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9.◆



「はあ? お前が将来シェリー嬢を捨てる⁉」


 フェリクス本人も馬鹿馬鹿しいと思っていたことだったが、同じようにアレックスも眉を顰めている。


「占い師が言うにはそうらしい」

「そりゃないだろう」

「当たり前だ。こちらから婚約を申し込んでおいて捨てるなんて……あり得ない」


 何の契約もしていない自然な男女の付き合いではないのだ。貴族の婚約とは本人たちだけのものではない。そこには家同士の利益が絡んでくる。時にはそういったものとは無縁のものもあるが、それらすら、家のしがらみがまったくないわけではない。


 当人同士が縁を望んでも、家が――さらにいえば当主がそれを拒否すれは、その婚約は調わないことがほとんどだ。それでも互いを望むなら、家とは縁を切ることも覚悟せねばならない。


 よって、婚約後に相手を捨てるなどと言った行為は、本来ならばあり得ないのだ。


 だがあり得ないとは言いつつも、現実にはフェリクスとシェリーの婚約話は一旦凍結している状態だ。まだ正式な婚約者ではないが、ある意味捨てられる、とシェリーに捉えられてもおかしくない状況だった。


「いや……じゃなくて。お前、シェリー嬢に一目惚れだろ? 捨てるわけないじゃないか」


 アレックスの言葉に、フェリクスの時が一瞬止まった。


 何を言っているのかと、まじまじと友人の顔を見つめてしまう。

 だがアレックスの瞳は真剣そのものだった。深い茶色の瞳に、いつもの揶揄いの色はない。


 アレックスの言っていることをフェリクスの脳が理解するまでにかなりの時間を要した。その間アレックスは辛抱強くじっとフェリクスの様子を見つめていたのだが――。

 

「…………一目惚れ?」


 しばらく経ってフェリクスがようやく聞き返した言葉に、大きく目を見開いた。


「え? 自覚なかったのか? 言ったろ。お前が自分から女性を誘うところなんてはじめて見たって。それにお前、シェリー嬢の前では気持ち悪いくらいに笑顔だったぞ」


 気持ち悪いとは何だと思いつつ、友人に指摘された一目惚れという言葉が頭の中で渦を巻き、フェリクスは反論するどころではなかった。


 確かにシェリーのことは好ましく思っていた。一緒にいても窮屈ではないし、話していても楽しい。まるで友人であるアレックスといる時のように相手に気を遣うことなく、己をさらけ出していた。

 

 だが――。


「……一目惚れ?」

「だからそうだって」


 自慢ではないが、フェリクスはこれまで女性に心を奪われたことは一度もない。だが今思えば、フェリクスの周囲にいる女性は何故か皆アビゲイルのような付き合いどころか会話にさえ支障をきたすような者たちばかりだったため、自然と嫌厭しがちになってしまったのだろう。


 フェリクスは感情的に振舞う女性が苦手だ。こちらの言うことを曲解する女性も苦手だ。フェリクスの見目に勝手に期待して、勝手に幻滅する女性も苦手だ。もっと言えばフェリクスに選ばれることを疑いもせず、恋をしているというよりはまるで獲物を狙うかのような視線をぶつけてくる女性も苦手だった。


 そのことを考えれば、なるほどシェリーはフェリクスが生まれてはじめて出会った厭うところの一つもない女性なのかもしれない。


「そうか……俺はシェリー嬢に一目惚れをしていたのか」


 言葉に出してみると、意外なほどにすんなりと納得出来てしまった。


 ふんわりとした笑顔と、フェリクスに何も期待していない視線。

 だがその視線は柔らかく、決してフェリクスを拒絶しているわけでもない。


 フェリクスはいつも、シェリーに見つめられることが心地よい、と思っていた。


 思えばフェリクスは最初からシェリーの雰囲気に惹かれていたのだ。それを世間では一目惚れと言うのかもしれないと、フェリクスは納得した。


「俺にしてみれば、お前が気づいていなかったことが驚きだよ。だがまあ、シェリー嬢が初恋じゃあな。自分の気持ちに気付かなくとも無理はない。加えてシェリー嬢は今までお前の周りにはいなかった種類の子だからな。なおさら気づかなかったんだろう。お前は公爵家の生まれで、公爵家と付き合えるような家柄の娘さんたちはこう言っちゃなんだが……少々扱いに困るような性格が多い。お前の好みとは真逆だ」

「……だから、何でお前は俺の好みを知っているんだ」


 フェリクスがそう問えば、アレックスは可笑しそうに頬を緩めた。


「何年友人やってると思ってるんだ」

「俺はお前の好みを知らない」


 すでに結婚していることを考えれば妻が好みなのかも知れないが、アレックスのところも一応は政略結婚であるので、一概にそうとも言えないだろう。


「ああ、お前はそうだろうな。気にするな。性格だ」


 そう言われればなんとなく面白くはなかったが、実際アレックスは色々なことによく気が付くのだ。騎士隊に入隊した時期はほぼ同時期だったが、現在ではアレックスの方が階級は上になっている。僅差ではあったが、組織では明確な差だ。


「それよりも……シェリー嬢にも占い師が関わっているとなると、相手は本気だな」

「そうだな。まさかアーモンド家にも手が回っているとは……」


 たとえ占いの結果が悪くとも、子爵家のアーモンド家から公爵家のランズベリー家に婚約の撤回の話は持ち込めないだろう。だというのにわざわざそれをするということは、ランズベリーから婚約の白紙撤回が持ち込まれた際に、アーモンド家がそれに些かの文句も言うことなく承諾する流れを作りたかったということだ。実に徹底している。


「そこまでしてお前と義母上の姪をくっつける旨味は何だ?」


 これ以上ランズベリー家と義母の実家の繋がりを強める必要はない。今でさえ、かなり好き勝手にやっているのだから。


 けれど当主が代替わりした時のことを考えてということも、あり得るかもしれないとフェリクスは思っていた。当主が兄に変われば、義母は今のようには自由に公爵家の資産と名を使えなくなる。そして義母の実家は少なからずその恩恵に与っているのだ。

 

 もし義母と義母の実家がランズベリー家の当主が交代した後のことを考えているとしたら、兄はすでに結婚しているため、更なる縁を結ぶならここでもやはりフェリクスしかいないのだ。


 そして懸念はあと一つあるのだが、そちらに関してはフェリクスの考えすぎであると、今のところはそう結論を出している。


「……兄の周辺にも今のところ危険はないし、次期公爵のすげ替えを狙っているのでないならば、特には思い浮かばないな」


 万が一ということも考え、フェリクスはアビゲイルに姪を薦められた時から兄に護衛を付けていた。


 今のフェリクスはただの爵位もない騎士だが、もし兄に何かあればフェリクスがランズベリー公爵家を継ぐことになる。一応は義母(はは)となる人間相手にあまり考えたくはないことだったが、兄を排除し、自分の姪を嫁がせたフェリクスを次期公爵につけようとしていると想定して、フェリクスもアビゲイルと父の周辺を調べてはいたのだ。


 だが調べても何も出てこないうえ、兄の周囲にも不審な者の動きはない。


「お前の言う通り、あの義母上は次期公爵のすげ替えなんて重犯罪、やるような玉とは思えないがな~。それにさすがに実の息子の排除なんて、お前の父親だって承諾しないだろ。となると、本当にただ嫁ぎ先を失った姪の為、ということも考えられるか」

「それだって普通に考えればあり得ないぞ」

「そのあり得ないことを平気でやっちゃうのが、あの女性(ひと)じゃないのか?」


 フェリクスはアレックスの言葉に頭を抱えたくなってきた。


 婚約破棄された自分の姪の新たな嫁ぎ先を用意するためだけに、すでに調いつつあった婚約をぶち壊す。よもやとは思っていたが、よくよく考えればいかにも自分勝手な義母のしそうなことだった。


「……勘弁してくれ」


 なぜこうも面倒事ばかり起こすのかと、フェリクスはアビゲイルを義母に持ってしまった己の身の上を嘆いた。


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