ただのプログラマーの俺がテロに遭い、異世界に飛ばされ電脳化人間になった。でも忙しいのはゴメンなのでスローライフを送ることにした。
階下で爆発音がした。
「何だ?」
俺のいるフロアで残業していた同僚たちから声が上がる。
「テロだ。きっとテロだ」
「テロだと?!」
思い当たる節は……いろいろあった。
(まだ結婚どころか、彼女すらできたことが無いのに、こんな会社のオフィスで死ぬなんて悲しすぎる)
俺は生存のための行動に出た。
言うまでも無い。逃げるのだ。
ノートPCから電源コードを引き抜き、閉じると胸に抱きかかえた。
このPCは俺の命の次に大事なものだ。給料の大半を注ぎこみ魔改造した最高傑作だ。その上、ローカルに大事なデータも保存してある。
俺はPCを抱きかかえたまま非常口を目指した。
こういう場合、エレベータで逃げるのは下策だ。もっとも、アニメやハリウッド映画での知識で、現実にそうなのかは知らない。
とにかく非常口を出て、外付けの非常階段から地上に降りて逃げようと思った。
だが、次の爆発は俺のいるフロアで起きた。
(くそう。あと、少しで非常口にたどりつけたのに)
爆風で耳が聞こえなくなり、体が熱いもので焼かれた。そして俺の脳内の意識の回路も焼失し、ブラックアウトした。
目をあけると頬をそよ風が撫でた。
気持ちいい。
実に気持ちいい。露天風呂の湯船につかっているような気分だ。体がポカポカして楽なのだが、涼しい風がCPUのようにすぐ熱暴走する頭を冷やしてくれる。
何だか最高だ。
何もしていないのに気持ちがいい。
何もしていないのが気持ちがいい。
(まさか、ここは天国?)
俺は立ち上がってみた。
草原の丘にいた。
あたり一面は新緑の若葉で、それが風に揺れて心地よいゆらぎを作っていた。
暑からず寒からず、気温もベストだ。
空は青く晴れわたり、太陽が……。
(あれ? 太陽が2つある)
俺は目をこすった。多分、起きたばかりで目の焦点が合わず、左右別々の目で同じ一つの太陽を捉えているのだろう。
もう一度見直したが太陽は2つだった。
足元を見た。草が生えている。
その草を摘んで、かざした。
1枚の葉は1枚だ。同じ葉が2つにダブって見えることはない。
もう一度空を見た。
太陽は2つあった。
(ここは地球ではない?!)
俺は会社でテロに遭ったことを思い出した。
(そうだ。俺は死んだのだ)
俺の会社はAIを開発していた。軍事用に転用できるので、軍事独裁国家のスパイに狙われていた。一方、AIにいつか人類が支配されると恐れている環境保護団体からも狙われていた。環境保護団体というよりカルト宗教のテロリストみたいな奴らだ。
そこで、開発チームのフロアは厳重に警備されていたはずだったのだが、あっさりと爆破されてしまった。
(まあ、いいか)
俺は素直にあきらめた。
なぜなら、テロで死ななくても、いずれは過労死する生活をしていたからだ。
俺は、幼い頃に古いPCをおもちゃの代わりに与えられた。それをいじっているうちに簡単なゲームをプログラミングできるようになった。
中学生になると『全国ハッカー選手権』のジュニアの部で総合優勝した。
そのせいで、世界最大級のソフトウェア開発会社に特別待遇で学校の卒業を待たずに学歴不問で入社することになった。
そこからはひたすらAIの開発に従事する社畜の日々だった。
パソコン以外のことは何も知らない世間知らずな俺は、社畜生活から脱出するスキルもないまま、過労で老け込み、人生を消耗しきっていた。
だから、ついに開放されたという感慨しかわいてこなかった。
こんな話をすると、「会社なんて辞めればイイじゃん。そんだけのスキルがあるなら、フリーでも食ってゆけるしょ」という声が聞こえてきそうだ。実際、俺は深夜、自宅でネットのお悩み相談で自分の境遇について相談をしたところ、そんな回答が返ってきた。
だが、俺は高校中退、すなわち中卒だ。PCとプログラミングのこと以外は何も知らない。女の子と付き合ったこともない。1人で部屋を借りたこともない。運転免許どころか、原チャリにすら乗ったことがない。
そう何もできないのだ。
しかも今の開発に俺が使用しているコンピュータ言語はインディギノコロサだ。
どうだ、誰も知らないだろう。
インディギノコロサは、ロシアから亡命してきた天才数学者が開発したオリジナルの言語だ。俺の勤めていた会社がそのロシア人を囲い、インディギノコロサを独占的に使っている。そのせいで他社より早く高度なものを開発でき、しかも他社は真似できない。
どうだ、すごいだろう。
だが、中卒でそんなものに特化した俺はつぶしがきかない。
会社を辞めたら少しばかりPCに詳しいだけの学歴の無い犬だ。
だから、おいそれと会社を辞められない。
ちなみに前職での俺の年収は平均的な日本の中小企業の社長と同額だった。
そのほとんどは税金と両親に持ってゆかれた。
両親は俺の成功に大喜びして、ローンを組んで豪邸を建てた。もちろん、そのローンの債務者は俺だ。
だから、俺は働くしかなかった。
まあ、どうでもいい。前世のことだ。
背伸びをした。
「ここは霊界なのか? それとも異世界なのか」
霊界も異世界の一つと思えばどちらでもいいことだった。
まずは、付近を探索することにした。
しばらく歩くと村のようなものが見えてきた。
(人が暮らしているのか)
言葉が通じるかどうか不安だったが、とりあえず村の中に入ってみた。
人が寄ってきた。
「あのすみません」
「はい」
「ここはどこでしょうか」
村人は怪訝な顔をした。
そりゃそうだろう。いきなり変な格好の見知らぬ奴が来て、「ここはどこだ」と訊いてきたら、アブナイ奴かとドン引きするのがフツーだ。
俺はそれを承知で訊いた。だからすぐに言葉を続けた。
「私は旅の者ですが、足を滑らせて崖から落ちて、頭を打ったらしく、記憶が無いんです。こうして言葉は話せるのですが、自分が誰で、どこにいて、どこに行こうとしていたのか分からないんです」
まあ、半分以上はホントウのことだ。それに生前の俺には常識というものが無かった。ついでに言えば社会性もだ。
村人たちがニヤリと笑った気がしたが、たぶん気のせいだろう。他人の不幸を喜ぶ悪い人たちには見えなかった。
「それは、お困りですね。ここはコンドロール国の東にあるバンガという村です」
そう言われてもどこだか分からない。だが一応相づちだけは打っておく。
「何か思い出しました?」
俺は首を振った。
「とりあえず、お疲れのようですからこの村で休んでいって下さい」
親切な村人たちのようだった。
「お風呂とお食事のご用意もします」
「すみません」
すると犬が2匹、寄ってきた。
「あーあー。獲物が自分の方から、罠に入っちまったよ」
「まあ俺達には関係ないがな」
「そう俺達には骨も回ってこないし、それに俺達はヒトは食わないし」
「何の話だ?」
俺は二匹の犬に話しかけた。
「馬鹿が独り言を言っているぜ」
「もうすぐ食われちゃうのにな」
「おい、誰が食われるんだ」
犬が驚愕した目で俺を見た。
「お、お前、言葉が分かるのか」
「いや、ここは多分、異世界だし、普通に動物と人間が会話するのアリなんだろう」
「馬鹿、何を言う。お前、今、犬の言葉を喋っているのが分からないのか?」
「犬語?」
村人がニコニコしながら寄ってきた。
「犬がお好きなんですか。犬みたいにわんわん吼えて、楽しそうですね」
(犬みたいに吼えて?)
「えっ、あ、まあ……」
俺の頭の中は「?」で一杯だった。
「まずはお風呂をどうぞ」
「あ、ありがとうございます」
俺は村人のあとをついて風呂に行った。
「では、ごゆっくり」
村人が更衣室から出てゆくのを見届けてから俺は服を脱いだ。
そして、風呂に入ろうとした。
「ナンジャコリャ」
裸になって思わず叫んでしまった。
俺の腹や胸にはマザーボードのように電子回路の模様が走っていたからだ。
よく見ると心臓のあたりにはCPUらしきものもある。
(これって……)
愛用のマシーンそっくりだった。
60万円かけたゲーミングノートPCだ。
それが俺の体に同化して埋まっていた。
俺は爆風の中、PCを胸に抱いていたことを思い出した。
まさか、PCも一緒に転移して、俺の体の一部になってしまったのか。
その時、俺の脳細胞に稲妻が走った。
(それって……。まさか……)
オタクには夢の展開だ。そう、古くは古典SF小説の『ニューロマンサー』から始まり、映画『マトリックス』やアニメの『攻殻機動隊』などに出てくるアレだ。コンピューターと神経や脳を直接接続して電脳化した人間だ。
「まじか、まじか、あれなのか」
俺は早る気持ちをおさえながら、マップを念じてみた。
脳内に半透明のスクリーンが映し出されて位置情報が示された。
(おおおおお。すげー)
俺は自分の中の電脳【AI】に「バンガ村の村人」のことを質問してみた。
【バンガ村の村人は食人種として有名。何も知らない旅人をもてなし、眠らせて食べる。風呂を勧めて体を綺麗にし、下剤入の食べ物を与えて腸内も綺麗にし、最期に下痢止めの薬だと言って睡眠薬を与えて眠らせる。その後、屠殺、解体して食する】
「ゲゲー」
(あの犬が言っていたことは本当だったんだ。村人たちは俺を食うつもりなのか)
風呂のあとには、食事が待っている。
その食事には下剤が入っているってことか。
(どうする。どうしたらいい。俺)
すると、何やら視線を感じた。
窓からさっきの犬が覗いてた。
「裸を覗き見るなんて、変態! エッチ!」
俺は犬語で喚いた。
(犬語が喋れるのも電脳化したからか)
生前、PCかスマホがあれば、機械翻訳のおかげで外国語で困ることはなかったが、犬の言葉まで機械翻訳できるとは思わなかった。
さすが異世界だ。
そんなことはさておき、犬は大いに動揺していた。
「そ、そんな変態だなんて」
「エッチと言われては、我々は末代まで恥をさらすことになる」
どういう理屈かは分からないが、『覗き魔』扱いされるのは困るようだった。
「そう言われたくないのなら協力しろ」
犬たちは顔を見合わせた。
「どうしたらいい?」
「俺をこの村から逃がせ。このままだと食われるみたいだからな」
犬はまだ迷っているようだった。
「いいのか、変態の覗き犬がここにいますと叫ぶぞ」
「わ、わかった。分かったからヤメテくれ」
「じゃあ、上手く俺をこの村から逃がせ」
犬たちはヒソヒソと相談をし始めた。
「小細工するなよ」
「分かっているよ」
相談が終わったようで、犬が窓辺にきた。
「その前を隠してよ」
「うるさい。いいから、どうしたらいいのか話せ」
「この村の奥でペガサスが捕まっている。前にこの村で水を分けてもらい休憩しようとした騎士が乗っていたものだ」
「その騎士も食われたのか」
「そうだ。他国の騎士はこの村のことを知らなかったようだ。温泉には目がなくて、温泉に入れると聞いて、引っかかった」
「で、そのペガサスはどうしてまだ生きている?」
「この村の人間は馬は食べない」
「どうして!?」
(フツーは人より馬食うでしょ)
俺は部長が連れて行ってくれた九州料理を出す居酒屋で馬刺しを食べた時のことを思い出した。甘くて濃い醤油におろし大蒜を入れて食べた馬刺しはウマかった。
だがそんなことを言っても始まらない。
「で、そのペガサスがどうした?」
「お前さんがペガサスを逃して、さらに説得できれば、ペガサスに乗って逃げることができる」
「なんかハードルが高いな。もっと楽に逃げられないのか」
「この村の人たちは足が速い。犬や馬並だ。空を飛ばないと逃げられない」
「えっ、嘘、そんな?」
「本当だ」
「分かったじゃあやってみる」
そんな話をしていると浴室のドアがノックされた。
「大丈夫ですか?」
「はい?」
「遅いので、湯あたりして具合でも悪くなっていないか心配なので見に来ました」
「大丈夫です。気持ちよくてつい長湯してしまいました」
「そうですか、浴室の外で犬がしきりに吠えるので、何かあったのかと心配になり……」
「ご心配ありがとうございます。そろそろ出ますね」
風呂を出て、服を着ると、外に大勢の村人が待っていた。まるで俺を囲んで逃さないようにしているみたいだ。
いや、見たまんま、その通りだ。
「あのう、食事の前に少し村を見て見たいんですか」
「何もありませんよ」
「まだお腹が空かないので、村の中を散策したら、ちょうどいい感じにお腹が空くかと思いまして」
「そういうことでしたら、しかたないですね」
俺は、村の中を、大学病院で教授が病室を回る時みたいに大勢を引き連れて歩いた。
「おーい。ペガサスくん〜」
俺は歩きながら叫んだ。
「馬のいななきがお上手ですね」
「もしかしたら私は旅の芸人で、声帯模写の芸をしていたのかもしれません。すこしずつ思い出してきました」
「動物のなきマネの芸人さん?」
「そうです。そうです」
テキトウにごまかしてペガサスを呼んだ。
すると「俺になんか用か?」という声がした。
その声の方向に行くと小屋があった。
「あの小屋は?」
「ただの物置です」
「ほお」
俺は大きな声で「おい、ペガサス、自由になりたければ大きな声で答えろ!」と叫んだ。
「おう!」
馬のいななきが小屋から響いた。
「おや、馬がいるのですか? 私は大の馬好きなんです」
俺は制止を振り切り小屋の扉を開けた。
するとそこにはペガサスがいた。しかし大きな檻に入れられていて、その檻の扉には暗証番号式の南京錠で鍵がかけられていた。
「素晴らしい」
俺はペガサスに感動したようなふりをして扉に近寄った。
「それは、逃げてきたペガサスで持ちに主に返すところです」
「そうですか」
俺は南京錠を握りしめた。
俺の全身が電脳化しているのなら、この手から情報を取り鍵をアンロックすることができるかもしれないと思ったからだ。
すぐに解錠の番号が頭に浮かんだ。
俺は4桁の番号を合わせた。
鍵を解錠すると、ペガサスに「ドアの鍵は開ける。俺が小屋を出たら逃げろ。その時に俺も連れてゆけ」と言った。
「それは本当か?」
「ああ、俺を連れてゆくことにイエスかノーか」
「もちろん自由の身になるならイエスだ」
「よし、解錠した」
俺は扉から離れた。
「そろそろ飯にしましょうか」
村人たちに安堵と喜びの表情が浮かんだ。
(俺のことをチョロい獲物だと思っていやがるな)
俺は外に出た。
「今だ」
俺は中にいるペガサスに叫んだ。
ペガサスが扉に体当たりをして、そのまま外に出てきた。
俺はすかさずペガサスにまたがった。
「行け―」
ペガサスは翼を広げると空に舞い上がった。
村人たちが下で驚いている。
怒った顔をして拳を振り上げている者もいた。
「バーカー、食われてたまるか」
俺はアカンベェをした。
「何処に行かれますか? 御使い様」
ペガサスが訊いた。
「どこでもいい。ん……。それよりお前今、俺のことをなんて呼んだ?」
「御使い様です」
「なんでそうなるっっっっっっっっっっっっっ?」
「わが天馬族の言葉を人間の姿をしていながら、話せるなどというのは、神の御使い以外にございません」
「はあっっっっっっっっっっっ?」
まあいい。電脳と一体化した人間などある意味、人外の存在だ。
さて、これからどうしようかなと思った。
もう、働くのはイヤだ。
ラノベにありがちな変な使命に燃えて世界を救うとかもナシだ。
俺は自由気ままに生きたい。
「なあ、お前もそうだろう」
ペガサスにそう言った。
「な、何のことです? 主様」
「主様?」
「はい。御使い様は私のことをお救い下さいました。ですので、そのご恩に応えたい思います」
「でも、お前の主人は……」
「亡くなりました」
「知っていたのか」
「はい。ですから、これからは御使い様が私の主人です」
「そうか。ならいい」
「これからどうされますか?」
「とりあえず。のんびりやりたい」
「のんびりですね」
「そうだ」
俺は笑ってそう答えた。
ペガサスは、俺を乗せて、雲の上をどこまでも、どこまでも飛んで行った。
【作者からのお願い】
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