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23.2

 時折出くわす、帝国の兵士かと思しき、革の鎧をまとった人影から身を隠しつつ、ふらふらと村を徘徊する。どうやらこの村にいる兵士たちはそれほど大人数でなく、この状況ならば地の利があるこちらを発見することは難しいだろう。ならばまだ生き残りがいるはずと、村を徘徊するが、一人として生きたままの村人を発見することはできなかった。見知った顔、火で焼かれて、もう誰のものかもわからなくなった顔、そもそも首が無いもの、そのどれもが、もうこの世では助けを必要としていない者だった。

 俺はついにたどり着く。この村で唯一の無事な建物。向かいのエレナの家はもう焼けて、人の気配を感じない。俺は自分の部屋がある、家の裏手に回り、その窓から中を覗き込んだ。中はいつもと変わらない、見慣れた自らの部屋があったが、その変化のなさが逆に怖気となって、背中を撫ぜる。なぜこの家だけが無事なのか。その答えにはもうたどり着いていたが、俺は認めたくなかった。

 窓から侵入して、慎重に足を進めつつ、二階へ続く階段を目指す。どうやら一階には誰もいないようだ。階段に足を掛け、上る。いつもは気にならない、古くなった木のぎしぎしという音が今はやけに耳に障って、神経を逆立てる。

 上り切った先の廊下を歩いて、目的の部屋へ向かう。部屋の前で息を殺して中の音に耳を澄ませる。何者かの息遣いが聞こえた。それは微かで、もう途切れる寸前のものだった。足元でべちゃりと、何かどろりとした水のような感触がした。良く目を凝らすとそれは血だった――――


 俺はもう我慢ができなかった。俺は部屋の扉を開け放って、中になだれ込む。


 ――――そこには両手両足が切断され、椅子に縛り付けられた父の姿があった。


 「父さん!!」


 俺は父の元へ駆け寄って、縄をほどき、軽くなってしまった父を腕に抱く。見るからに致死量の血液が体に付着して、全身を濡らした。


 「…………ロビン……か…………駄目だ……ここにいては……早く……サロアの元に……」

 「喋らないで、まだ助かるから、助けて見せるから、サロアならきっと――」


 父は驚いたことにまだ息があった。母の姿を思い出す。魔術師に何かをされたことは間違いなかった。


 「…………駄目だ、ロビン……俺はもう助からん……俺の最後の願いだ……その剣で俺の心臓を刺せ……」


 「駄目だよ、父さん、諦めないで……母さんだって、そうして生きて……」


 「……すまない、ロビン。俺は母さんを守れなかった……最後まで……すまない…………だけど、お前だけは……」


 「父さん、だったら生きてよ、生きて俺のそばにいてよ」


 と言いながらも俺はもう、父が絶望的な状況であることを肌で理解していた。父を助ける唯一の術は、彼の言う通り、あの床に転がった剣でその心臓を貫くことだけだった。でも、俺はためらっていた。できない……


 「……なら、少し、話をしよう……」


 父は俺がこのままではいつまでたっても踏ん切りがつかないことを察して、そう言葉を続けた。


 「お前には、まだ謝らなければならないことがある……お前、あの時……あの丸太小屋で……俺とサロアの話をきいていただろう?……」


 「――――父さん……それは……」


 「……ふっ……隠さなくていい……すまない、お前には知られたく無かった……サロアはこの村の、お前の救世主だ……」


 「…………」

 

 「……そして、彼女は私の娘に……お前の姉に似ていた…………すまない、お前には姉がいたんだ……でも、お前はそれを知る必要が無いと思った……俺の息子はお前だけだと……お前に出逢った時に決めたから……」


 「父さん……?」


 俺と父の間に新たな実像が組み上がっていく。


 「……サロアは、どことなくその姉に、サリアに似ていた……そして、私はそれを利用して……彼女の、サロアの良心に付け込んだ……」


 「――――サリア……」


 欠けていた最後のかけら。


 「……ああ、お前の姉の名だ……一字違いだ……俺も最初は神が私に遣わせて、もう一度俺に会わせてくれたのだと思った……でも、そんなことは起こらない……一度なくなったものは元には戻らない……」


 父は苦しみに顔を歪めた後に、ふっ、と無理やり笑顔をつくって俺に笑いかけた


 「……しかも顔だって、俺の思い込みだった……お前も親になればわかる……自分の子供ならば誰だって天使に見えるものだ……ロビン、お前もな……」


 「……そんな……俺なんて……」


 彼の重荷でしかなかったはずだ。過去の忌まわしき記憶の――――


 「……ああ、だからといって、俺のしたことは許されることじゃないがな――――俺はそんな、サロアを利用して……俺の娘とすることによって、お前を守らせようと思った……」


 「……だからあの時……」


 ――――そうか、だが私は君を本当の娘だと思っている。だから――――


 あの後の言葉はきっと――


 「ああ、……ロビンを頼む……その言葉に彼女は最後には同意してくれた……確かに俺は彼女を一度助けた……しかし、その代償としてはあまりに重すぎる……釣り合わない……すまない……本当は俺自身の手でお前を守るべきだった……だができなかった……サロアとそしてお前には謝っても謝りきれない……」


 「……そんな、父さん……俺は……」


 「泣くな、ロビン。お前は生きるんだ。さあ、立ち上がって剣を取れ。時間が無い」


 父は目を見開いて、言葉を続ける。その言葉の通り下の階から人の気配を感じた。


 「俺の最後の願いだ……!生きろ……!俺を殺せ……!俺が死ななければ、奴らの魔術でお前の居場所を勘付かれるかもしれない……!だから早く……!」


 俺は次から次へと溢れでるいろいろな感情と、背後から押し寄せる敵の気配に何が何だかわからなくなっていた――――答えを求めるように、父の顔を見る。しかし、父は何も言わない。


「父さん……俺はできないよ……」


 震える声でそう言う俺に、父はいつもの威厳に満ちた表情を緩めて、父性に溢れた、子供の旅たちを見守る、慈愛に満ちた表情をこちらに向けた。父は俺がもうすでに答えにたどり着き、自らの言葉が不要であることを、知っていた。

 俺は顔を伏せて、床に転がった剣を手に取る。俺はなるべく父が苦しまないように横たえた父の心臓に慎重に狙いを付けて、一気に刺し貫いた――――

 父は最後に音を鳴らすことができない口元で、形だけである言葉を紡いだ。俺はそれを一生忘れることはないだろう。


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