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1.◇

一日一話投稿、十四話で完結します。よろしくお願いします。



「――お前は将来、婚約者に捨てられるよ」


 

 如何にも怪しげな黒いローブ。しゃがれた低い声。高い鷲鼻にギョロリとした瞳。伸びた爪は真っ赤に染められ、ローブからこぼれ落ちている髪は灰色の交じった白髪。


 その女性の風貌は占い師と言うよりまるで魔女だった。


 アーモンド子爵家の一人娘、シェリー・アーモンドは友人である伯爵家の令嬢、エイダ・ウィールライトに強引に勧められ、王家も通っているという噂のある予約の取れない人気の占い師に未来を占ってもらえることとなったのだが――。そこで言われたのが件の台詞である。


 占い師からその言葉を聞き、意味を飲み込んだ瞬間、シェリーは顔を青くした。


 一緒にいた侍女などシェリーよりも顔を青くして、ふらりとよろけそのまま地面にへたり込んでしまった。しかし反対にその侍女の様子を見たシェリーの心は落ち着いた。

 自分より慌てている人間を見ると冷静になるというのはどうやら本当のことらしいとシェリーは実感した。


 シェリーはそのまま意識を失いそうになっている侍女を介抱し、肩を貸しながら待たせていた馬車に戻った。


「……そんな……そんな。嘘だわ」


 馬車に戻った途端、座席に倒れ込んだ侍女のうわ言は、シェリーを複雑な気持ちにさせた。シェリーよりも侍女が落ち込んでいる。けれど、それも致し方のないことなのかもしれないとシェリーは思った。


 その占い師は本当に有名で、占いは百発百中らしい。噂では王家の御用達。まだ幼い王太子殿下の危機を救ったとも言われている。そんな優秀な占い師が言うのだからきっと将来シェリーが婚約者に捨てられるのは確実なのだろう。


 エイダとは別の友人の両親もこの占い師に占ってもらい、事故を回避した過去があった。だからシェリーもこの占い師のことを疑っているわけではない。だが困ったことにシェリーにはこの占いを生かすことが出来ないのだ。なぜなら現在シェリーには婚約者がいないからだ。


「困ったわ……」


 占い師は婚約者の名前を言わなかった。もともと()の占い師の占いは客に具体的なことを知らせるのではなく、大まかな道を示すだけらしい。それでも効果は抜群なのだが、シェリーの場合はそれが裏目に出た。


 この占いだけではシェリーは誰に捨てられるかわからないのだ。


 現在シェリーに婚約者はいない。となるとこれから婚約をしたとして、シェリーはその婚約者に捨てられることになる。


「将来私を捨てる人が誰だかわからないんじゃ、誰とも婚約できないじゃない……」


 現在シェリーは十七歳。この国の令嬢はだいたい十五歳から二十歳くらいまでに婚約と結婚を済ます。そして貴族の娘の結婚は大体の場合家長である父親が用意するものであり、シェリーの婚約も父がこれから整える手筈だったのだが――これは待ったを掛けなくてはならないかもしれない。


 しかしこのことを母に言うのは憚られる。きっと侍女のように、否、おそらく侍女よりもひどい、聞いたその場で卒倒してしまうかもしれない。


 悪夢でも見ているのか唸り続けている侍女を横目に、シェリーは小さく溜息を吐いた。



◇◇◇



「……嘘だ……まさか、そんなこと」


 家に帰って仔細を報告した時、シェリーの父は顔を青くしたり赤くしたりで大変だった。娘が将来婚約者に捨てられるという驚くべきことを告げられたのだから当然だ。


「お父様……。占い師は婚約者の名をおっしゃいませんでした。そうなると私は誰とも婚約が出来ないことになってしまいますが……」


 いかがいたしましょう、とシェリーは父に伺いを立てた。すると父は困ったように眉を下げ、シェリー、とか細い声で娘の名を呼んだ。


「……実はお前には言っていなかったが、お前の婚約はもうすぐ調う予定だったのだ」

「え、そうなのですか?」


 シェリーも年頃、父も考えてくれてはいるのだろうと思っていたが、そこまで話が進んでいたとは思わなかった。


「ああ。ランズベリー公爵家との縁談が進んでいたのだ。あとはお前にその旨を知らせ、書類に印を押すところまで来ていた」


 父の言葉にシェリーは驚いた。ランズベリー公爵家といえば、この国屈指の名門だ。現公爵であるデリク・ランズベリーには息子が二人。長男はすでに結婚しているし、シェリーは一人っ子である。となるとお相手は次男だ。


「……そうだったのですね」


 しかし、なぜそんな名門公爵家の嫡男の婚約者が子爵家のシェリーなのかという疑問はあった。


「あの……ランズベリー公爵家とうちでは少々家格が違う気がするのですが」


 確かに次男では家は継げないのでどこかに婿入りするか自分で生計を立てなければならないだろう。あるいはずっと家にいて当主となる兄の補佐をするかだ。だがランズベリー公爵家ほどの名門ならば、たとえ次男といえど、もっと爵位の高い家への婿入りは可能である。


 しかもランズベリー公爵家の次男フェリクス・ランズベリーは社交界で人気がある。夕陽を写し取ったかのような濃い琥珀色の髪に、菫色の瞳。甘い印象の華やかな美貌と均整のとれた体躯と長身。会話が達者で声まで甘い。婚約者のいない令嬢にとって、フェリクス・ランズベリーは正に理想の恋人を体現した人物だった。


 対してアーモンド家は子爵家といえど、実体は男爵家に近い。実際曾祖父の代までは男爵だったのだ。曾祖父が功績を遺したため男爵から子爵に陞爵されたに過ぎない。しかも子爵となってからは曾祖父、祖父、父とまだ三代しか経っていなかった。


「ああ、わかっている。私とてお前の婿にとランズベリー公爵家に縁談を申し込むほど身の程を知らぬわけではない。これは公爵家の前当主であるアシュトン様に繋いでいただいた縁なのだ」


 父の説明に、シェリーは驚きに目を見開いた。


 前王の弟君でもあるアシュトン・ランズベリー前公爵は人格者として知られている。すでに数年前に鬼籍に入られてはいるが、その影響力はいまだ健在だ。そんな前公爵に縁を繋いで貰うなどよけいに理由がわからないが、それを聞くと父からもわからないという答えが返って来た。


 だがいくら理由がわからずとも実際縁談は結ばれる方向で進んでいたのだ。

 名門ランズベリー公爵家からの申し込みでは、アーモンド家に断る権利はない。父が直前までシェリーに伝えなかったことにも頷けた。


 ということは、シェリーは将来そのランズベリー公爵家のご子息に捨てられるところだったのだろうか。まだ婚約はしていないが、何事もなければそのまま縁談は結ばれていたはずだろうし、おそらくそうなのだろう。


「しかし……いくらよく当たるとはいえ、占い師の言葉程度でここまで進んだ婚約を白紙に戻すわけにもいかないだろう。実際にそういった予兆でもあったならば別だが、フェリクス殿は評判も良くお前たちはまだ顔を合わせてもいない。シェリー……不安だろうがここは我慢してくれないか」


 そう言って、父が心底困ったように眉を下げ溜息を吐いた。確かに白紙に戻す理由がそれでは――しかもいくら当たるとはいえ出所が占い師では相手も納得しないだろう。


 申し訳なさそうに言う父に、余計なことを言って父の心を煩わせてしまったと、シェリーの方が申し訳なくなってしまった。


 シェリーは占いを信じていないわけではないが、かといって妄信しているわけでもない。当たることもあれば、外れることもあるだろうくらいの認識だ。だから父の言うことに否やはない。公爵家から白紙の話を持ち掛けられない限りは、こちらは静観しているのが無難だろう。


 ――と思っていたのだが。


 驚いたことに、翌日にはランズベリー公爵家側から婚約話の一時凍結を持ち掛けられたのだった。


最終話まで予約投稿済みですが、多分ちょこちょこ誤字脱字、言い回し等の改稿をします。

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