう性格の男だ。
ということで早速。今回の件の最初から話していこう。まずは今回俺を巻き込みやがったクソ女の話だ。
太陽が全く隠れていないほどの快晴で、気温もまぁまぁ高く、うざっだるい天気の日。
その日は自分が通っている魔法学校の制服を着て、街に繰り出していた。ただのサボりとも言うが、俺は勉強なんてしなくたって元々優秀な魔法使いなので誰にも文句は言われなかった。強盗、殺人、窃盗とか何らかの事件が起きねぇかなぁ、起きたら解決できるのになぁ……なんて年相応に厨二臭いことを考えながら歩いていたらその女と出会った。
「世界の危機が迫っています」
唐突なんてもんじゃない。人通りが少ないわけでもない商店街のど真ん中で、その女はじっとこちらを見て、そう叫んだ。
俺はヤバいやつに関わりたくないと思って完全に無視を決め込もうと思ったが、肩を捕まれてもう一度言われた。
「世界の危機が迫っています!」
女から発せられる言葉は馬鹿丸出しというか厨二丸出しではあったが、ソイツは雑誌の表紙を飾るモデルが有象無象のモブに見えるぐらい整った顔立ちをしていた。
女慣れしているという訳では無い俺はそんな綺麗な女に迫られ若干照れてしまった。が、目を逸らしながらも粋なジョークで気をひいてやろうと口を開く。
「あー、確かに世界の危機かもしれない。日本の夏は昔こんなに暑くはなかったし…」
バチン。
だが、頬をひっぱたかれてしまった。
「そういうヤツじゃありません! 分かります? 世界の危機なのです! 日本の温度がいくら上がっても人は死なないことぐらいわかってください!」
「普通に熱中症で死ぬけど」
「そういうことを言ってるわけではないのです!」
バチン。
二度目のビンタ。だが、不思議なことにこの時の俺はイラついていなかった。ソイツがあまりにも変なやつすぎて困惑以外の感情が生まれていなかったのだろう。
「世界の危機! 世界の危機なのです! そしてワタシがヒカルくん、君に声をかけたのは偶然ではないのです! 確固たる意志を持って君をスカウトしているんです」
「まだスカウトはされていないな」
「あぁ、そうでしたね。忘れていました。私と共に世界を救いませんか?」
「嫌だと言った…」
バチン。三度目のビンタ。
「嫌だと言ったら? なんてよく分からない返しは聞きたくないのです。君は世界の危機を心から望んでいますよね。そうでしょう?」
お前にだけは『よく分からない』とは言われたくない。そう思ったが、その言葉は図星だった。俺は世界の危機とかそういう規模のでかいことを解決してみたいと願っていた。
さすがに四度目のビンタは喰らいたくないというのもあって言葉が詰まる。
そんな俺を見て女はさらに悪魔の囁きをした。
「ヒカルくん……君には異世界を救ってもらいたいのです」
その一言が俺の好奇心をグッと掴んだ。しかし、話の通じないヤツに着いていくのはちょっとヤダな……なんて考えてると、どこかからナニカが飛んでくる気配がする。
俺はそれに気付いた瞬間、俺は反射的にバックステップを行っていた。この危機的状況、引き伸ばされた時間の中で何にも気付いていなさそうな女の顔が見える。
男なら、助けるべきだっただろうか?
だがもう遅い。俺はもうバックステップで下がってしまったし、飛来したその物質はもう近くまで迫っていた。
しかし飛んできたそれは敵でも攻撃でもなく、タイヤのない車だった。
「私の名前はキャヌエル! 世界を救いたいならこの車に乗ってください!」
そう言う彼女の顔はドヤついていたが、その車はハイエース似の形状。世界の危機を救いに行く車には見えない。もっとこう、デロリアンとか、もしくはカッコイイスーパーカーを期待していたのだが……まぁ現実はそんなものなんだろう。
「もう一度言います! 私の名前はキャヌエル! 世界を救いたいならこの車に乗ってください!」
だが、合格だ。
俺は好奇心に背中を押され後先考えず、助手席にホイホイ乗り込んだ。
それを見た女も運転席に座り、慣れた動作でシートベルトを閉める。
「乗りましたね。シートベルトを付けてください。ヨシ、着けましたね。では、異世界に出発なのです!」
「え?なんて?」
シフトレバーがガコガコガコッと動く音がして、車が急発進するのを感じた。
さて、これを見てる皆はこんなことがあったなんて知らなかっただろう。この話はこの自伝で初公開だ。俺の幼馴染も、親友も、家族もこのことはマジで知らない。俺はこうしてしばらくの間この世界を留守にしていたのだ。
郷暦60895年に大阪で殺人組織の超大規模テロがあった時、俺が現場に駆け付けなかったと叩いていたアンチたちに向けて書かせてもらうが、俺はそもそも地球にいなかったので駆け付けようがなかったのだ。SNSに『ニュースのひとつも見れない情弱ナルシストヒーロー』とか書いたやつマジで許さんからな。
っていうかそもそも俺、学生だからな。子供に頼るなよ恥ずかしくないのかよ! もっと頑張れよ大人たち!
話が逸れたが、コレは大切なことなので書き残しておこう。
ーー俺が世界を救ったという実体験を今から書くので救われたお前らは俺に感謝しながら生きて欲しい。
まぁ、アンチはこんな俺の自伝なんて買うつもり無いだろうけどな。