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3.◇



「ねえ。占いどうだった?」


 高く結い上げ一本に纏めた艶のある黒髪を揺らし、シェリーの友人であるエイダが好奇心の隠しきれていない瞳で、占いの結果を聞いてきた。青い瞳が猫の瞳のようにキラキラと輝いている。そしてその瞳と同じ色をした大きな宝石も、エイダの指で煌めいてた。


「……エイダ。その指輪の宝石、すごく綺麗ね。エイダの瞳みたい」


 エイダの関心をシェリーの占いの結果から逸らせるための言葉だったが、本心でもあった。


 エイダはいつも最新式のドレスや宝飾品を身に着けており、それを褒められるととても喜ぶ。今日着ているドレスも人気のデザイナーのものであるし、シェリーが褒めた指輪の宝石も、見たことのないほどに大きく透明で、煌めいていた。


「ふふ……! でしょ! こんなに大きなものはなかなか手に入らないのよ?」


 シェリーが思っていた通り、エイダはすぐに話に乗って来た。手の甲をシェリーに向け、白く細い指をひらひらと動かしている。その度に、エイダの指に嵌った指輪の宝石がキラキラと輝いた。


 しかし普段ならこのまま自慢話に移行するはずだったのに、今日のエイダは誤魔化されてはくれなかった。


「まあ、今日はそれよりも……あなたの占いの結果よ。ねえ、どうだったの? 教えてちょうだい!」


(ああ……誤魔化されてくれなかったわ)


 好奇心旺盛な友人に、シェリーは内心で小さく溜息を吐いた。



◇◇◇



 今日シェリーは友人のエイダと、とある店に来ていた。その店は主にデザートを中心に扱っていて女性に人気が高い。エイダとは何度も来たことのある店だった。


 エイダはケーキの上に乗った艶々と輝く宝石のような果物をフォークでつつきながら、シェリーの答えを待っている。しかしシェリーが逡巡していた僅かな時間すら、気の短いエイダを苛立たせるには十分だったらしい。


「ねえ、シェリーったら! 早く話しなさいよ!」


 エイダはこれ以上待ちきれないといった様子でシェリーに話を促してきたのだが、その口調は些か強めである。エイダのその子どものような態度に、シェリーは密かに溜息を吐いた。


 エイダは気の強い美人なのだ。

 強そうな、ではなく、真実気が強い。


 自分が一番だと思っている節があるが、実際美人でおしゃれなエイダは社交界でも注目を集めやすい。だからこそとでも言うのか、エイダの自信たっぷりな態度に驚きつつも、エイダと正反対なシェリーはいつも少しだけその自信を羨ましいなどと思ってしまうのだ。


「シェリー! 聞いてるの⁉」

「え、うん。聞いてる、聞いてるわ!」


 そして少々気分屋で、物事を軽く捉えがちでもある。

 

 シェリーの他の友人たちは皆、おっとりした性格のシェリーであるからこそ付き合っていられるのだと言うが、シェリーとしてはそんなエイダにも可愛らしいところはあると思っていた。皆が忌避しがちな性格とて、言い換えれば純粋で素直であると捉えることもできる。


 それにこうやって、予約の取れない人気の占い師を紹介してくれたりもするのだ。


「わ、わかったわ。えっと、それがね……」


 将来婚約者に捨てられる、とはいくら友人といえども話し難い話ではある。だがあの占い師を紹介してくれたのはエイダであるしと思い、シェリーは観念してエイダに占いの結果を告げた。



◇◇◇



 シェリーが話し終えると、エイダは目と口を僅かに開き「まあ」と声を零した。


「……なんてこと! でも、あの占い師は本当によく当たるのよ。ねえ、シェリー。悪いこと言わないから、婚約を考え直したら?」


 シェリーの瞳を見つめながらエイダが眉を顰めた。将来捨てられるかもしれない相手との縁など、繋ぐべきではない。エイダのその反応は心情的には正常なものだろう。


 だが――。


「でも……私まだ誰とも婚約していないのよ」


 そもそもの問題はそこなのだ。


 すでに婚約が調っていたらいたで面倒だったのだろうが、調ってもいない内から捨てられると言われても、正直に言えば困ってしまう。今は一時凍結となっているが、もしまた話が進みだしたとしても、やはりアーモンド家から断りを入れるのは難しい。


(知れて良かったのか、知らないでいた方が良かったのか……微妙なところね)


 だがシェリーの言葉を聞いたエイダは、「え」と言った切り黙り込んでしまった。少しだけ狼狽したようなその表情は、エイダにしては大変珍しいものだ。


「エイダ?」

「え、ええ。あの……シェリーはまだ婚約をしていなかったかしら? 私はてっきりすでに婚約しているものと思っていたわ」


 エイダがそう思っていても無理はない。だいたい貴族の令嬢で十七ともなれば、女性は婚約者がいるのが当たり前なのだ。この歳で婚約者のいないシェリーはめずらしいとも言える。


 シェリー自身あまりそういった類の話をしないので、エイダも常識から判断してシェリーにはすでに婚約者がいるものと思い込んでいたのだろう。そういうエイダとて、二年前には侯爵家の嫡男と婚約を果たしているのだ。


 実際にはシェリーとて婚約寸前まで話が進んでいる状態だったが、そういった事柄は完全にことが成るまでは互いにおいそれと口にはしないものだ。


 だがエイダはシェリーの友人であるし、シェリーのことを心配してくれている。少しくらいなら話しても大丈夫だろうと、シェリーは相手が誰かということについては濁し、エイダに状況を説明した。


「父も私に伝えていなかっただけで、そろそろだと思っていたらしいの。でもあんなことを言われてしまったら……」

「そうよね! あの占い師は未来の婚約者について言ったのかもしれないわ!」


 急に声の大きくなったエイダに驚きつつも、シェリーは一応頷いた。


「そ、そうなの。だから困っちゃって。だって将来のことを言っているのなら、相手が誰かはわからないということでしょ? 今来ている話が無くなっても、もしかしたら次の婚約者のことかもしれないし」

「そうかもしれないけど……ねえ、その話が来ているって相手は誰なの? 今度はその人の名前を出して占ってもらえばいいじゃない!」

「ええ? でも……予約が取れないのでしょう?」 


 今回だってエイダの口利きで占ってもらえることになったのだ。乗り気ではなかったとはいえ、大人気の占い師に占ってもらえたのは、エイダのお陰であるとシェリーは感謝していた。


「予約ならまた取れるわ! お得意様なのよ私!」

「でもね……たとえそうだとしてもこちらからは断りにくい家なのよ」


 だったらこれ以上はっきり聞かない方がいい気がするのだ。聞いてしまえば、無意識にそういう目で相手を見てしまう。


 ああ、この人は将来私を捨てるのだと。


 それに考えても見れば、将来婚約者に捨てられると言うのなら、その婚約者に捨てられた後ならば、安心して新しい婚約者を作れるのではないかと、シェリーは思っていた。


(捨てられる、ということは、相手に別の恋人が出来るとか、どうしても生理的に無理だったとか、ようするに相手からの一方的な婚約の破棄ということよね?)


 そうなれば非は向こう側にあるということだ。ならば婚約が無しになった後でも、アーモンド子爵家に婿に来てくれる人はいるかもしれない。そう思ったのだ。


「……そうなの」


 エイダの声が急に萎んだことを訝しく思ったシェリーがエイダに目をやれば、エイダはなぜか不貞腐れたような表情をして、小さな可愛らしい唇を尖らせている。


「エイダ?」

「……友達なのに、教えてくれないのね」

「あ、あの。ごめんなさい。でも、本当に軽々しく口に出来ることじゃなくて……」


 万が一エイダの口からランズベリー公爵家にこの話が伝われば、アーモンド子爵家がランズベリー公爵家との縁談を厭うていると誤解されかねない。エイダを信じていないわけではないが、ここは他人の目がある店の中でもあるので、注意するに越したことはないのだ。そしてそれは占い師にしても同じだった。


「……そう。それってかなりの家柄の相手ってことよね」


 けれどエイダも分かってくれたらしく、急に機嫌を直して、シェリーに向かってにっこりと微笑んだ。


「でも、やっぱり私はその婚約やめた方がいいと思うわ!」


 そう言うエイダの表情は、自信たっぷりの強気なものである。


(ええ……。そんなこと言われても……)


「エイダ……、あのね」

「あの占い師、本当によく当たるのよ! その婚約をやめて、次の相手を見つけた方があなたの為よ!」


 シェリーの言葉を遮り力説するエイダの瞳は、やけにキラキラと輝いて見えた。

 

 そのエイダの迫力に気後れしたシェリーは、「考えておくわ……」と曖昧な返事をするに留めるほかなかった。


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