俺「やることはやった!」 だからクレープ屋を開いた!
魔王討伐からはや2年、俺たちパーティはそれぞれの道を進んでいた。
リリ「師匠! 師匠はどうして勇者やめてクレープ屋さんをはじめたの?」
サエキ「それはな、魔王を倒したからだ!」
『空間転移!』
この世界での最高位魔術の名前で使えるものが世界にいないと思っていた。
目の前に小さな黒い穴が開き、そこに彼は手を入れてなにかを取り出したようだった。
うっすら遠目で見えたが真っ赤な円錐のような形をしていた。
「今日のイチゴはとびっきり赤いなあ。おいしそうだ」
イチゴ? おいしそう?
どうやら食べ物を取り出していたようだ。
自分自身や他者を好きなところへワープすることができる、聞けばだれでもあこがれる最高位魔術を使ってこんな小さな食べ物を回収していたのだった。
『亜空切断!』
そしてまた最高位魔術を使い、イチゴと呼ばれる赤い物体を宙に浮かせるときれいな4等分にしてボウルの中に収納していく。普通に包丁で切ればよいのに、なんてもったいない魔術の使い方だろうか。
彼は一体何をしているのだろうか。
『アイスブリザード!』
この呪文も上級呪文だ。これをなぜか木箱の中に一定間隔で流れるように注いでいる。
彼は一体何をしているのだろうか。
「……! ……!」
その後にも聞こえてくるのは超高技術の魔術ばかりだ。
本当に彼は何をしているのだろうか。
「……」
彼のいる荷馬車の横にはたくさんの人たちが楽しそうに並んでいるのが見えた。
「くれえぷ屋?」
「なんだこれ、本当に彼は何をしているのだろうか……あっ」
気づけば私は独り言をつぶやき、この行列にわけもわからず並んでいた。
◆ ◆ ◆
冒険者の国 アデル 噴水広場前
「いらっしゃい! 今日はイチゴのクレープがおすすめですよ!」
14歳か15歳だろうか、彼女は黒い髪、ふんわりとしたポニーテール、メイド服をまとい、キラキラとした笑顔でお客さんに接客をしている。その青い眼からも誠実さとやさしさが伝わってくる。
「じゃ、じゃあそれを1つ」
その声を聞き「はーい」と返事をすると、リリは右手で持っているお玉をテーブルの上にあるボウルに入った生地の中にゆっくりと入れる。そしてボウルの底を少しかき混ぜた後、目の前にある鉄製のプレートに流し込む。
ジュッ
鉄板の上で心地の良い音がした。
シュー
そして今度はお玉を薄いステンレスのへらに持替えて生地をゆっくり丸く伸ばしていく。
ジュー
この音が微妙に変わるのが心地く耳に流れた。
スンスン
そして少しにおいをかげば、少し焦げた香ばしく甘い匂いが店の周りを囲った。
並んでいるお客は次の自分の番は今か今かと出来上がりを待っていた。
「それでは盛り付けていきますね!」
彼女は焼いたクレープの皮をステンレスへらを間に挟み取り上げると、隣のプレートの上にのせた。
そこに生クリームをたっぷりと……さらに赤く切った果実……イチゴをトッピングしていった。
「まきまきまき~!」
ふわりと丸め形を逆円錐形に作っていく。一瞬で変わる見た目はまるで魔法のようだ。
「最後にイチゴをクリームのてっぺんに乗せて……完成! できあがり! はいどうぞ!」
「あ、ありがとう」
パクッ
客は待ちきれずにその場で一口をついばんだ。
「おいしい! こんなもの初めて食べました、」
「本当ですか! よかったです! 実は隣に食べるスペースも用意しているのでそこでゆっくり召し上がってくださいませ!」
「わかったわ。ありがとう」
客は一瞬笑顔を見せると荷馬車隣に用意した小さな木製の椅子に座りながら食べ始めた、
「ありがとうございました!」
◆ ◆ ◆
クレープ屋『メルティ』は今日も大繁盛だ。荷馬車を調理可能な内装に改造して各国を回る行商レストランはこの世界では珍しい。店にあなたが並べば少なくとも30分は待つであろう。40種類以上を超える見たことにないメニュー、口の中にいれれば誰もが幸せになる。それなのにどれも1つ200カンという激安価格で金銭面でもとても安い。
「師匠! そろそろ生地がなくなりそうです!」
メルティの看板娘、リリは店主に向かって声をかける……が、反応はない。
「魔王を倒して早3年、俺ももう27歳か……」
男はゆっくりと頭を上げ、空を見上げて一言つぶやく。
「師匠! なにぼおっとしているんですか! サエキ師匠!」
「ああ、ごめん。ちょっと昔の事を思い出してな」
「もう! 待っているお客さんが沢山いるんですよ! 空を見上げるのは落ち着いてからにしてください」
「わかった! 今作る!」
『空間転移、トルネード、クリエイトウォーター』
彼はまた、上級魔法を唱え生地作りを始めた。
◆◆◆
お客の列が消えたのは夕暮れの鐘が鳴るより少し前だった。
「よし、今日の営業はここまでにするか。リリは少し休んでいいよ」
「わかりました!」
リリはそう言うと、丸椅子をお客さんから見えづらい荷馬車の裏手に置き腰を掛けた。
しばらくして……
「はい、今日のまかない兼新作を試してくれるか? 鶏肉と新鮮なレタスを巻いたサラダロールクレープというんだ」
「え……甘いクレープに肉を入れたんです? これ、食べちゃって……いいの?」
リリは驚いた顔を隠せずじいっとサエキを見つめている。
「一口、食べてごらん。おいしかったらお客さんへの新メニューにしようと思うんだ」
「師匠のアイデアは凄いですけど……これは……」
少し嫌そうな顔をしながら彼女は一口、ほんの一口を口にくわえた。
「……こ、これは!!!」
そういうと彼女はまっしぐらにサラダロールクレープを食べ始めた。
「うわぁ! これおいしいです! いつもの甘いクレープ生地に鶏肉を巻くなんて最初はびっくりしましたけど、凄くおいしい! これなら毎日でもおいしくいただけちゃいます! 本当に師匠は凄いです!」
リリは満足そうにもきゅもきゅと新作クレープを食べてくれている。まるで小動物のようにかわいい。
「あー、おいしかった! ありがとうございます。そういえば、師匠はこんなにすごい魔術を使えるのに、どうしてクレープ屋を始めたのですか?」
「それはね……魔王を倒したからさ」
「はい?」
幼き少女リリが「クレープ=魔王討伐」の理由がしっくり理解できるようになったのはもう少し後だった。
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