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2.◆



「進んでいた婚約話、どうなった?」


 フェリクスが休憩所で休んでいると、十年来の友人であるアレックスが声をかけてきた。アレックスは銀髪からしたたる汗を手持ちの布で拭き、休憩所に用意されている柑橘類を絞った水をグラスに注いでぐいと飲み干した。

 

 そして一息ついたところで、フェリクスに件の言葉を投げかけたのだ。


 友人の、その普段は理知的な茶色の瞳に隠しきれない好奇心と揶揄いの色を見てとり、フェリクスはわずかに眉を顰めた。


 フェリクスは今年二十三になるが、いまだ結婚はしていない。そもそも貴族の次男は家を継げないため、どこかへ婿入りするのではない限り、結婚をしない者も多い。だがフェリクスの場合名門公爵家の血と、生まれ持った美貌のためおそらく将来はどこかの家へ婿入りすることは確実だろうと、幼い頃から言われてきた。そして実際そうなっている。


 フェリクスはとある子爵家に婿入りする予定だった――のだが。


「……白紙になるかもな」

「あ? 何があったんだ?」


 何があったと聞かれたフェリクスは、説明するのも馬鹿らしいという気持ちを何とか堪えてアレックスに詳細を説明をした。おそらく、共感して欲しい気持ちが勝ったのだろうとは、自己分析の結果である。



◆◆◆



 公爵である父と子爵家の当主との間で半年程前から進められていたフェリクスの婚約話であったが、今は一旦止まっていた。理由は父の後妻であるアビゲイルが原因だ。しかしその理由があまりにも馬鹿馬鹿しくて、別にこの婚約を心待ちに望んでいたわけでもないフェリクスでさえ、鼻白んでいる。


 あとは相手の家の令嬢に話をする段階だった婚約にアビゲイルが待ったをかけたのは、こんな理由だった。


 曰く。


 町で評判の占い師からこの婚約を止めた方が良いと言われたからだという。


 その占い師が言うには、フェリクスの婚約者となるはずだったアーモンド家のシェリー・アーモンド。彼女とフェリクスが結婚すると、アーモンド家は破滅、その余波はランズベリー家にも及ぶらしい。あまりにも馬鹿馬鹿しい言い分だった。


 アーモンド家は子爵家だが、別に借金があるわけではない。子爵夫妻も堅実で、欲がなく誠実でなかなかに優秀な人達だ。しかもこの縁談は公爵家から申し込んだものでもある。


 この婚約話は前当主である祖父が若い頃アーモンド家の当主に世話になったことが理由で、ランズベリー公爵家からアーモンド子爵家へと申し込んだものだ。祖父は死ぬ直前、父にアーモンド子爵家と縁を繋ぐよう言い残して亡くなったらしい。

 

 兄はその時にはすでに結婚をしていたし、どのみち娘が一人しかいないアーモンド家の娘を公爵家の嫁にすることは出来ない。縁を繋ぐ役目は必然的に、次男であるフェリクスのものとなった。


 だが人格者で今も方々に影響力のある前当主である祖父が繋いだ縁――しかも遺言だというのに、アビゲイルと現当主である父はそんなくだらない理由でこの縁談を反故にしようとしているのだ。


 どうにか兄が白紙撤回ではなく一時凍結で抑えてはいるが、それもいつまで持つかはわからなかった。


 フェリクスの話を聞き終えたアレックスは、眉を顰め吐き捨てるように呟いた。


「ああ――あの占い師か」

「そう。あの占い師だ」


 件の占い師は世間での評判は良いが裏では金銭で占いの結果を変える、あるいは己の占いを真実とするために人を雇って細工をするという悪徳占い師だった。だがあくまでそれは裏の顔であり、知っている者は限られる。なぜフェリクスと友人がそれを知っているのかと言えば、フェリクスと友人が所属している騎士隊で現在動向を調べている人物だったからだ。


 その占い師が騎士隊の観察対象となったのは、こういう理由だった。


 件の占い師は王家の者すら信を置く有名な人物であったが、だからこそその能力が本物であるのかどうかを調べて欲しいと、宰相から直々に頼まれたのだ。


 それに彼の占い師が占いをもってして王家に取り入ろうという魂胆がないとも限らない。宰相にしてみれば当然の心配だった。


 調べてみれば、確かに件の占い師の能力はすさまじかった。しかしそれだけならばただ能力のある占い師ということで済んだのだが、調べていくうちにその占いの結果が特定の人物に都合の良いものの上、そこに辿り着くまでにそうならざるを得ないような不審な出来事が起きていることも徐々に分かって来たのだ。


 宰相から話があったのが、今から三か月前のこと。それから三か月、騎士隊はずっと占い師の動向を探っていた。そしてある程度の証拠が集まり、あともう一押しの決定的な証拠が見つかれば即検挙というところまで来ていたのだ。


 そこへ来て、義母であるアビゲイルの口から占い師の名が出て来たというわけだ。


「いくら前公爵の遺言とはいえ、縁談を申し込む時には当然その家のことも調べたんだろ?」


 フェリクスは友人の言葉に、当然だと頷いた。アーモンド家には些かの瑕疵もない。二代前の曾祖父の代から子爵家に陞爵されたが、よくやっている。縁談相手のその令嬢にも悪い噂はひとつもなかった。


「だったら、その占いの内容じゃお前がアーモンド家に婿養子に入ってから何かが起こる――あるいはとてつもない失敗をするという意味合いにも取れるよな?」

「そうだな」


 一応フェリクスはどこの家に婿入りしても大丈夫なように、兄と共に祖父から当主教育を受けている。爵位により多少の違いはあれど、どの爵位の家に行っても問題は起こらないだろう。フェリクス自身、大抵の問題には対処できると自負していた。


「なるほど。その占い師はランズベリー公爵家に喧嘩を売ったわけか。検挙の理由が増えたな」


 さすがにそんなことくらいでは検挙の理由にはならない。

 友人は冗談を言ったのだ。


 それは理解していたが、心情的には大いに賛同できる。問題はその売られた喧嘩を父が買わずに、後妻の言いなりになっているということだ。


「兄は馬鹿げていると言って父と義母を諭してくれたようだが……一応当主はまだ父だからな」

「ああ……父親があまりにも優秀だとその息子は駄目になるとはよく聞くが……ランズベリー家は正にその典型だな。……おっと、失礼。俺も喧嘩を売ってしまった」


 少しも申し訳ないとは思っていないだろうにやけた顔の友人に、フェリクスは「構わない」とだけ告げて椅子から立ち上がった。午後はまた鍛錬の時間となるのだが、何とも気が乗らない。


「さて、どうしたものかな。このままでは本当にこの婚約はお流れになりそうだ」


 馬鹿馬鹿しい理由ではあるが、公爵である父がこの縁談をなかったことにと言えば、いくら思うところがあろうとアーモンド子爵家はそれを受け入れるしかないだろう。その経緯を世間に言いふらすような性根の者たちではないことはすでにわかっているが、だからこそこちら側の不義理が過ぎる。


「あとしばらくしてからならば、そのまま白紙に戻す話を進めても良かったんだが。今はまだまずい」


 何の理由もなく――否、義母にとっては占い師の言葉は正当な理由になり得るのだろうが、世間はそれを認めない。そしてそれは兄とフェリクスもだ。


「ランズベリー公爵家の名に傷がつくな。でもな……お前もそろそろ婚約を調えても良い歳だろう?」


 かくいうアレックスは去年結婚し、現在妻は妊娠中だ。フェリクスは今年二十三になる。結婚を急ぐ程ではないが、結婚する気があるのなら婚約者くらいは持っていても良い歳だ。


「まあそうだな。それに祖父の遺言ならばなるべく叶えたい思いもある。兄と共に随分可愛がってもらったからな」


 フェリクスは何も積極的に結婚をしたいわけではなかったが、どうせするなら敬愛していた祖父の希望に添うことが出来れば良いとも思っていた。


「だがそれも、出来得る限り、という話だ」

「ああ~、間が悪いっちゃ、間が悪いよな。今回ばかりはあの占い師の言うこともあながち間違いではないということか」

「馬鹿言え。義母が言われた占いの結果は反対だろ。それに、たとえ婚約が白紙にならずとも公爵家(うち)の問題を婚約者となる相手の家にまで及ばせるつもりはないぞ」


 フェリクスがそう言えば、「そりゃそうだな」と、アレックスが楽し気に片頬を上げた。


作品では悪徳占い師が出てきますが、占いは結構好きです。

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