俺「モモカ、お前……大人になったな」
『空間転移』、『亜空切断』、『多種錬金』……
「いらっしゃいませー! 移動型クレープ屋メルティ開店しました! 本日は最終日です!」
クレープ屋メルティは今日も大忙しだ。アデルの国を明日出る兼ね合いで、今日がこの国で営業できる最終日。お客さんもいつになく長い行列を作っていた。看板娘のリリもクレープづくりに一生懸命。
『永久凍土』、『亜空切断』、『多種錬金』……
俺もクレープ生地を作っていた。かなりの大盛況でお昼の鐘が鳴っても行列が止まることなく、結局はいつもと同じ時間に営業を終了した。
「はい! イチゴクレープですね!」
「はい! チョコクレープですね!」あわあわ
「はい! カスタードクリームですね! ちょ、ちょっとお待ちください!」
最終日の忙しさからか、リリの営業スマイルがちょっと怖くなっていた。だがしかし、しっかりと仕事をこなすのはさすがだ。
◆◆◆
「師匠~最終日だからってお客さん駆け込みすぎですよ! 私、疲れてしまいました」
リリが荷馬車内の厨房をきれいにしながら小さな愚痴をこぼす。
「まあ、逆に最終日だからって色々もらっちゃったな」
そうなのだ。最終日だからって常連のお客さんが、果物やお菓子、旅に便利な回復薬等を持ってきた。
「こんなに大量は一度に食べられないな……よし」
『空間転移』
俺はもらったものを全て空間転移で別所に収納していく。
空間転移は非常に便利だ。別次元の空間に物を保存できるので物が劣化しない。まあ本来はこの別次元はA地点とB地点を結ぶ中間にあり本来の使用用途とは大きく異なるのだが……。
「アラタ」
「!?」
俺が荷馬車の整理整頓に集中していると……後ろから声をかけられた。
もちろんこの声はリリではない、俺は振り向くと1人の女性が立っていた。
アラタ、俺をその声で呼ぶ人は一人しかいない。
「やっぱりあなただったのね」
「お前は……モモカなのか!」
「久しぶり、アラタ」
俺は3年ぶりにモモカに会った。
◆◆◆
5年前 冒険者の国アデル
「こ、ここが冒険者協会か……」
俺が異世界召喚され最初に来た国がアデルの国だった。町はいわゆる古風ヨーロッパ風でのどかな町である。ここには冒険者協会本部が設立されており、ジュウマンジ大陸のトップクラスの依頼が集まっている。また、初心者用のクエストも幅広く扱っているため、異世界召喚された俺は自分の魔術? スキル? がどの程度通用するものか試してみたかった。
「まずはE級のクエスト……っと、これはどうだろうか?」
クエストはA~E級まであるらしく、俺はまず最低ランクのE級を受けることにした。
俺は掲示板を見ながら受ける依頼を選んでいく。その中で1つ気になるものがあった。
「難易度E級スライムの皮10枚の納品か……、報酬は900カン(1円=1カン)」
俺の最初のクエストはこのクエストにしよう。どんな英雄勇者でも最初は一番簡単なクエストを……。そう思って俺はスライムの皮納品クエスト依頼用紙を手に取ろうとしたとき。背後から何かが伸びてくる感覚がした。
「あっ」
パチン
俺の手の甲の上にはもう一つの手が重なっていた。横を見ると同年齢くらいの女子がおりその目の行先は俺と同じスライム皮納品クエストの依頼書と重なっていた。
「ご、ごめんなさい!」
その少女はひゅんと手を引っ込めると俺に謝礼をしてきた。その長髪は朱色に伸びていて、目の色も同じく赤色だった。そしてなぜだろう若干頬も赤い……。少しの恥じらいが見える。
「すみません! あのあの、その……クエスト……」
「あ、ああ。冒険者になって初めてのクエストだから最初は簡単なものをやろうかなって、もしかして君も?」
「は、はい……実は私もクエストを受けるのは初めてで……」
「そうなんだ、じゃあよかったら一緒にこのクエストやってみない? 俺も最初一人は心細かったし」
「え! いいんですか!? それは有難いんですけど、でも報酬はどうしましょう」
「えっとそうだね、半分ずつというのはどうかな」
「わかりました。一緒にやりましょう。私の名前はモモカ、ヒーラーです。」
「よろしく、俺はサエキアラタ」
「サエキアラタ?ずいぶん長い名前ですね」
「いやいや、なんというかミドルネームみたいなものだよ。アラタって呼んでくれ。」
「わかりました。アラタさん。それではスライム討伐へ行きましょう!」
「オー!」
◆◆◆
「三年ぶりですね。元気にしていましたか?」
「ああ、まあな」
俺は少し緊張した声で言葉を返す。そりゃあそうだ、なんたって俺は今、伝説の勇者ではなく、移動式クレープ屋メルティの店主だからだ。
「でも、伝説の勇者と言われたあなたが本当にクレープ屋を開いているなんて驚きですよ」
モモカも3年間で見た目がだいぶ変わった。初めて会ったときはまだ幼い少女というイメージだったが、今はもう大人の女性って感じだ。服装も冒険者風ではなく少し落ち着いた服を身にまとっている。
「私は今この国で子供たちに勉強を教えているんです。子供たちの相手は毎日大変ですがとても楽しい日々を過ごせていますよ」
「俺は魔王を倒したからな、勇者でいる必要はなくなったんだ。だからクレープ屋を始めたんだ」
「ふふ、あなたらしいですね。」
モモカとの3年ぶりの再会に俺は高揚していた。一番最初の仲間であり、俺の本名を知る唯一の人物。彼女の存在は俺にとって重要な存在だった。少しの談笑の後、少し恥ずかしそうにモモカは口を開いた。
「そういえばアラタさん……実は私……」
「?」
「私、アラタさんの事が……」
「師匠!!!」
モモカの声を遮るようにリリが厨房の清掃を終えこっちに来た。
「師匠! 清掃終わったよ! 早く宿に戻って出発の準備をし……ってあれ? この人だれ?」
リリは不思議そうにこちらを見つめる。いつも来ていた常連さんとはまた違う、でも自分の師匠とはとても親密な空気となっていたのをリリは女の直感で感じ取った。リリは警戒心をこちらに向けている。
「ああ、リリ。お疲れ様。この人はモモカ、俺の昔のパーティ仲間さ。3年ぶりにあったんだ。」
「こんにちは、リリさん。あなたの作るクレープはとてもおいしいって評判だったわ。今日が最終日って知らされて急いで仕事を終わらせて来たのだけど……もう終わってしまいましたね。まさかアラタさんと会ってびっくりしてしまって、つい話し込んでしまいました。ごめんなさいね」
「そ、そうなんですね。わざわざ来てもらってすみません。ですが今日は営業を終了してしまいましてクレープはもうないんです」
「リリ、大丈夫だよ。まかない兼新作用のクレープが若干残っているから」
『空間転移』
俺は『空間転移』で異次元からクレープを取り出した。
「はい、モモカ、イチゴとチョコのクレープだよ。今回はクレープを円錐型ではなくロールケーキのように巻いてみたんだ。見た目が違えばおいしさも変わるかなって」
このクレープは焼いたクレープ生地の真ん中にイチゴとチョコ、生クリームをのせて端からゆっくりと生地をかぶせていくように巻いていく。リリの目から見てもこのクレープの巻き方は新鮮だった。
「あ、ありがとうございます! いいんですか?」
「うん、もちろん! まかないだからね」
そういって俺はクレープをモモカに渡す。
「うー師匠……リリも食べたい! それは私のまかないだったんでしょう!」
リリも新しい試作品に興味津々だ
「まあ、そりゃあそうだけど、今日のまかないは一つしかないんだ。後で、好きなものを買ってあげるから」
「いやだ! これが食べたい! 食べたい! 食べられないと明日から私、お客さんの方になっちゃうからね!」
リリがごね始めた。
「次の国で作ってあげるから」
「いやだ! 今食べないと私この国から出られない! 実家に帰ります」
「いやぁ……実家って」
「あらら、ごめんなさい。そこまで言うならこのクレープ、あなたが食べて」
そう言ってモモカはクレープをリリに返そうとしていた。
「う……うぅ……。仕事頑張ったのに」
モモカの手がプルプルしている。彼女もクレープが食べたいらしい。
モモカとリリの様子を見てどちらも辛そうだ。
「そうだ!」
『亜空切断』
俺はクレープを包み紙ごと半分に切ったのだ。リリもモモカもびっくりした様子でこちらを見ている。
「モモカ、俺たちはこの冒険者の国アデルで出会った。はじめのクエストの報酬も分け合っていただろう。リリ、二人で仲良く食べような」
「はい! 師匠! ついにこの魔術が役に立つ時が来ましたね!」
「まあ、これは……魔王の腕をもぎ取った時の亜空切断。まさかこんなことに使用していたなんて。なんてもったいない使い方ですね。でもあなたらしいです」
「それじゃあ食べてくれ、俺の新作ロールクレープを」
「「いただきまーす!」」
そうして二人はおいしそうにクレープを食べてくれた。
それからしばらく俺たちは談笑を交わした。
「そろそろ宿に戻らねば、最後にモモカに会えてよかったよ。
「ほ、本当ですか! あの! 実は私アラタさんの事……」
「師匠! 行きますよ! 早くしないと馬の預かり延長金がかかってしまいます!」
「はーい、今行くよ!それで話って?」
「え……えーと……。このクレープ屋は次はいつ来るの?」
「うーん、まだ決まっていないなあ」
「そうなんですね。……そしたらこの話の続きは今度あなたがこの町に来たら話しますね」
「え、お預け?」
「ふふふ、それでは私はこれで! また会いましょう! サエキアラタさん」
そういってモモカは去っていった。
「師匠! 行きますよ!」
リリが早く来いと俺を催促している。
「わかったよ!」
モモカとの別れを惜しむ暇もなく俺とリリは荷馬車とともに宿へ向かう。
「……モモカさんってスタイルいいですよね」
「へ?」
「私もモモカさんみたいなグラマラスな体に慣れたら師匠も……」
「モモカ、凄く奇麗だった。にまた会えるかなぁ……」
「あー!もう師匠ってば……馬鹿!」
(私がいるのに……)リリのこの小さな声はサエキには聞こえなかった。
「そういえば師匠、次はどこに向かうのでしょうか?」
「ああ、それはだな……デコの国だ」
「デコの国?」
「そう、商人ならだれでもあこがれる商業国家、デコの国だ!」
閲覧ありがとうございした!
さて、次はデコの国に向かいます!
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