カエルの王子とネコと少女③
城門を潜り抜け、長~い跳ね橋を渡れば、アンデルセンの商魂たくましい商売人が集まる城下町『バイヤー』である。人々は尊敬と嫌味をたっぷり込めて『繁盛の町』と呼んでいる。
「うわぁ~!」
カラバの瞳がキラキラと輝く。
「人がいっぱいですご~い! 色んなものがあってすご~い!!」
人里離れた魔法使いの元で暮らしていたカラバにとって、目に映るもの全てが新鮮だった。何もかもが刺激的に映り、飛び跳ねてはしゃいでしまうのも、いたしかたのない話なのである。たとえ姫が肩から落ちそうになろうとも、頭上の王子がロデオ状態になろうとも、そりゃあもう仕方がないのである。
「止まれカラバ! 落ちる!!」
「すごい、すご~い!」
興奮は収まらず、むしろボルテージが上がっていくご様子。
「あ! あれなんだろ! 見にいっちゃお~!」
「ちょ、ちょっとカラバ、ストップ!」
「止まれって! ――吐くぞ。お前の頭上に盛大に吐くぞ、スパゲッティ・ナポリタン! いいのか!?」
「わ~い!!」
どんなに鳴こうが喚こうが、興奮状態のカラバはもうやめられない止まらない。
数分後――。
噴水広場には息を切らす王子と姫、そしてライオン像の口から吐き出される水で頭を冷やすカラバの姿があった。
「面目ねえ」
と、カラバが謝る。
息を整えるので精一杯の王子と姫は、無言のままゼーハー言っていた。
そんな三人の元に「君達」と、どこから来たのか蛇頭の男が現れた。
「見ない顔だね。もしかしなくても旅人だね?」
「そうだけど……?」
げっそりした顔の王子が答える。
「でしたら、お泊りは是非当旅館で! 今なら獣人キャンペーン中につき一泊30%オフ!!」
「獣人キャンペーン?」
「ハイ! この間の異常現象で獣人になってしまったお客様を対象に、一泊30%オフ!! で、お部屋をご提供させてもらっております。お風呂と朝食つきですよ」
「じゃ、一泊お願い」
これまたげっそり顔の姫が人差し指を掲げる。
「ありぁとざいま~す!!」
「おい、勝手に決めんな」
「……この状態で、宿探しができるの?」
すでに太陽は傾いている。体力も残ってない。
「……っく」
王子は二の句がつげず、下まぶたをピクピクさせた。
「面目ない」
びしょ濡れのカラバが頭を下げる。
「決まりね。――ところで妖精割引は無いの」
姫は蛇頭の男を振り返った。どこまでも図々しい娘である。
「妖精割引は、あいにくと……。しかし、プレシャスルームでプレミアムオプションをセットしていただければ、特別にベッピン割引を適用させていただきます」
「ベッピン!? んもう、口が上手いんだから❤ じゃ、それもお願い❤」
「おいコラ、おやゆび!」
「なによ、割引き利くんだから良いじゃない」
「ありぁっとごぜぇや~っす。御代は前払いとなっておりま~す」
見せられた伝票に目を通すと、プレシャスルーム プレミアムオプション付き30%オフのベッピン割引適用で……
「結局お高くなってんじゃねえか!!」
「三名様ご案な~い!」
「待て待て待て待て! もっかい内訳を細かく――」
「やっだ~、小さい男」
「経費で落ちなかったら、てめえに請求するからな」
蛇頭の男の案内で、一行は木造の旅館へと足を踏み入れた。
帳簿に名前を書くと間髪入れずに代金を払わされ、三人は『おろちの間』と書かれた部屋に案内された。プレシャスの名を冠するだけあって、まあリッチでゴー☆ジャスな部屋だった。
「素敵~❤ こんな豪勢な部屋、私 泊まった事ないわよ❤」
「……お、親父に怒られる」
無駄遣いはするなと旅に出る前にきつく言われた。おまけに
「いくら使ったかきちんと書いておかないと」
カラバが羽ペンを持ってしおりに書き留めている。
「緑の月、19日……宿代として48、000デルセン(税込)……と。――あ、あと領収書ももらっておかないと」
「言い逃れできねえ。――くっそ~、しょっぱなから疫病神拾うとはな~。ツイテねぇ~」
「ちょっと、誰が疫病神よ!」
「オメーだよ。他に誰がいるんだよ」
「しっつれいね! それを言うなら女神でしょ! 女神!」
「妖精の次は女神かよ。どんだけ自分を過大評価してんだよ。逆に羨ましいわ」
「過大評価じゃないわよ! 正当な評価!」
「あ~、はいはい。ヒス持ちの高飛車女ね」
「ムッカ~~~~!」
ケンカに発展しそうな2人の間に、カラバが割って入る。
「ストップストップ。――お風呂沸いてるみたいだよ。花びらがたくさん浮かんでるの」
「花びら!? 私が最初! あ、言っとくけど覗かないでよ」
「ガキの風呂なんか誰が覗くかよ」
「アンタほんと長生きしないわよ?」
「まあまあ」
第2ラウンドが開始される前に、カラバは姫を浴室へと促した。
浴室の扉が閉まった瞬間にため息をついたのを、王子はしっかり聞いていた。
「お前も苦労するよな」
「おかげさまで」
一時間後――。
「う~ん……」
備え付けのテーブルの上に地図を広げ、カラバは困ったように首をかしげた。左右に傾く度に頭上の王子も右、左。
「ん~……ダメだ、全然分かんない」
「何が分かんないんだよ」
と、王子がテーブルめがけて飛び降りた瞬間
「現在地」
「!」
ビタンと良い音が鳴った。
腹から着地した王子はピクピクと痙攣している。
「ん~、こんなんなら真面目にお勉強しとけば良かったな~」
頭を抱えてマヌケな台詞を吐くネコと、
「ちょっと、そこの馬車に轢かれたカエルみたいなのどうにかしてよ、気持ち悪い」
辛辣な言葉を平気で吐き捨てる風呂上がりの小娘。
「……」
愛する人を見つけるより、旅の仲間をどうにかした方が良い前途多難なカエルの王子の明日はどっちだ。ちぐはぐトリオの珍道中はまだまだ始まったばかり。