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人気占い師に将来婚約者に捨てられると言われましたが、私にはまだ婚約者がいません。……どうしましょう?  作者: 星河雷雨


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13/14

13.◆



「な、なんですって……!」


 真っ赤な唇をわなわなと震わせ目を血走らせているエイダは、まるで魔女のようだった。


 エイダが口にしている汚い言葉も、すでにフェリクスの耳を素通りしている。聞く価値などまったくなかった。


 今のフェリクスは目の前でぽかんとしているシェリーにだけ神経を集中させていた。


 友人の去って行った方向を見つめるシェリーの表情に色はない。薄茶色の大きな瞳は涙で潤んでいた。


「シェリー嬢。大丈夫ですか?」


 フェリクスが問いかければ、シェリーは一度大きく目を見開き、次いで物問いた気な視線でフェリクスを見つめて来た。この状況の詳しい説明を望んでいるのだろう。


「シェリー嬢。とりあえずこの場から離れましょう」

「……はい」


 占い小屋から外へ出ると、大勢の人間が集まってきていた。馬車からこちらを覗いている紳士は、おそらく次の予約客だったのだろう。その紳士に騎士隊の一人が近づいていた。


 この占い師の客だった者はすべて、占い師の裏でしていた犯罪行為を知っていたか否かを調べなくてはならない。あの紳士同様、他の者たちにも騎士隊の聴取が行われるはずだ。シェリーに関してはアレックスの計らいでフェリクスが聴取を取ることになっている。


 フェリクスは突然の捕り物劇でごった返す場所から離れ、少し離れた位置に停めておいた馬車の中へ入るようシェリーを促した。フェリクスに促されるままに馬車へと乗り込み、座席に腰を降ろしたシェリーが小さく溜息を吐いたあと「驚きました……」と力ない声で呟いた。


「……でしょうね」


 シェリーにとってみれば、正に思いもかけない事態だろう。目の前で友人が騎士隊に拘束されるなど、誰しも経験することではない。捕り物劇が始まる少し前から、フェリクスは入り口付近であの占い師とエイダがシェリーを追い詰める場面を見ていたが、あれは酷かった。一対二でああも矢継ぎ早に言葉を繰り出されてしまえば、普通の人間ならば取り込まれてしまう。シェリーが決定的な言葉を口にする前にあの二人を捕らえることが出来て本当に良かったと、フェリクスは内心では大いに安堵していた。


 けれど確保されてからのエイダがシェリーに放ったあの言葉の数々。フェリクスはシェリーが傷ついていないか心配だった。


「シェリー嬢。大丈夫ですか?」


 先ほどと同じ問い掛けをしたフェリクスに、シェリーは「大丈夫です」と答えた。だが本心はどうだかわからない。大丈夫かと聞かれれば、大丈夫と答える者が大半だ。

 フェリクスは当たり障りのない言葉しか掛けられない己に苛立ちながらも、シェリーの些細な様子の変化も見逃すまいと、注意を払った。


 シェリーはやはりまだ上手く事態を飲み込めていないようで、ぼうっと何もない足元を見つめたままだ。


 だが、しばらくするとシェリーが口を開いた。


「あの……エイダはどうなるのですか?」


 友人を想うシェリーの心配そうな表情に、フェリクスの心が痛んだ。


 エイダは己の為にシェリーを利用した。調いつつあった友人の婚約を壊そうなど、シェリーを友人と思っていたのかさえ怪しい。だがそれを知ってもなお、シェリーはエイダの心配をしているのだ。


「……エイダ・ウィールライトは罪に問われます。占い師を使ってあなたに偽の忠告をさせ、占いに真実味を持たせるための卑劣な工作までしています。そもそもあの占い師と結託して悪事を働いてた大元締めが、ウィールライト家なんです。あなたの御母上のブローチが無くなったのも、馬車の車輪が壊れたのも、使用人が破落者に襲われたのも、みなエイダ・ウィールライトの指示ですよ」


 フェリクスがアーモンド家に起きたそれらの事件を知ったのは、騎士隊の仲間からだった。アーモンド家の使用人が破落者に襲われた日、警邏に出ていたのがフェリクスとアレックスの知り合いの騎士だったのだ。

 その騎士から襲われた使用人が勤める家の名を聞いたフェリクスは驚き、最近のアーモンド家の様子を調べたのだ。すると使用人の件のほかにも邸内での盗難、馬車の事故等の話が出て来た。


 盗難に関してはアーモンド家に来てまだ日が浅い使用人を買収し、馬車の故障に関しては、夜の内に人を差し向けたらしい。アーモンド家の警備は手薄だったらしく、僅かな時間のみの細工ならば難なくこなせたというのは、すでに捕まえてある実行犯の言葉だ。使用人を襲ったという破落者たちも、間もなく捕まるはずだった。

 

 とにかくアーモンド家に起こったことを知ったフェリクスはすぐにシェリーに会いに行こうとしたのだが、アレックスに止められた。


『気持ちはわかるが、待て。おそらく相手側が強硬手段に出たのは、お前とシェリー嬢が親しくなったからだ。これ以上お前たちの仲が良いことを相手に知られたら、今度はシェリー嬢本人に危険が及ぶかもしれない。その前にさっさと証拠を揃えて犯人を捕まえるぞ』


 アレックスの言うことにはフェリクスも納得できた。アーモンド家に不幸が起こり始めたのは、フェリクスがシェリーと街へ出かけたすぐ後からだ。これ以上アーモンド家に手を出させないためにも、フェリクスはシェリーの元へ行きたい思いを何とか堪えたのだ。


「……そんな」


 シェリーが顔を歪め、口元を小さな両手で隠した。泣きたいのを堪えているのだろう。


 己の家族に起こった不幸な出来事。いくら大事には至らなかったとはいえ、それが自分の友人の仕業だと聞かされては平常心でいられるわけはない。


「……そしてウィールライトは俺の義母の実家でもある」


 フェリクスの告白に、シェリーが目を見開き、フェリクスを見つめて来た。


 フェリクスの義母がウィールライトの出だと言うことは、釣り書の書面には書いてある。だがフェリクスとシェリーの婚約はまだ調っていないため、シェリーはそのことを知らなかったのだろう。


「……フェリクス様の?」

「はい。実の母ではなく後妻ですが、それでも今回の黒幕は義母の実の父と弟。身内が犯罪に関わっていたことは事実です。祖父の功績でなんとか名声を保って来たランズベリー家ですが、さすがにこれまでのようにはいかない。少なからず評判を落とすでしょう」


 義母はフェリクスの想像通り、実家であるウィールライト家が行っていた悪事を知らなかった。だが知らないでは済まされないのが貴族というもの。義母はすでに嫁いでいたため何とか実刑は免れるだろうが、おそらく相当額の罰金を科されることになるだろう。何しろ占い師の被害者の中には王族もいるのだ。


 フェリクスの父が義母の実家の悪事を知っていたかは判断が難しいところではあるが、決定的な証拠でも出ない限りさすがに公爵を罪には問えない。こちらもお咎めはなしとなるだろう。それにフェリクスの見立てでは、あの父は面倒な犯罪に手を染めるような人間ではない。ランズベリーの名を貸す程度のことならばしたかも知れないが、それだけでは実刑に処すには至らない。


 それでも今回のことの責任を取る形で、すでに父は公爵の座を兄に譲り、義母とともに王都から遠い領地で隠居することが決定している。


 これでフェリクスとシェリーの婚約を阻んでいた問題はなくなった。だが、今度はまた別の問題が出てきてしまった。その問題は当初から想定されていたものであるとはいえ、シェリーへの想いを自覚している今のフェリクスにとっては、なかなかに厄介な問題だった。


 フェリクスは身体を隣に座るシェリーの方へと向け、その嫋やかな手を取った。


「フェリクス様……」


 フェリクスを見つめるシェリーの瞳に、失望は浮かんでいない。あるのは気遣いと、慈しみだけ。その瞳に勇気づけられ、フェリクスは口を開いた。


「ランズベリー公爵家は、身内から犯罪者を出してしまいました。義母が実刑で裁かれることはありませんが、それでも、かつて名門として名を馳せ、周囲に多大な影響力を誇っていた家の衰退に、世間の見方は厳しいでしょう」


 後妻の実家が行っていたこととはいえ、貴族の結婚とは家同士を繋ぐもの。ウィールライト家の起こした問題は、ランズベリー家の監督不行き届きという問題も孕んでいた。そして実際、祖父である前公爵が存命だったなら、ウィールライト家もこのような悪事に手を染めることはなかっただろう。


 それ以前に、これまでの父の評判が芳しくなかったことも、今回悪い方へと働いている。


 今のフェリクスはそれこそあの偽占い師の言った通り、アーモンド家を不幸にしかねない。もちろん、色々と言って来る相手を黙らせるだけの力はまだランズベリー家には残っているし、フェリクスも兄もウィールライト家の問題をアーモンド家にまで及ばせるつもりはない。


 けれど、相性が悪いなどとは思いたくないが、優しく、思いやりのあるシェリーにはフェリクスよりももっと良い相手が見つかるはずなのだ。


 だがそれが分かっていてなお、フェリクスはシェリーを諦めることができないでいる。


「シェリー嬢。それでも……貴女は俺との縁を結んでくださるでしょうか?」


 シェリーは一度大きく目を見開き、すぐにその目を柔らかく細めた。


 薄い茶色をした大きな瞳には涙が浮かび、口元には堪えきれないとでも言うように笑みが浮かんでいる。シェリーはフェリクスの瞳を見つめ――そして満面の笑みを見せてくれた。


「はい……! よろしくお願いします」


 シェリーの返事を聞いたフェリクスは、堪らずシェリーの手に口付けをした。そしてすぐに唇を離しシェリーを見れば、そこには顔を真っ赤に染め上げた最愛の人の姿があった。


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