表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/14

7.◆



「そりゃ朝から大変だったな」

「まったくだ」


 フェリクスのアビゲイルに対する愚痴を聞き終えたアレックスが、苦笑いをしている。


 アレックスも義母には何度も面識があるので、フェリクスのその時のうんざりとした心持ちを正確に理解してくれたのだろう。朝から騒がしい義母の顔を見るだけでも不愉快だというのに、会話までしてしまったのだからフェリクスの気が滅入るのも当然のことだった。


 一度はそんな環境に嫌気が差して家を出ようかとも考えたフェリクスだったが、しかしそうなるとあの両親を兄と、兄の妻だけで抑えなければならなくなる。フェリクスは両親の抑止力として家に留まることを余儀なくされていた。


「まったく……なんであの女性(ひと)はああも感情的なのか……」

「お前の態度も関係していると思うけどな」

「俺の?」

「きつい言い方したんだろ」

「あんな好き勝手に振舞っている人間を敬えと?」

「そうは言ってない。けど表面だけでも機嫌を取ることは出来るだろうに……」

「冗談。吐き気がする」


 フェリクスが顔を歪めると、その表情を見たアレックスが溜息を吐いた。


「まあ今更か……。それよりも、お前の婚約が止まっているのって、あの占い師のせいなんだよな?」

「ああ。それがそもそもおかしいとは思っているんだが……」


 父とアビゲイルがフェリクスの婚約を止めると言い出したのは、つい先日――一週間程前のことだ。その話を聞いた時の兄とフェリクスは、揃って口と目を見開き、言葉もなく二人を凝視してしまった。


 フェリクスも兄も両親のことを普段から気まぐれな者たちだとは思っていたが、まさか己の息子の婚約にまでその気まぐれを発揮するとは思っていなかったのだ。


「そうだよなあ。本物ならまだしも、あいつは偽物だ。金銭で占いの結果を変えるなんてしょっちゅう、自分の占い通りにことを進めるために裏で危険な小細工までしている。普通に占った結果じゃないだろ。……となるとお前の今の婚約話が取りやめになることで得をする人間がいるはずなんだが……」

「問題はそれが誰かということだな」

「考えられるのはお前に娘を嫁がせたい何処かの輩が占い師に金銭を積んだ、か?」


 ランズベリー公爵家は父はろくでもないが祖父の代に築いた信用と資産がある。そして今は兄が父の補佐に入ることによって、その信用と資産を繋ぎとめている状態だ。よって、今代は駄目でも次代は期待できることを知っている者たちにとっては、ランズベリー公爵家と縁を繋いでおくことにはいまだ幾何かの旨味があるのだ。


「だがなあ。該当者が大勢いそうなところがまた厄介だよな。あるいは家ではなく、単にお前の婚約の話を知ったどこぞの令嬢が個人的に占い師にお前の婚約が無くなるよう頼んだのかもしれないぞ」

「そこまでするか?」


 フェリクスが公爵家を継ぐというのならまだ分かる。だがフェリクスは次男であり、爵位も持っていない。

 本来ならばフェリクスが受け取るべき爵位もあるにはあるのだが、父にはフェリクスに爵位を渡す気はまったくもってないらしい。フェリクスとしてもとくに爵位を欲しいとは思っていないので何も言わないだけだった。


 だがそうなるとフェリクスは所属している騎士隊からの給金しか入ってこないことになる。とても贅沢に育った貴族のご令嬢を養えるような金額ではない。万が一平民の女性がフェリクスを狙っていたとしても、彼の占い師に依頼をするには相当の金額がかかるので、そちらも考えづらいのだ。


「お前、自分の人気をわかっていないな? 内面はどうあれ、(がわ)は良いからな。お前、年若いご令嬢たちの間では理想の恋人なんて言われているんだぞ?」

「はっ、理想の恋人って……」 


 皆上辺だけしか見ていないということがよくわかる。


 実際のフェリクスはアレックスに言わせれば唐変木で朴念仁、残念な奴らしいが、上辺は完璧な紳士なのだそうだ。だが体裁を整えるのは公爵家という家柄に生まれた者の最低限の務めであると、フェリクスは考えていた。身近に父という反面教師がいたことも、フェリクスを表面的にだけでも紳士足らしめた理由だったのかもしれない。

 

「だが――そのことについてだが……もしかしたら、というものが出て来た」


 フェリクスがそう切り出すと、アレックスの目が鋭い光を見せた。


「なんだ?」

「今朝義母上に絡まれたと言ったが……」

「ああ」


 フェリクスがアレックスに話したのは、出がけにアビゲイルに呼び止められ適当にあしらったら癇癪を起されたことのみだ。


「義母の姪を薦められた」

「姪? 姪って……今何歳だよ」

「確か……十七、シェリー嬢と同じ歳だな」


 だが性格はシェリーとは大違いである。あの姪は義母同様、かなり性格がきつい。一見そうは見えないが、義母との会話を聞いていると言葉の端々に小さな見つけにくい棘が隠れているのだ。


「何だよ、もしかしてその姪をお前に嫁がせたいがために、その姪の親かお前の義母上があの占い師を使ったのか?」

「かもしれないな。その姪はつい先日まで別の相手と婚約をしていたんだが、その婚約を破棄されたらしくてな。義母としてはその姪を俺に宛がおうと思ったのかもしれない。その姪が俺に嫁げば、自分の下に置いたままに出来るしな。随分と気に入っているようだったから」


 婚約を破棄、と聞いたアレックスが目を剥いた。


「婚約の破棄……何があった?」

「理由はまだわからないが……今朝出勤してすぐに姪が婚約していた家と縁のある奴に聞いた話によると、どうも婚約が駄目になったのは一週間程前らしいな。義母が婚約話の白紙撤回の話を持って来た時期と重なる。これで関係ないということはないだろう」


 嫁ぎ先を失った義母の姪に相手を用意する。その相手に選ばれたのがフェリクスだった。それは十分あり得ることだった。


「となると今回のことはやはりお前の元にその姪を嫁がそうとしてのことか? だったら間に占い師の忠告という理由を挟んだことにも納得出来るな」


 婚約話を白紙に戻した理由を占いの結果だとしておけば、真実を知られた場合も言い訳が出来る。馬鹿らしいと一蹴されてしまうような言い訳ではあるが、それでもアーモンド家さえ口を噤んでしまえば済んでしまう話ではあった。今回ばかりはアーモンド家の者たちが善良であることが裏目に出たのかもしれない。


「そうなれば、やはり占い師を使ったのは義母の実家しかないだろうな。まあ、まだはっきりと決まったわけではないが……」


 フェリクスが嘆息すれば、アレックスが真剣な表情で悩まし気に眉を顰めた。


「一応その線も……というくらいだな、今のところは。お前の義母上は一連のこと、すべて知っていると思うか?」

「……どうだろうな。あの義母にすべてを話すのは危険な気がする。感情的で癇癪持ちのどうしようもない人だが、細かな悪だくみが出来る人でもない。うっかり秘密を話されては自分たちの身が危険だからな」


「うーん。まあどのみちあの占い師のことをお前の義母上が知っていたとしたら……何らかのお咎めは逃れられないだろうな」


 アレックスの言葉に、フェリクスはただ頷いた。


「それよりも……お前、今度いつアーモンド家のご令嬢と会うんだ?」


 急に話題を変えて来たアレックスに対し、フェリクスは眉を顰めた。見ればアレックスの表情にはいつものにやにや笑いが浮かんでいる。これはフェリクスを揶揄おうとしている時の顔だ。


「何故そんなことを聞く」

「いや、気になるから。だってお前が自分から女性を誘うところなんて、俺はじめてみたし」

 

 確かにフェリクスは普段自分から女性を誘うことはない。誘いたいと思ったこともない。だがシェリーに対しては無意識に唇が言葉を紡いでいた。


「……一応まだ婚約話は無くなっていないんだ、当たり前だろう。あそこで会ってそのまま別れたんじゃ、話が止まっている今相手を不安にさせる」

「そんな気遣いするようなお前じゃないだろう? ま、お前の気に入りそうな()だったからな」

「……俺が気に入りそうな? お前は俺の女性の好みを知っているというのか?」

「ん、ああ。ようするにお前の義母とは正反対な感じかなと」


 あっけなく紡がれたアレックスの言葉に、フェリクスは反論が出来なかった。正解だからだ。


「で、いつ会うんだ?」

「……明後日だ」


 別に出かける日にちを友人に知られたからといってどうとういうこともないだろうと、めげない友人にフェリクスは仕方なくシェリーと出かける予定日を告げた。


「ふーん。ま、頑張れよ」


 今日ばかりは友人のにやにやとした笑い顔が妙に癪に障る。


 何をどう頑張るのかそこら辺を問い質したい思いはあったが、どうにも自分で自分の首を絞めそうな予感がしてフェリクスはそのまま口を閉ざした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ